上 下
101 / 221

the 16th day 出資をしようか

しおりを挟む
「それにしても、ルリアーナに来てから君たちみたいなのに初めて遭遇したな」
 ロキは完全に委縮した3人を見ながらいつもの調子で言うと、ブリステの治安の悪い地域にいれば日常的にこういったことに巻き込まれていたのだとしみじみ思っていた。

「この国が平和だと思ってるんなら、何も知らないんだな」
 すっかり戦意を失った3人のうちの1人が言い捨てるように言ったので、ロキは剣を鞘に納めながら、
「少なくとも、俺が生まれたところとは比べ物にならないくらいに平和だよ。気を抜いてたら奴隷にされることもなさそうだしさ」
 と穏やかに言ったので、3人はその言葉にぎょっとした。

「気を抜いていたら……奴隷にされる……?」
「そんな危険なところで育ったのか……?」
 先ほどまで武器をロキに向けていたのに、まるで世間話を始めるかのような雰囲気になっている。

「そうだよ。ほら、俺って見た目がいいから、奴隷商に狙われてたんだよね」
 と、ロキが当然のように言ったので、
「あ、ああ……」
 と3人は完全に反応に困っていた。

「で? どこかに呼び出してどうするつもりだったの? 事と次第によっては、穏やかではいられないわけだけど」
 ロキはうっすらと口元だけで笑うと、「正直に吐かないと許さない」という圧をかけて3人ににじり寄っていった。

「いや、その……身ぐるみと貴重品をちょっとお借りしようかと……」
 3人のうちの1人が白状したのをロキは、
「はあ? こんなとこで追い剥ぎなんてやってんの? この地域の治安は誰が守ってるんだろ」
 と呆れている。

「言っておくけど、店の主人だってグルみたいなもんだぜ。この村は貧しいから、外国人の荷物を狙うのは普通なんだよ」
 人を襲った男が悪びれもせずに言い切ったので、ロキは、
「ふうん? で、外国人はよく来るんだ、こんな特に何もないところに」
 と言って鞘に入った剣を男の鼻に突きつけた。

「あのさあ、貧しいって分かっていて現状を変えたいなら、根本から変えてみせなよ。他人から奪うことに依存するようなのは、収入って言わないからね」
 ロキはそう言うと鞘に入ったままの剣を別の男の方に向けて、
「ほら、ここの特産とか、外国に受けるものとかってないの?」
 と尋ねる。

「え、特産……って……一応民芸品や織物なんかは……あんまり知られてないものが……」
 剣の鞘が目の前に迫っているので、とっさに頭が働いたらしい。
「そうそう、そういうのだよ。売れる場所に売りに行ったことないの?」
 ロキに聞かれて3人は首を振る。

「じゃあ、俺が予言してあげる。ここの特産を、なるべく色んな人が集まるマーケットに持って行って売ってみるんだ。最初は値段も決めずに、少し高め売るように。接客しながらどんなものがいくら位で欲しがられてるかっていうのがだんだんわかってくるから、売れそうなサイズとか柄とか、仕様を考えて生産するようにしてごらんよ。その位ならできるでしょ」
 ロキは剣を下ろさずにそう言うと、3人は首をかしげている。

「あのさあ、俺がこんなにありがたいこと教えてるのに、失礼じゃない?」
 ロキはそう言うと胸ポケットから1枚の金貨を取り出し、指を使って放り投げた。
 3人のうち、ロキに剣を向けられている者は動けず、残りの2人は慌てて金貨を掴もうとして、なんとか1人が落とさずに手でつかむ。

「今ここで、3人に出資してあげるよ。その金貨を交通費や仕入れに使うといい。元手をどこまで増やせるかやってごらん。そして増やすことができて、万が一俺に恩返しをしたくなったら………ブリステのライト商事って会社を訪ねてくると良いよ。俺は別にこの金貨が無くなっても困らないけど、君たちはこれをどうにかして増やさないとこれから生きていくのに困ると思うんだ。毎回外国人を襲っていたら、外国人も来なくなるからね」
 ロキはそう言って3人を楽しそうに見た。

「誤解しないで欲しいんだけど、これは出資だよ。君たちの可能性に賭けてみようと思う。やれる?」
 ロキの迫力に3人は頷いた。その時に伝えられた「ライト商事」という名前が頭から離れなかった。




 シンは小さな村の外れで暴力事件があったらしいという騒ぎを聞いて、何があったのか見に行こうと場所を尋ねていた。
「多分、あの丘にあるバールだと思うんですけど……」
 シンは騎士になってから他人のために力を使うことにに遣り甲斐を感じていた。ルリアーナのような平和な国の暴力事件が気になり、駆け付けることにする。

