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the 11th night その争いは王女が中心で
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その夜の護衛中、レナはカイを呼び出していた。
昼間に聞かれたことも含め、少し込み入った話をするためだった。呼び出されたカイにとっても、色々と疑問点が増えていたところだ。
レナは、カイが護衛をしているであろう扉の前で、声をかけようと立ち止まる。不意に、いつかの夜のことが頭に過った。何故か、ぐっと胸が苦しくなるような感覚が襲ってきたのを抑え込むように、
「カイ、そこにいるの?」
とカイを呼ぶ。
「居ますよ」
いつも通りの、素っ気ない騎士団長の声にレナは安堵した。内鍵を開けて扉を開けると、美しい護衛の姿がある。
「なんだか、カイと夜に話をするのは久しぶりね」
レナはそう言うと嬉しそうに笑い、いつものソファに向かって歩いた。
(ああ、あの日もここに座っていたんだわ)
レナは、ロキが座っていた床を眺めて深呼吸すると、
「色々、疑問が出てきている頃でしょう?」
と、まだ立ったまま扉の近くにいるカイに向かって言った。カイはゆっくり丸テーブルに向かいながら、
「尋問したいレベルで聞きたいことだらけだ」
と言うと、
「王女殿下に尋問なんて、恐れ多いが」
と付け加える。
「自分の護衛に尋問を受けるなんて、なかなか面白いわね」
レナはそう言いながら、カイの座った丸テーブルの方に身体を向け、
「どうぞ、何でも聞いて」
と、普段の王女らしい態度で言った。
「まず、宗教戦争についてだ。具体的にどういったことが起きている?事件や事故はどういった形で起きているんだ?」
カイは早速、昼間の疑問をぶつける。どんな回答が出てくるか全く想像もついていなかった。
「そうよね、不思議でしょう? 武力を持たずに争うって」
レナはそう言ってカイの質問に素直に頷いていた。まるで自分は関係ないかのような態度だ。
「私も、あまり見たことがないから……これはルリアーナ内で言われていることよ。宗教戦争は、思想での戦いと、呪術での戦いの2つがあるの」
レナの言葉に、カイはハンが言っていた「呪(まじな)い」の話を思い出していた。
「やはり……そんな、目に見えない力を使うようなことが、実際にあると言うのか……?」
ハッキリとレナから伝えられたというのに、カイは信じられないとでも言いたそうだ。
「あら、目に見えない力を使えるカイでも、そう思うのね」
とレナは意外そうに言った。
「そうよ? 私も、多少は使える」
レナが得意そうに続けたので、カイはますます驚いた。
「なんだって……?」
初めての情報に驚くカイを見て、レナは楽しそうに笑った。
「そんなに驚くことなのね。ルリアーナに居れば、そんなに珍しいことじゃないのよ。私が使えるのは、言葉による祝福……あの鎮魂歌みたいなものだとか、宝石を媒介にして、力を与えるもの、その程度よ」
レナが言った呪術の内容に、カイは少しだけ安心していた。想像したものは、ハンの言っていた人を呪い殺すような恐ろしい術の類だった。
「そうか、そういうものを呪術というのか。で、それを使ってどう戦うというんだ」
カイはレナの言う呪術と争いが結びつかず、ルリアーナ内で何が起きているのか想像がつかない。
「具体的には、異教徒の考えを自分たちの考えに改宗させるために、本人が気づかないうちに状況を変えていくのが一番強い呪術の使い方だと思うわ」
レナが言うとカイは少しうんざりしたように
「そんな外から見えにくい争いを100年も続けているのか……」
と呆れた顔をする。
いくつもの戦地を経験したカイにとって、レナの話す『争い』は勝ち負けの分からない煩わしいものに思えた。
「外から分かりづらいから、何が起きているのか分からないのよね。私の両親も恐らく、精神に作用する呪術のせいで亡くなったのよ。そして、証明ができないから犯人も追えず、他殺とも扱えない」
