アメイジング・ナイト ―王女と騎士の35日―

碧井夢夏

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the 12th day 血の繋がらない兄弟

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 ハンは、暫くルリアーナの城下町を歩いていた。平和そのものといった様子に、果たしてどこに呪術の類が紛れているのだろうかと辺りを見回す。

(今回の仕事、どうしようかな)
 ハンは本気で任務を降りるか迷っている。どうしても前向きになれない自分がいた。

 ハンにとって、カイは弟であり、恩人だ。

 東洋人をルーツに持つハンは、故郷のブリステで差別を受けることが多かった。
 国籍はブリステで母親はパース人だというのに、見た目が東洋人というだけで理不尽な評価を下されることは日常茶飯事だった。
『肌の色と目の色が母親のものと同じだったら、僕はこんな目に遭わなかったのだろうか?』
 ハンの人生の長い時間は、その疑問で埋め尽くされている。

 そんな、ハンの状況を変えたのが、一番身近な存在のカイだった。


(あれは、いつのことだったか……)
 ハンと父親がほう商会で傭兵をしていた頃、東洋人差別の言いがかりで不当な扱いをされる事件が相次いだ。
 ほう代表は効率重視の経営者で、用心棒は自国から連れてきた傭兵ではなく、現地調達に切り替えることを決めた。

 蒼劉淵そうりゅうえんがかつて隊長をしていた屈強な傭兵隊は、国内の事情で一斉解雇の危機にあったのだ。

 ハンは、父親から譲り受けた東洋人の外見を持つ以上、正当な扱いなどを期待してはいけないのだと絶望した。
 ブリステで生まれ育ち、国籍はブリステ人なのに、どうしてだろう?
 生まれた時に目が黒かっただけで、肌が少し黄色みがかかっているだけで、あらゆることを諦めなければいけないのだろうか。

 そんなハンの状況に、手を差し伸べてきたのがカイだった。
 両親に続いて祖母を亡くしたカイは、傭兵隊を全員雇いたいと侯代表に申し出たらしい。

 侯代表はもともと解雇する予定だった傭兵隊を無条件でカイに譲り、カイはそこから自分の騎士団を作って行く。
 傭兵隊の主な構成員だった東洋人は、差別により正当な評価が得られにくかった。そこでカイは積極的に国内での雇用も行った。
 最初は2人1組で仕事をこなすなどしながら、実績や信頼を獲得していったのだ。

 幸い、蒼劉淵そうりゅうえんに雇われていた傭兵たちにはそれぞれ特技があり、ハンと父親も騎馬遊牧民族の優雅な馬術を身に着けていた。そのほかの東洋人も、槍術や剣術に秀でていた。
 ハウザー騎士団の優雅な馬術や槍術、剣術は、ブリステでの東洋人の評価に繋がった。
 何より、カイ・ハウザーという男の存在が、東洋人の見た目の印象を大きく変えた。

 ハンがブリステの文字を習ったのも、カイの騎士団に入ってからだ。
 カイは自分の母親が学問に強く、領地の子どもたちに教育を施していたことを知り、その効果を目の当たりにしたらしい。
 そのため、部下に学問を教える専用の教師職を雇い、東洋人の傭兵や貧しい若者を貴族階級並みの教養の持つ騎士に育て上げて行った。

 基本的な礼儀や文字の読解は、戦う技術以上に重要だというのがカイの考えだ。
 それが確信に変わったのは、シンの境遇が決定打だったらしい。
 シンは親の借金を抱えていた。文字が読めず不当な契約を交わして一生苦しむことがあるという、平民階級では当たり前の現実がそこにはあった。

 カイは、シンのような若者をこの世に産み続けてはいけないと、身近なところから変えて行く決意をしたらしい。
 強さとは、身体の鍛錬だけでは成り立たないのだと、雇った若者に教え込んだ。
 この世にはまだまだ理不尽や不平等がはびこっている。戦いの中では、頭も使う。
 知識や知恵もまた、重要な戦力だった。


(あの子は、本当に天から選ばれた子なんだ……)

 ハンは、カイを本当に大切に思っている。一緒に育って来た家族としての愛情を持ちながら、誰よりも尊敬していた。
 だからこそ、呪術で人の心を操るなどという存在には、穏やかでいられない。

 ハンの父親たち東洋人の中で、呪術は身近な存在だ。
 呪詛という、人を呪い殺す恐ろしい呪術の話もいくつか聞いたことがある。いくらカイが気を操り、高い身体能力を駆使したとしても、呪詛の力には及ばないのではないだろうか。

(この騎士団の中で、弟を殺せる者がいるとしたら、僕しかいないじゃないか……)

 ハンは大きくため息をつく。
 現在カイの下にはシンやロキのような戦うことををルーツにしていない若者が増えている。対して、ハンは生まれた時から遊牧民族に伝わる殺人術を学んでいた。ハンの人を殺す技術は飛びぬけて高い。サラも傭兵としての経験値は高かったが、ハンのような恐ろしい技術は持っていなかった。

 殺人に特化した技術を持つような自分は、この国の仕事には向いていないのだろう。
 ハンはルリアーナに着いてからずっと抱えていた、違和感の正体に向き合った。平和を愛する王女と、豊かな農地が広がる理想のような土地を踏んでいるというのに、どこか自分は場違いな気がしている。

(農地や決まった土地など持たない、遊牧民族の血がいけないのかな)

 ハンは城下町で楽しそうに走り回る子どもたちを眺める。
 こんな平和そうな国でも、呪術によって今も誰かが傷ついているのだろう。

 大切な弟を傷つけることは、何としても阻止したい。
 それが自分になる可能性がある以上、どうしても受け入れることができずにいた。
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