アメイジング・ナイト ―王女と騎士の35日―

碧井夢夏

文字の大きさ
上 下
45 / 221

the 8th night 通じない想い‐2

しおりを挟む
「…………何言ってくれてるんですか…………。夜中に、若い女性が男の前で無防備なのって良くないですよ。今は護衛の任務中でわきまえているつもりですけど、それでも、つい誤解しそうになる」
 レナは、ロキが普段より少し余裕なく話す様子を気にしながら、じっと話を聞いていた。

「ごめんなさい、そんな、あなたを困らせるつもりじゃなかったの」
 レナは素直に謝った。意図せず、いつの間にか軽率な行動をとってしまったのだと、自分の無知を恥じる。

「殿下、今ここに身分の違いがなかったら、あなたは無事じゃなかったかもしれない。あなたは自分の身分に感謝したことがありますか。俺は人として最低限の権利が欲しくて騎士をやっています。権力者から簡単に平等を説かれたくない」
 ロキは怒った口調でそう言うと、レナと1歩分の距離を取った。

「でも、あなたと私は本来なら人として平等なはずだわ。あなたは私に怒る権利があるし、私は、あなたが怒っている理由を知りたい」
 レナは譲らなかった。ロキの怒りの源と、この世にはびこっている不条理を理解したがっている。


「……俺は、ブリステ人になる前、リブニケ王国の伯爵家で生まれました」
 ロキはレナの熱意に折れるように、観念して自分の話を始めた。

「殿下には想像もつかないと思いますが、母親は伯爵の愛妾です。俺は家にこそ置いてもらえたようなもので、義理の兄弟たちに召使扱いされて育っています。同じ家で同じ父親から生まれた中に、俺だけ身分に違いがあって……。まあ、なんとか実力主義のブリステまで逃げてきて、今では騎士様やってますけど」
 そう言うと、ロキは深いため息をついた。

「理不尽なことには、散々遭いました。でも、自分を虐げてきたやつらよりも、何もない人間にはなりたくなかった」
 21歳の若者から語られる生い立ちに、レナは何かを言いたそうにしている。

「だから、上から身分の差について綺麗事を言われると怒りが沸いてくる。分かっちゃいないんだ。普通に生きることを否定されて、悔しくて、疑問ばかりが生まれる。それが、どれだけ残酷か」
 ロキは何かを思い出しながらそう言うと、
「王女殿下のことは尊敬しているし、忠誠も誓います。でも、あなたの考えには賛成できない。制度の問題じゃないんです」
 と、冷たく言い放ってレナに背を向けた。

「意見が合わなくて当然よ。見ているところが違うもの」
 レナはロキの背中に向かってそう言うと、
「確かに私は兄弟から召使扱いをされたことはないし、食べるものや着るものに困ったことはない。でも、親を殺されて誰が味方なのかも分からない中でずっと生きているわ。私があなたを理解しきれないように、あなたにも私の気持ちは分からないでしょう?」
 と、言って一呼吸した。

「その立場にならなければ、本当の意味でその人のことは理解できない。でも、私は少しでも多くの人を良い方に変えていく義務がある。ロキのように身分で苦労してきた人がいるなら、やっぱりそれは見過ごせない」
 レナは、ロキの反応を待ってそのまま静かに立っていた。

「殿下……ここでのことは無礼講でいいのかな……」
 ロキが独り言のように言ったので、
「あなたの上司に告げ口するつもりもないし、何でも言って」
 とレナはロキの背中に笑顔で答えた。手を伸ばせば届きそうな距離にいるというのに、その表情は見えない。

 ロキは暫く何かを考えている様子だったが、レナの方を振り向くと、
「……あなたのことが好きです。貴族や王族なんて、大嫌いだった。だから、この感情を認めたくなかったけど」
 と、真剣な顔でレナをまっすぐ見つめたが、すぐにその顔は悲痛な表情に変わった。

「すいません。もう、部屋戻った方が良いですよ。今のは、忘れてください」
 ロキはそう言ってレナから視線を外すと、自分の拳に力を込めて精一杯冷静にいられるように努めていた。
「私、好きとか、よく分からなくて……その……何て言っていいのか……」
 レナはそう言うと、戸惑いながら気まずそうにした。目線はすっかり泳いでいる。

「あー……もう……」
 ロキは苛立ちながらレナを自分の胸に引き寄せ、包み込むような抱擁をした。
 それは、挨拶の時に交わされるものとは何かが違い、少なくともレナの生きてきた中でされた行為には無いものだった。

「あんたが知りたいこと全部、俺が教えてやったのに。あんな見合いに来るような連中よりも、あんたの全部を愛してやるのに……」
 ロキは少し腕に力を込めて悔しそうにそう言うと、
「それができないから、嫌なんですよ。身分なんて」
 と、抱きしめた腕を解き、レナの手を引いて扉の方に引っ張っていく。
「待って、ロキ」
 レナは何かを言おうとしているが、ロキはレナを自室に追いやり、扉を閉めた。

 バタンという音が、暗く静かな部屋に響く。
 ロキは閉めた扉に背を預けると、
「なにやってんだよ……頭わる……」と小さく呟いて項垂れ、そのままそこに座り込んだ。

 レナは閉められた扉を茫然と見つめ、すぐそこにいるロキに、かける声を失っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

あなたが残した世界で

天海月
恋愛
「ロザリア様、あなたは俺が生涯をかけてお守りすると誓いましょう」王女であるロザリアに、そう約束した初恋の騎士アーロンは、ある事件の後、彼女との誓いを破り突然その姿を消してしまう。 八年後、生贄に選ばれてしまったロザリアは、最期に彼に一目会いたいとアーロンを探し、彼と再会を果たすが・・・。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

処理中です...