アメイジング・ナイト ―王女と騎士の35日―

碧井夢夏

文字の大きさ
上 下
81 / 221

the 13th night 雨のルリアーナ

しおりを挟む
 その日の深夜、ルリアーナでは久しぶりに雨が降っていた。
 ルリアーナにおける雨とは、王家の象徴と言われることがある。農業の豊穣を祈る儀式に、王家が絡んでいた名残らしい。
 レナは自室から雨の音に耳を澄ませて、お気に入りの『騎士物語』を手に取る。ベッドに入ると久しぶりにカイの冒険譚ともいえる小説を読み始めた。

 異国の騎士団長様は、流石に素敵に描かれている。性格がカイとは似ても似つかないことにレナはところどころ笑ってしまったが、やはり何度読んでも憧れの想いは消えなかった。
 物語の内容には、実際のカイが起こした行動かもしれないという描写がある。そして、今はこの主人公が近くにいるのだと不思議な気持ちになった。

(見た目に関して言えば、小説は本物を超えられないわね)

 文字だけで語られる主人公の容姿は、その美しさを読み手の判断に委ねられる。
 青みが掛かった黒髪、グレーがかかった瞳、高い背、恵まれた骨格……。どの条件を取ってみても想像すれば間違いなく類まれな容姿を持つことは分かるが、カイの持つ独特の美しさは小説で想像したよりも実物が圧倒的に優れていた。

 レナは、『騎士物語』をざっと読み返したあと、それをベッドの脇に置く。
 ベッドの中で、その日に起きたことを振り返っていた。

 ルイスに近衛兵の人手を借りて、お礼にデートらしきものをすることになってしまった。
 ルイスには、感謝してもしきれないくらいのことをしてもらっている。ただ、会うとどうしてもあの王子の行動に振り回されてしまうことに頭が痛い。

 そもそも、「好き」とはどんなものなのだろうか。レナにはよく分からない。

 ルイスは、レナのことが「好き」なのだろうかと不思議になる。だとすれば何故なのか、心当たりがなかった。

(ロキは……私のことが好きだと……)

 ハッキリと言われたのに、レナは理解ができなかった。一緒にいた時間が長かったわけでもなければ、特別な会話をした覚えもない。それに、シンとロキを呼んで話をした夜にした会話を思い出してみても、ロキがレナを好きだったとは思えなかった。

 ベッドから起き上がり、本棚から恋愛小説を出してみた。本を読んでも答えが見つかるとは思えなかったが、レナには自分自身に向き合う時間が必要だった。

 あんなに憧れた恋愛なのに、いざ自分の身に相手の好意が降りかかった途端、他人事のような、それでいて知るのは怖いような、未知のものに対する不安が襲う。
 小説を読んでも、答えはどこにも書いていなかった。

 ただ、レナは初めて何故自分が恋愛に憧れていたのかを、ハッキリと認識してしまった。

 レナの周りには、王女としての自分に向き合ってくれる人しかいないのだ。
 地位や立場から離れ、ただひとりの女性として認められ、愛されたい。
 それが、心惹かれた相手であれば、どんなに幸せだろうか。

 レナは愛情に飢えた子どものような自分を抱えるように、ベッドの中で丸くなった。
 外の雨の音は、レナの心に産まれた孤独を誤魔化すような、増長させるような、激しい音に変わっている。

 レナが欲しいのは、本当は恋愛ではないのかもしれない。
 どこにも行き場所のない孤独を、寄り添って癒す存在が欲しいだけなのかもしれない。
 泣きたい時に、飛び込める腕が欲しいだけなのかもしれない。
 叫びたい時に、抱きしめてくれる存在が欲しいだけなのかもしれない。
 それは、何という感情なのだろう。

 ただ一方で、身を焦がすような想いというのがどんなものなのか、好奇心は消えなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

あなたが残した世界で

天海月
恋愛
「ロザリア様、あなたは俺が生涯をかけてお守りすると誓いましょう」王女であるロザリアに、そう約束した初恋の騎士アーロンは、ある事件の後、彼女との誓いを破り突然その姿を消してしまう。 八年後、生贄に選ばれてしまったロザリアは、最期に彼に一目会いたいとアーロンを探し、彼と再会を果たすが・・・。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

処理中です...