アメイジング・ナイト ―王女と騎士の35日―

碧井夢夏

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the 16th day 好きです

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 カイはスウとの訓練を終えると急いでレナの所に向かっていた。ブラッドとサラが居るので特にカイに仕事があるわけではなかったが、思ったよりもスウの訓練が長くなってしまったのだ。
 城に入るが、レナが居る場所を把握していない。一旦ハオルにでも聞いてみるしかないなと、カイは上の階を目指していた。

 すると、遠くからカイに向かって、黄色系の茶髪を肩まで伸ばした使用人が走ってくるのが見えた。
「ハウザー様! 良かった。こちらです!」
 レナ付の侍女であるサーヤが、カイにレナの居場所を伝えようと探してくれていたらしい。
「ああ、助かる」
 カイはサーヤの方に駆け付けると、ペースを落としてサーヤについて行く。

「ちょうど、今、フィルリ様がいらしていて、緊急の会議中なんです」
 サーヤはそう言いながら一生懸命急いで歩き、息を切らしていた。
「場所を教えてもらえれば1人で向かうので、サーヤ殿はゆっくり……」
 カイがサーヤを気遣って自分だけ先に行こうとすると、
「嫌です!」
 とサーヤはカイをまじまじと見つめた。

「もうすぐそこです。目印もありませんし、ハウザー様とご一緒したいんですが、いけませんか?」
 カイはサーヤの真剣な訴えに圧倒されて、
「いや……」
 と思わず断れずに了承してしまった。
 サーヤは隣で息を切らしながら耳まで赤くして小走りしている。カイは、もう少しペースを落とすべきか迷っていた。明らかに、サーヤはカイを気にして必死に急いでいるように見える。

「ハウザー様は余裕ですね。私も体力はある方ですが、全然違うわ……」
 サーヤはそう言って、息を乱さずに進むカイに感心しているようだった。
「城勤めの令嬢に、戦場が職場の騎士並みの体力があったらスカウトしても良いな」
 カイがそう言うと、サーヤは楽しそうに笑っている。

「スカウトされたかったです。ハウザー様の部下だったら、いつもあなたのお力になれますもの」
 サーヤの言葉にカイは「うーん」と唸り、
「この城の仕事の方が、間違いなく条件や待遇が良いだろうな。転職は薦めない」
 と特に抑揚もなく言った。サーヤは、
「上司のハウザー様ってどうなのかしら。厳しいんですか?」
 と息を切らしながらも興味津々の様子だ。

「厳しいかは分からないが、冷たいとよく言われる。」
 カイがそう言うと、サーヤは止まり、息を切らしながら隣にいるカイを見上げた。
「好きです、ハウザー様。部屋はこちらです」
 カイは突然の告白に眉すら動かさなかった。カイにとっては、レナのいる部屋に早く駆け付ける方が優先順位は高い。

「俺の何を好きなのか知らないが、そういった気持ちに応えるつもりはない」
 カイはそう言うと、サーヤと目を合わせることなく目の前の扉をノックした。中からレナの声がする。カイはその声に答えると中に入っていった。

 サーヤはその様子を茫然と眺めながら、もともと望みなどなかったはずだと自分に言い聞かせる。サーヤの息は相変わらず上がっていた。

(分かっていたじゃない、こうしてドキドキしているのは、私だけだもの……)

 目の前の扉に吸い込まれていった騎士の後ろ姿は、いつもの通り美しく見えた。何故か頬に切り傷があったのは、ここに来るまでに何かがあったのだろう。サーヤにはカイの事情を詳しく知ることは叶わない。

 サーヤは、自分の主人であるレナを初めて羨ましいと思った。
 カイを側に置き、自分の盾にする権利を持っているのは、この国ではレナしかいない。
(私が好きだと思う気持ちなど、あの人にとっては面倒なことなんだ)

 いつも2人が仲良く会話をしているのを横目に見ては、サーヤは思っていた。
(なぜ、あの方ばかりがハウザー様を独り占めできるの?雇っているお金だって国民のものでしょう……)

 サーヤは閉められた扉をじっと見つめていた。扉一枚で隔てられた向こう側との深い溝が立ちふさがっている。そこは光が届かない真っ暗な闇が広がっていた。
 サーヤは無言で扉に背を向ける。自分の持ち場であるレナの部屋に戻ることにした。
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