 バールがあると言われた方向に向かって歩いていると、店から逃げてきた様子の若い女性2人を見つけた。
「どうしたの? 大丈夫?」
 息を切らしながら後ろを気にしている様子の女性たちに声を掛けると、2人は緊張した様子で声を発せずにいた。

「あ、俺も怪しいよね。信じてもらえるか分からないんだけど、この国の王女に仕える騎士で、役に立てたらと思って駆け付けたんだけど……」
 シンは目の前の女性たちが恐怖で話が出来なくなっているのだろうと思い、身分を明かして安心させようとする。

「あの……お店にいた男性に、村のガラの悪い3人組が絡んで行ったんです……」
 女性のひとりが恐怖に怯えながらもシンに説明したので、シンは、
「そう、じゃあその絡まれた男性が危ないんだね」
 と優しく声を掛ける。

「でも、その絡まれた男性が武器を所有していて………」
 もう1人の女性がそう言って恐怖に震えていた。
「武器………? どんなものを持っていたの?」
 シンが聞くと、
「荷物から剣を出してました」
 と言うので、シンは「まさか?」と思い始めていた。

「あー………そうなんだ。その武器を出した男性っていうのは、どんな外見?」
 シンが訪ねると、怖がっていた女性の口から迷いなく、
「かっこいい人」
 という目撃証言が出たので、シンは、
「えーと……もしかして白っぽい金髪を後ろで縛ってたとか?」
 と尋ねる。目の前の2人は頷いていた。

「そっかあ、その男、知ってるかもしれないなあ。多分、怪我人は出ていないと思うよ」
 とシンは確信を持って言った。
「そうなんですか?」
 女性たちに聞かれて、シンは笑いながら、
「うん、大丈夫だよ。ちょっと様子見に行ってくるけど、その男が俺の知ってる人間なら、下手なことはやらないから。」
 と答え、女性達を安心させてからその場を離れた。


「ロキ、居るんだろ?」
 シンはバールの入口で中に向かって声を掛けた。
「あれ? シンどうしたの?」
 ガタイの良い3人と一緒に何やら話をしているらしい人物が振り返ってシンに応える。
「どうしたの、じゃないだろ。心配したよ。ここで事件があったって聞いたから」
 シンはそう言ってロキに少しずつ近づいていく。
「あ、あれ同僚のシンだよ。いいやつだから安心して」
 ロキは3人に向かって言うと、シンを見て、
「事件があったって話題になってた?」
 と尋ねる。

「なってたよ。絡まれたって男の特徴から、なんとなくロキがここに居るんだろうと思ってたけど」
 シンはそう言うと、ロキと3人が争っていないのを確認しながら徐々にロキの元に歩いてきた。

「で、何してんだ?」
 女性たちの話によれば、ロキは3人の男に絡まれていたはずで、なぜ3人の男とロキが店の席に座っているのか、シンには全く想像がつかない。

「商売の基礎をちょっとね。今、この3人に出資したところなんだ」
 ロキがそう言って笑ったので、
「相変わらず、その辺の嗅覚がすごいな」
 とシンは感心した。

「何言ってんだよ。この辺の治安を良くするのも、俺の使命かなと思ったんだよ。勿体ないから未来ある若者を正しい道に導いてるんでしょ」
 ロキがシンの姿を見て砕けた表情を見せたので、3人は現れた男がロキの良く知った人物なのだろうと察する。
「さすが、うちの天才実業家は違うな」
 シンがそう言ったのを聞いて、3人はロキを羨望の眼差しで見つめていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

その聖女は身分を捨てた

メカ喜楽直人
ファンタジー
ある日突然、この世界各地に無数のダンジョンが出来たのは今から18年前のことだった。 その日から、この世界には魔物が溢れるようになり人々は武器を揃え戦うことを覚えた。しかし年を追うごとに魔獣の種類は増え続け武器を持っている程度では倒せなくなっていく。 そんな時、神からの掲示によりひとりの少女が探し出される。 魔獣を退ける結界を作り出せるその少女は、自国のみならず各国から請われ結界を貼り廻らせる旅にでる。 こうして少女の活躍により、世界に平和が取り戻された。 これは、平和を取り戻した後のお話である。

一人暮らしのおばさん薬師を黒髪の青年は崇めたてる

朝山みどり
ファンタジー
冤罪で辺境に追放された元聖女。のんびりまったり平和に暮らしていたが、過去が彼女の生活を壊そうとしてきた。 彼女を慕う青年はこっそり彼女を守り続ける。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

あなたが残した世界で

天海月
恋愛
「ロザリア様、あなたは俺が生涯をかけてお守りすると誓いましょう」王女であるロザリアに、そう約束した初恋の騎士アーロンは、ある事件の後、彼女との誓いを破り突然その姿を消してしまう。 八年後、生贄に選ばれてしまったロザリアは、最期に彼に一目会いたいとアーロンを探し、彼と再会を果たすが・・・。

処理中です...