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the 12th day 鷹の使い
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ルリアーナ城の上空に鷹が飛んでいるのを見つけた多くの人たちは、伝承されてきた「女王と鷹」の姿を思い出してこれから何が起こるのかと鷹を見つめていた。
鷹は、城の上を何度か旋回すると、中庭に着地することに決めたらしい。大きな羽を畳みながら地面に降り立った姿の美しさに、城内は一瞬だけ沸き、その後は逃げまどう人の声や足音で騒がしくなった。
鷹は、自分の足に結ばれた文を早く誰かに託して戻りたそうにしているが、目的地に着いてみると誰も近寄ってこない。暫く、羽を拡げずに中庭を歩いていた。
城内は鷹を中心にちょっとした騒ぎになっている。遠巻きに見ている多くの者は恐れ、近寄ろうとするものはいなかった。
ポテンシアでは、まずこのようなことにはならない。鷹は主人の使いを終わらせるにはどうするべきか、周囲を見回していた。
ルリアーナ城は人間と鷹の間で膠着状態が続いていたが、そこに、明らかに面倒くさそうな様子で鷹に近寄っていく男が現れた。
黒髪で背が高く恵まれた体型をした男は、鷹に対して特に警戒もせずにまっすぐ向かって歩いていく。
「何でこんなところに鷹が紛れ込んでいるのか分からないが、何とかしろと言われた以上、ここから出て行ってもらわねばならんわけだ。鳥の掃い方など知るわけもないというのに……」
鷹の目の前まで来ると、男は腕組みをして鷹の様子を観察する。足に紙が巻き付けられているのを見つけると、
「ああ、これを持ってきたのか」
としゃがんで鷹の足にくくられた紙を外した。紙に見たことのある国旗が書かれているのを確認し、
「なるほど、そういうことか」
と男は納得する。鷹は文を託せたことに安堵し、そのまま中庭から主人の元へ羽ばたいて行った。
その様子を遠巻きに見ていた城内の従業員たちは、異国の騎士が鷹を自由に操ったと沸き、たちまち大喜びし歓声を上げた。
「いやいや……どう考えても鷹がこんなところに来ている時点で、何かあるだろう」
騒ぎの中心で男は呆れていた。
「ルリアーナでは、鷹狩りというのは一般的ではないのか?」
カイはレナの部屋でポテンシアの王子から来た書簡を読みながら、レナに尋ねた。
「うーん、あまり無いかもしれないわね。鷹を崇めているのにね」
レナが言うと、カイは大きなため息をついた。
「鷹一羽のために呼び出されるなんて、俺は何に雇われたのか……。便利屋じゃないんだぞ」
カイはそう言って不本意そうにしている。故郷のブリステ公国では、鷹狩りは貴族階級に普及した一般的なスポーツだった。
鷹で城内が揺れるなど、まるで茶番だ。
「まあまあ、あなたを雇って良かったって、またみんなの株を上げたわよ」
レナはそう言ってカイをなだめる。レナも、城に現れた鷹の対応など、およそ護衛の役目ではないことは理解していた。
「ポテンシアのルイス殿下は、メイソン公爵を捕らえて関所での賄賂についても追及できたようだが、公爵の身柄はこちらに引き渡しを要求しなくても良いのか?」
鷹の寄越した書簡の内容を確認し、カイがレナに尋ねる。
「他国の王子に罪人の保護をお願いするのはおかしな話よね。すぐこちらに引き渡してもらいましょう。まさか、あの王子がルリアーナに入国してまで公爵を追及していたなんて、意外だわ」
とレナはルイスを思い出して言った。軽そうに見えた第4王子は、実はそうでもないのだろうか、と考え直している。
「意外か?あの王子はポテンシアとルリアーナの外交に対してかなり積極的だった印象だが……」
カイの言葉に、
「どこの国の王子だって、貿易でトラブルが起きていればああいう話にはなるでしょう。でも、自身が単身で行動を起こすっていうのはあんまり聞いたことがないわ」
とレナはカイに説明する。カイは納得していたようだった。
「まあ、あの王子の誠意が分かっただけでも進展だな」
カイがそう言うと、レナは、
「最近そうやってお見合いをどんどん進めて早く終わらせようとしているの、私が気づいていないとでも思っているのかしら?」
とカイを睨む。
「早く終わらせようとしているわけじゃない。もっと積極的に進めて欲しいと思っているだけだ」
と、カイは平然とした態度で答えた。こんなことを平気で言うような男は通常恨まれるに違いないが、こういった時のカイ・ハウザーという男は、何故か整った顔が目立って妙に中和される。
「積極的に進める……ねえ。困ったことに自分事のように思えないわ」
と、レナはルイスから届いた手紙に目を落とす。丁寧に書かれた美しい字を見つめながら、自分の見合い相手として現れた隣国の王子の真意を、どう受け止めたら良いものか迷っていた。
「レナ様、先ほどの鷹騒ぎでは、またハウザー様が素敵だったと女性たちが騒いでいましたよ」
カイがレナの側を離れた隙に、侍女のサーヤが小声で囁いた。
「本人にしてみたら、鷹の足から紙を外しただけだってことみたいだけど」
とレナはサーヤに静かに伝えたが、
「だって、他の男たちときたら、逃げまどって何もできなかったんですから」
とサーヤはケラケラと笑う。
「そうなのよねえ……。カイは仕事に関係ないことに駆り出されたって怒っていたけど、それができるのがカイなのよね」
レナはそう言って机に向かってルイス宛の返事に手を付け始めた。速達で送れば、ルイスが来ているらしいメイソン公爵のところに本日中に着くかもしれない。
