アメイジング・ナイト ―王女と騎士の35日―

碧井夢夏

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the 16th day 人は見かけによらない

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 ロキがとある村のバールで昼食を取っていると、近くでされる世間話の声が聞こえる。
「ポテンシアの第四王子とルリアーナの王女だと、ポテンシアの第四王子が婿入りって形になるんだろうけど、ポテンシアの5人の王子のうちで一番王位継承権の遠い身分の低い王子って、両国にとって関係向上に繋がるんだろうかね」
「まあ、リブニケやブリステの中途半端な貴族よりは納得できるんじゃないか?」

 国民の純粋な感想だと分かっていても、当たり前のように国民の利益に利用されようとしているレナの噂話は気分の良いものではなく、ロキはイライラしていた。

 昨日、ロキがレナと話すことができたのは、恐らく幻聴ではなく呪術だったのだろう。
(もう、婚約したのかな……)
 ロキは、レナの声を聴けたことで暫くは幸せな気持ちに浸れていたが、やはり王女は遠い存在なのだと現実に引き戻される。
(一人で家を出たときに人生のどん底を味わったつもりだったけど、なんだろうな、今の方がよっぽどツライな)

 ロキの人生には手に入らないものが沢山あった。それは例えば、地位、名誉、家柄、家族の愛情といったもので、それらを当たり前に持って苦労を知らずに生きている貴族や王族は自分の敵だと思って生きてきた。
 持ち前の頭の良さと勘の良さに加え、恵まれた外見を活かして運命を切り開いてきた自信がある。ロキは、貴族や王族を見返すことがいつの間にか人生の目標になっていた。

 それが、王族に恋をしたと思えば、相手が恋愛を諦めて政略結婚を受け入れる様子を傍観者のひとりとして部外者の立場で見ている。いくら事業で成功したといっても、やはり権力の前では無力な平民なのだと思い知らされているようだった。

(政略結婚は、関係良好になるケースだけじゃない……それがきっかけで人の不幸が生まれることだって多い)

 ロキは過去に知った貴族同士の婚姻による事件や事故を思い出していた。レナが巻き込まれるとするなら、ルイスが何者かに手にかけられてポテンシアの侵攻を許す……など可能性はいくらでも考えられる。

 どんな時でも、レナは個人の意志や行動とは無関係に周りに翻弄されるのだろう。そう思うと、何もできない自分の立場が腹立たしくなった。

「わ、あの人見て~」
 今日もまた、外野から騒がれてロキはため息をつく。店の遠い席から黄色い声がこちらに向かっていた。あれがあの王女だったらどんなに嬉しいだろうか。
(あーあ、また呪術を使って声を聴かせてくれないかな。どうも雑音が多くて敵わないな)


「おい、兄ちゃん。見ない顔だな」
 レナの記憶に浸っていると、突然ガラの悪そうな男がテーブルの前に3人立っていた。
「ああ、旅行者ですけど」
 ロキは出自の関係でこの手の人種には慣れて育ってきていたが、ルリアーナ国内では初めて遭遇したため少し驚いていた。

「ちょっと表に出てもらってもいいかな?」
 身なりは悪いがガタイの良い3人組に絡まれ、ロキはため息をつくと、
「まだ会計が済んでないんだけど」
 と答える。座ったまま、下から男を睨んだ。
「行儀の良いお坊ちゃまだな。荷物ごと置いて行けよ」
 3人組のうちの一人で、長髪の男がそう言ってロキの胸倉を掴んだ。

「で、俺はあんたに何をされてるわけ?」
 ロキはそう言うと自分を掴んだ男の手首を掴み、そのまま力いっぱいひねった。
「ぐぁ……何しやがる……」
 すぐにその男が離れると、ロキは立ち上がって、
「何って、そっちが人の服を掴むからだろ。こちらからは攻撃しないでいてあげるから、感謝したら? ……ほら、さっさと逃げなよ」
 と3人を威圧した。

「威勢がいいな。どこから来たか知らないが、その綺麗な顔が見るに堪えない形になる前に、こっちに来いって言ってんだよ」
 3人のうちの一人は棍棒を持って威嚇している。
「うーん、何のためにそっちに行くんだっけ? 心当たりがないんだけど」
 ロキはそう言うと自分の荷物から剣を取り出した。武器を構えていなかった2人もそれぞれ鎌と槍を手に持ち、一気にその場は物々しい空間になってしまう。

 店内には悲鳴が響き、それまで平和だった日常が混乱に包まれた。次々に客が外に逃げ出す。
「護身用か……見かけによらず戦う気があるとはな」
 棍棒を持った男がそういうとロキに振りかぶる。ロキはその動きを素早く読んで避けると、そのまま男の軸足を軽々と払ったので、男はその場で派手に転ぶことになった。

「こいつ……!」
 槍を構えた男が仲間の姿に逆上してロキに向かって襲い掛かったが、ロキは鼻で笑うと
「ハンの槍に鍛えられると、その辺の槍が怖くなくなるな」
 と言いながら軽くかわして柄を掴み、そのまま槍ごと男を突き飛ばす。テーブルと椅子が散乱し、家具の倒れる音が店内に響いた。

「言っておくけど……本気で殺されたいなら、こっちもその気でやるよ」
 ロキは持っていた剣を鞘から抜いて、怪しく光る刃を向けた。
 鎌を持った男は、目の前で2人が次々にあしらわれるのを見て動けなくなっている。先ほどまで『優男』に見えた綺麗な男が到底勝てる相手ではないことが分かると、本気で殺されるのではないかという恐怖に足がすくんでいた。

「お前……何だ……?」
 3人は、得体の知れない目の前の男に、後ずさりを始めた。
「何、か……。君たちは知らなそうだから教えてあげようか。戦いの場で一番強い人間っていうのが、どんなやつなのか。それはさ、人を殺すことに躊躇のないやつなんだよ。俺はね、初めて人を殺めたのは12の時なんだ。だから、年季が違うんだよね。……で、どう思う?」

 ロキはそう言うと不敵な笑みを浮かべた。構えた剣が光に反射してギラギラ光り、迷いのない男の恐ろしさを強調していた。
「ひっ……」
 3人は、目の前にいた男の正体が殺人鬼か何かで、軟弱なよそ者と思って狙ったが絡んではいけない人物だったのだと後悔していた。
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