アメイジング・ナイト ―王女と騎士の35日―

碧井夢夏

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the 14th night 追憶

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 レナは、とある夢を見て夜中に目を覚ました。それは、実際に起きた小さな頃の出来事だった気がする。
 誰かを探して、走り回っていた。夢の中で、その誰かに会いたいと泣いていた。知らない場所でたった一人、不安で暫くふさぎ込んでいた。あれは、確かに小さな頃のレナだった。

(あの時、何があったのか、思い出せない……)

 両親の記憶も曖昧だったが、小さな自分が探していた人物は、何もかもが記憶の中で消えかけていた。大切な人のはずなのに、顔も姿かたちも、何も分からない。

(何も分からないはずなのに、どうしてこんなに胸が苦しいの……)

 レナはベッドから起き上がり、カーディガンを羽織ると、部屋から見える月を暫く眺めた。

 曖昧な記憶の断片に、何か大切なことを忘れている気がして不安に駆られる。1人では不安に押しつぶされそうな気がして、隣の部屋に護衛で入っているのは誰か、声を掛けてみようと決めた。
 扉の前に立ち、その向こう側にいる人物に恐る恐る声を掛ける。

「今、そこにいるのは誰?」
 レナの呼びかけに、
「また、眠れないのか?」
 と、昼間何度も聞いたカイの声が答える。レナは安堵して扉を開いた。

「よかった、今、カイと話したかったところよ」
 良く知った美しい護衛の姿に、レナは先ほどまでの不安が和らいでいく。
「大丈夫なのか? 最近、多いんじゃないか? 寝不足になったり眠れなくなったりするのは、パースのことや見合いの件が引っかかっているのか?」
 カイはそう言うと、扉の前から動き、レナが部屋に入ってこられるようにした。

「いいえ、今日は違うわ。変な夢を……子どもの頃、自分が誰かを必死で探していたことを思い出したの。でも、それが誰だったのか、全くわからない」
 レナはそう言いながら部屋に入り、
「でも、思い出そうとするとひどくつらい気持ちになるのよ」
 と困ったように言った。いつもの定位置になりつつあるソファに腰を下ろし、カイの方を見る。


「カイが幼い頃を夢にみて苦しむとしたら、おばあ様のところに一人でやってきた時の頃かしら?」
 レナは、少し境遇の似たカイに子どもの頃の話がしやすいことが救いだった。カイは少し考えると、
「いや、婆さんの所に来た時のことは、うなされる程のつらい思い出にはなっていない。最初こそ自分の運命に絶望していたが、結果的にそれを正解に変えて行ったこともあるしな。どちらかと言うと……やっぱり父親が亡くなった時の光景だろうな」
 と、以前レナに語った父親の最期のことを話した。

「もし、あの時、俺にもう少し能力があれば止められたんじゃないか、自分の存在では父親を引き止められなかったのかという無念は、一生消えないだろう」
 カイは自分の掌を見つめたままそう言うと、
「でも、その時のことを思い出さない時間が増えて、うなされることもなくなっている。ある種、忘れていくことで自分を癒している気がしているが」
 と、レナの様子を気にして言った。レナはカイの言葉に頷きながら、
「そうね、私も、もしかすると自分で自分の記憶に鍵をかけているのかもしれないわ。無理に思い出すのは、必ずしも良いことではないのかもしれないわね」
 と漠然とした不安から自分をなぐさめるように言った。


「ここ最近、ずっとそれで眠れていないのか?」
 カイの問いに、レナは思い切り動揺した。
「えっ……そ、それは…………」
 これまでの睡眠不足は、「好き」とは何なのかを考えていることが殆どだった。
「もう少し、別のことよ……」
 レナがはぐらかすので、カイはそれ以上追及しなかった。他人のことにむやみに踏み込まないカイに、レナは助かったような残念なような気持ちになる。

「あのね、ちょっとこれは独り言なんだけど……私、子どもの頃から今迄、人からの愛情を受けとったことが無かった気がするの。それが、最近少し崩れたというか・・他人からの好意を受けて、幼い頃に同じように無償の愛を受けた記憶があったような、鍵をかけていた思い出が少し断片的に出てきているんじゃないかと思うようになったわ」

 レナの言葉に、カイは『他人の好意』はポテンシアの第四王子のことだろうと思っていた。
「単純な疑問なんだが、その他人の好意について、どういう気持ちで向き合ったら眠れなくなったんだ?」
 カイの鋭い質問に、レナは一瞬言葉を失う。

「……それは、相手の気持ちにどう向き合ったらいいのか、どうしたら相手を傷つけずに済むのか、とか……やっぱり相手との関係を壊したくないと思うと、好意を受け入れられないことに悩むのよ」
 レナは、ゆっくりと最近の悩みを吐露した。

「驚いたな……そんなに消極的なのか……」
 カイは呆気にとられている。そのカイを見て、レナは伝え方を失敗したかもしれないと後悔した。

「カイだって、相手の好意に対して嬉しさを感じないんでしょう?私の立場になれば同じように悩むんじゃないかしら……」
 レナは誤魔化しながら同意を求めたが、カイは難しい顔をしていた。

「そもそも、本当に王位継承者として婚約者を選ぶつもりがあるなら、そんな考えに至るとは思えないんだが」
(ああ、そこなのね……)
 レナは、カイが言わんとすることを理解した。自分の相談は見合いに対するものだと誤解されるのは当然だ。

「例えばの話よ。私がカイを好きだと言ったら、あなたはどう行動するの?」
 レナは見合いから話を逸らしつつ、なるべく具体的に雇用関係を匂わせた恋愛感情についての意見を求めることにした。

「どうもしないな。任務に徹するつもりだ」
 カイがハッキリ言ったのを聞いて、
「そう。あなたはそうやって割り切れて良いわね。私は、どうもこの手のことには深く考えすぎるところがあるのかもしれないわ」
 とレナは返す。レナの服の中で首から下げていたガラス玉のネックレスが、ヒヤリと肌を刺激した気がした。

「私はね、好意を持たれたこと自体は、やっぱり嬉しかったのよ。嬉しかったから、相手の想いに応えられないことが余計につらいの」
 レナはそう言うと、結局自分のような立場では人を好きになったり、恋をするのは難しいのだろうと諦め始めていた。

「殿下は、権力者の割に繊細過ぎるんじゃないのか」
 カイは、好意を持たれて眠れなくなるというレナを見て、この気質で女王を務めることになるなど、とても想像がつかないなと心配をしていた。

「そうね、つくづく向いていないと思うわ」
 レナはカイの言葉に笑う。
「世襲ってのは、厄介だな」
 カイは自分にも身に覚えのあることを口にした。レナは胸の奥にある小さなわだかまりが外に出ないよう、膝を抱えて黙っていた。
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