レナの言葉に、カイはハッとした。
(証明ができないから、他殺と扱えない――)
「つまり、誰かの呪術とやらで殺され、それを証明できないまま時間が経ったということか」
これまでの疑問や理解できなかった色々なことが、一気に繋がっていく。
「城内に先王の話をする者がいないのは、どこにそのレジスタンスのものがいるか分からず、危険だというのもあるんだな」
カイの中で、ひとつの仮説が導かれた。先王や王妃を殺したのは恐らくレジスタンスの者で、今も近くに潜んでいる可能性があるのではないか。そして、それは外からでは全く分からずに見えない脅威になっているのではないか……。
「要人警護だけかと思っていたら、そんな目に見えない力に対抗しなければならない護衛の仕事か」
カイは今回の高額報酬の落とし穴を知ってしまったな、とため息をつく。
「レジスタンスが、カイと部下の方たちを狙うかと言えば……限りなく可能性は低いと思うけど」
レナが自信をもって言い切ったので、カイは不思議そうにレナを見た。
「外国人を操って私を殺めようとすれば、国際問題になってややこしくなるでしょう? ブリステのような軍事に明るい国から攻められるようなことは誰も望んでいないわ。ルリアーナは戦争を起こさないことでなんとか自分たちを守っているようなものよ」
レナは冷静に言った。
「だから、カイを呼ぶ前も、ずっとパースに護衛の依頼をしていたの。そうすれば、パースと争いたくない人たちからは狙われないだろうと思っていたから。宗教戦争は国内の争いで、武力を用いていない。それは、武力を持たなくても争えたからというのもあるけど……カイが一人で対抗してもレジスタンスは制圧できるような集団よ。だから、ここからが問題なの」
レナは、いつになく暗い表情をしてゆっくりと語り始める。
「先王が亡くなってから、レジスタンスの勢いは増す一方だわ。私が女王に即位する前に、正教会はレジスタンスを制圧したいと考えているかもしれない。正教会は有力者からの資金が流れているから、市民の宗教を抑え込むために、どこかから武力を借りることが手っ取り早いと思っているかもしれないの」
レナの言葉を理解したカイは、
「そうか、レジスタンスの信仰者を虐殺する流れが、正教会から起きるかもしれないな」
と、言うと、
「だが、殿下にとってレジスタンスは脅威でしかないだろう。むしろ国賊として制圧しても良いのでは?」
と当たり前のように尋ねた。
「でも……残念ながら、私の考え自体はレジスタンス寄りなのよ」
とレナは困ったように笑う。
「何を言っている? 王政を否定しているような宗教だぞ?」
カイは咄嗟に反論していた。
「自分を否定するものを、そう簡単に受け入れるな」
カイの目は真剣に、まっすぐレナを見つめている。
「……そうね」
レナはそのカイに折れるように、力なくそう言って小さく笑った。
昼間に聞かれたことも含め、少し込み入った話をするためだった。呼び出されたカイにとっても、色々と疑問点が増えていたところだ。
レナは、カイが護衛をしているであろう扉の前で、声をかけようと立ち止まる。不意に、いつかの夜のことが頭に過った。何故か、ぐっと胸が苦しくなるような感覚が襲ってきたのを抑え込むように、
「カイ、そこにいるの?」
とカイを呼ぶ。
「居ますよ」
いつも通りの、素っ気ない騎士団長の声にレナは安堵した。内鍵を開けて扉を開けると、美しい護衛の姿がある。
「なんだか、カイと夜に話をするのは久しぶりね」
レナはそう言うと嬉しそうに笑い、いつものソファに向かって歩いた。
(ああ、あの日もここに座っていたんだわ)
レナは、ロキが座っていた床を眺めて深呼吸すると、
「色々、疑問が出てきている頃でしょう?」
と、まだ立ったまま扉の近くにいるカイに向かって言った。カイはゆっくり丸テーブルに向かいながら、
「尋問したいレベルで聞きたいことだらけだ」
と言うと、
「王女殿下に尋問なんて、恐れ多いが」
と付け加える。
「自分の護衛に尋問を受けるなんて、なかなか面白いわね」