(あの方、勝手に苦手意識を持っていたけれど……案外良い方なのかしらね)
レナは、改めてルイスの姿を思い出し、「はあ」と息を吐いた。
鷹は、城の上を何度か旋回すると、中庭に着地することに決めたらしい。大きな羽を畳みながら地面に降り立った姿の美しさに、城内は一瞬だけ沸き、その後は逃げまどう人の声や足音で騒がしくなった。
鷹は、自分の足に結ばれた文を早く誰かに託して戻りたそうにしているが、目的地に着いてみると誰も近寄ってこない。暫く、羽を拡げずに中庭を歩いていた。
城内は鷹を中心にちょっとした騒ぎになっている。遠巻きに見ている多くの者は恐れ、近寄ろうとするものはいなかった。
ポテンシアでは、まずこのようなことにはならない。鷹は主人の使いを終わらせるにはどうするべきか、周囲を見回していた。
ルリアーナ城は人間と鷹の間で膠着状態が続いていたが、そこに、明らかに面倒くさそうな様子で鷹に近寄っていく男が現れた。
黒髪で背が高く恵まれた体型をした男は、鷹に対して特に警戒もせずにまっすぐ向かって歩いていく。
「何でこんなところに鷹が紛れ込んでいるのか分からないが、何とかしろと言われた以上、ここから出て行ってもらわねばならんわけだ。鳥の掃い方など知るわけもないというのに……」
鷹の目の前まで来ると、男は腕組みをして鷹の様子を観察する。足に紙が巻き付けられているのを見つけると、
「ああ、これを持ってきたのか」
としゃがんで鷹の足にくくられた紙を外した。紙に見たことのある国旗が書かれているのを確認し、
「なるほど、そういうことか」
と男は納得する。鷹は文を託せたことに安堵し、そのまま中庭から主人の元へ羽ばたいて行った。
その様子を遠巻きに見ていた城内の従業員たちは、異国の騎士が鷹を自由に操ったと沸き、たちまち大喜びし歓声を上げた。
「いやいや……どう考えても鷹がこんなところに来ている時点で、何かあるだろう」
騒ぎの中心で男は呆れていた。
「ルリアーナでは、鷹狩りというのは一般的ではないのか?」
カイはレナの部屋でポテンシアの王子から来た書簡を読みながら、レナに尋ねた。
「うーん、あまり無いかもしれないわね。鷹を崇めているのにね」
レナが言うと、カイは大きなため息をついた。
「鷹一羽のために呼び出されるなんて、俺は何に雇われたのか……。便利屋じゃないんだぞ」
カイはそう言って不本意そうにしている。故郷のブリステ公国では、鷹狩りは貴族階級に普及した一般的なスポーツだった。
鷹で城内が揺れるなど、まるで茶番だ。
「まあまあ、あなたを雇って良かったって、またみんなの株を上げたわよ」
レナはそう言ってカイをなだめる。レナも、城に現れた鷹の対応など、およそ護衛の役目ではないことは理解していた。
「ポテンシアのルイス殿下は、メイソン公爵を捕らえて関所での賄賂についても追及できたようだが、公爵の身柄はこちらに引き渡しを要求しなくても良いのか?」
鷹の寄越した書簡の内容を確認し、カイがレナに尋ねる。
「他国の王子に罪人の保護をお願いするのはおかしな話よね。すぐこちらに引き渡してもらいましょう。まさか、あの王子がルリアーナに入国してまで公爵を追及していたなんて、意外だわ」
とレナはルイスを思い出して言った。軽そうに見えた第4王子は、実はそうでもないのだろうか、と考え直している。
「意外か?あの王子はポテンシアとルリアーナの外交に対してかなり積極的だった印象だが……」
カイの言葉に、
「どこの国の王子だって、貿易でトラブルが起きていればああいう話にはなるでしょう。でも、自身が単身で行動を起こすっていうのはあんまり聞いたことがないわ」
とレナはカイに説明する。カイは納得していたようだった。
「まあ、あの王子の誠意が分かっただけでも進展だな」
カイがそう言うと、レナは、
「最近そうやってお見合いをどんどん進めて早く終わらせようとしているの、私が気づいていないとでも思っているのかしら?」
とカイを睨む。
「早く終わらせようとしているわけじゃない。もっと積極的に進めて欲しいと思っているだけだ」
と、カイは平然とした態度で答えた。こんなことを平気で言うような男は通常恨まれるに違いないが、こういった時のカイ・ハウザーという男は、何故か整った顔が目立って妙に中和される。
「積極的に進める……ねえ。困ったことに自分事のように思えないわ」
と、レナはルイスから届いた手紙に目を落とす。丁寧に書かれた美しい字を見つめながら、自分の見合い相手として現れた隣国の王子の真意を、どう受け止めたら良いものか迷っていた。
「レナ様、先ほどの鷹騒ぎでは、またハウザー様が素敵だったと女性たちが騒いでいましたよ」
カイがレナの側を離れた隙に、侍女のサーヤが小声で囁いた。
「本人にしてみたら、鷹の足から紙を外しただけだってことみたいだけど」
とレナはサーヤに静かに伝えたが、
「だって、他の男たちときたら、逃げまどって何もできなかったんですから」
とサーヤはケラケラと笑う。
「そうなのよねえ……。カイは仕事に関係ないことに駆り出されたって怒っていたけど、それができるのがカイなのよね」
レナはそう言って机に向かってルイス宛の返事に手を付け始めた。速達で送れば、ルイスが来ているらしいメイソン公爵のところに本日中に着くかもしれない。
(あの方、勝手に苦手意識を持っていたけれど……案外良い方なのかしらね)
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