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the 16th day 戦いに身を置いた血族

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 カイは朝からスウの訪問に対応する羽目になった。
「なんでよりによってこんな早朝なんだ……」
 スウは一日のうちで一番都合の良い時間帯を占ってやってくると言っていた。

(占術はインチキなのか?)
 そう思いながら、まだ眠い身体を動かしながら城門までスウを迎えに行くと、姿が見えたスウの背後から大きな「気」の動きを察知し、カイは咄嗟に自分の前に「気」の流れを作る。目に見えない大きな力が衝突し、轟音と共に豪風が起こった。

「いきなりだな……」
 カイは豪風と共に起きた砂嵐から目を護ろうと、何とか気功の力で目を防御していた。小さな老人の使う気功に圧倒された自分を奮い立たせる。

劉淵りゅうえん、かろうじて防げるのはこの程度までだろう?」
 スウが愉快そうに言ったのを、
「城を壊す気か? 修繕費を払ってやる気はないぞ」
 とカイは挑戦的にスウを睨みつける。頬に何かが伝った感触がして手で触れてみると、血が出ていた。目の前の老人に、よりにもよって父親から教わった技と同じものを駆使され怪我まで負わされたことに、カイの中の血が沸いた。

「人を馬鹿にする方法を良く知っているようだな」
 目の前の老人は気功の専門家ではない。父親から正当な後継者として術を譲り受けた自分よりも、余程自由に使いこなしているスウに、カイは悔しさを抑えきれずにいた。

「そうムキになるな。今日もお前を鍛えてやろうと老体に鞭を打って来たんだ。変に力が入っているとまた自分の術に溺れるぞ」
 スウはそう言ってカイを見つめると、人差し指と中指の間に紙を挟んで小さな声で何かを唱えだした。

(呪術で来るか……)
 カイは念のため身体の「気」を高めて身体強化をかける。何かが自分に襲い掛かって来る想定で、ダメージを減らそうとした。

 スウの指から紙が舞うと、紙は弧を描きながら火を帯びていく。そのうち、大きな炎になってカイの方に向かってきた。
 カイは何とか目の前に「気」で壁を作り炎を止めようとしたが、炎はカイの前でとどまり、熱がじりじりと肌を刺激する。服が火に当てられて小さな音を立て始めていた。

「細かい気を操り、火の勢いを分散させろ!」
 スウの声にカイは舌打ちすると、言われたとおりに目の前に作った「気」の壁を細かい「気」の集まりに変える。
「それぞれの『気』を動かせば術の幅が広がるぞ」

 スウの言葉の意味は分かったが、どうすれば細かくした「気」をそれぞれ別の方向に動かすのかが分からない。
 カイは服がジリジリと熱に溶かされる音を聞きながらいよいよ火傷の覚悟をし始めたとき、指の先で「気」の塊が揺れるのを見てとっさに「これだ」と思いついた。

 カイは掌を開いて細かい「気」を指で操る。火は様々な方向からやってくる細かな「気」に潰されると、必要な酸素を失い、勢いを失っていった。
 火は灰となり、カイの目の前にパラパラと落ちてくる。カイは最後の灰を足で踏みつけ、全ての火が消化されたのを確認した。

 火の熱で汗をかいた頬を少し拭う。拭った手に付いていた灰で、カイの頬に黒い線がついた。

「危うく、焼き殺されるか、火だるまになるところだった」
 カイはそう言うと自分の術が気功しかないことに頼りなさを感じつつも、火にも対抗するすべもあるのだという発見をした。

「いいか、劉淵りゅうえん。呪術というのは自然界の現象を利用するものが多い。今のような火を扱える術師は稀だと思うが存在しないわけではないぞ。どんな術が降りかかってくるか分からない以上、お前は自分の力を自由自在に使えるようになっておくしかない。分かるな?」
 スウはそう言うとまた紙を人差し指と中指の間に挟んだ。

「ふん、望むところだ」
 カイは少し服の焦げ臭さを感じつつ、スウに向き合って父親から教わった構えをする。左手を軽く握り前に構え、前後に足を開くと右手を後ろに回して重心を低くした。

「久しぶりに劉淵りゅうえんの構えを見たな。全方位型の防御体制か。まだお前はそこまで術を使いこなせていないが、懐かしいものを見た」
 スウはそう言うと紙を手放す。たちまち紙は水に形を変え、水の塊がカイを襲った。カイは細かな「気」の塊で水を分散させるが、水はすぐにまとまって一つの塊になってしまい、再びカイを襲う。

 同じ動きを何度も繰り返しながら、時折水を浴びそうになり、それを防ぐだけの状況が続いた。

(これはただの水のようだが、猛毒を使われる可能性もあるとすれば……水を浴びないで解決させなければ意味がないだろうな)
 水を浴びないように防御に気を取られていると、反撃どころか押され続けてしまう。

「頭を使えということか……」
 カイは細かな「気」を高い位置で一点にまとめると、水を上から押しつぶすように叩きつける。水は地面に落ちてたちまち地面の養分になった。

「考えたな」
 スウはにやりと笑ってカイを見る。昨日に比べて随分余裕があるカイの様子に、流石だなと小さく呟いた。

「次は、風同士でやり合ってみるか」
 スウはまた紙を放ち、今度は風をカイに向けて放つ。細かな風が無数のかまいたちとなってカイに四方から襲い掛かった。

「攻撃が、ワンパターンだな!」
 カイはスウの放った風の刃を次々に「気」を纏った手で払いのけ、にやりと笑みを浮かべて最後に自分に向かってきた風の刃を手で掴むと、口元を緩めてその刃を握りつぶした。
 カイは、「気」を使って風を操ることに慣れており、俊敏な自身の動きに合わせた気功術が得意だった。

「流石、戦いの実践に近い動きになると、呪術師の比ではないな。劉淵りゅうえん家の本来の強さがようやく分かったか」
 スウはカイの動きに視力がついていけず、目の前の男の流派はやはり戦いのためにあるのだと感心している。

「自分の戦い方と組み合わせていくことで、『気』の使い方や呪術への対応の幅が広がるのか」

 カイはようやく、術との組み合わせで戦うということを理解した。恐らく父親の強さはこういうところにあったのだろう。
 時を経て父と繋がっている感覚に、カイは感慨深くなる。


「ちなみに、この時間帯を選んだのは、城でこの訓練が出来そうな場所と時間がここしかなくてな。他の時間に来ると見学者や巻き込む人間が出ることになっていた」
 スウはそう言って周囲を見渡す。城門をくぐった広い通路で繰り広げた呪術と気功の攻防で、周囲の木の枝が切り刻まれ無残な姿になり、落ち葉が散乱していた。

「なるほど?」
 カイは城の入口にふさわしくない見た目になった木々をぼんやりと視界に入れると、減給にならないよう祈るしかなかった。
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