レナはそう言いながら、カイの座った丸テーブルの方に身体を向け、
「どうぞ、何でも聞いて」
と、普段の王女らしい態度で言った。
「まず、宗教戦争についてだ。具体的にどういったことが起きている?事件や事故はどういった形で起きているんだ?」
カイは早速、昼間の疑問をぶつける。どんな回答が出てくるか全く想像もついていなかった。
「そうよね、不思議でしょう? 武力を持たずに争うって」
レナはそう言ってカイの質問に素直に頷いていた。まるで自分は関係ないかのような態度だ。
「私も、あまり見たことがないから……これはルリアーナ内で言われていることよ。宗教戦争は、思想での戦いと、呪術での戦いの2つがあるの」
レナの言葉に、カイはハンが言っていた「呪(まじな)い」の話を思い出していた。
「やはり……そんな、目に見えない力を使うようなことが、実際にあると言うのか……?」
ハッキリとレナから伝えられたというのに、カイは信じられないとでも言いたそうだ。
「あら、目に見えない力を使えるカイでも、そう思うのね」
とレナは意外そうに言った。
「そうよ? 私も、多少は使える」
レナが得意そうに続けたので、カイはますます驚いた。
「なんだって……?」
初めての情報に驚くカイを見て、レナは楽しそうに笑った。
「そんなに驚くことなのね。ルリアーナに居れば、そんなに珍しいことじゃないのよ。私が使えるのは、言葉による祝福……あの鎮魂歌みたいなものだとか、宝石を媒介にして、力を与えるもの、その程度よ」
レナが言った呪術の内容に、カイは少しだけ安心していた。想像したものは、ハンの言っていた人を呪い殺すような恐ろしい術の類だった。
「そうか、そういうものを呪術というのか。で、それを使ってどう戦うというんだ」
カイはレナの言う呪術と争いが結びつかず、ルリアーナ内で何が起きているのか想像がつかない。
「具体的には、異教徒の考えを自分たちの考えに改宗させるために、本人が気づかないうちに状況を変えていくのが一番強い呪術の使い方だと思うわ」
レナが言うとカイは少しうんざりしたように
「そんな外から見えにくい争いを100年も続けているのか……」
と呆れた顔をする。
いくつもの戦地を経験したカイにとって、レナの話す『争い』は勝ち負けの分からない煩わしいものに思えた。
「外から分かりづらいから、何が起きているのか分からないのよね。私の両親も恐らく、精神に作用する呪術のせいで亡くなったのよ。そして、証明ができないから犯人も追えず、他殺とも扱えない」
レナの言葉に、カイはハッとした。
(証明ができないから、他殺と扱えない――)
「つまり、誰かの呪術とやらで殺され、それを証明できないまま時間が経ったということか」
これまでの疑問や理解できなかった色々なことが、一気に繋がっていく。
「城内に先王の話をする者がいないのは、どこにそのレジスタンスのものがいるか分からず、危険だというのもあるんだな」
カイの中で、ひとつの仮説が導かれた。先王や王妃を殺したのは恐らくレジスタンスの者で、今も近くに潜んでいる可能性があるのではないか。そして、それは外からでは全く分からずに見えない脅威になっているのではないか……。
「要人警護だけかと思っていたら、そんな目に見えない力に対抗しなければならない護衛の仕事か」
カイは今回の高額報酬の落とし穴を知ってしまったな、とため息をつく。
「レジスタンスが、カイと部下の方たちを狙うかと言えば……限りなく可能性は低いと思うけど」
レナが自信をもって言い切ったので、カイは不思議そうにレナを見た。
「外国人を操って私を殺めようとすれば、国際問題になってややこしくなるでしょう? ブリステのような軍事に明るい国から攻められるようなことは誰も望んでいないわ。ルリアーナは戦争を起こさないことでなんとか自分たちを守っているようなものよ」
レナは冷静に言った。
「だから、カイを呼ぶ前も、ずっとパースに護衛の依頼をしていたの。そうすれば、パースと争いたくない人たちからは狙われないだろうと思っていたから。宗教戦争は国内の争いで、武力を用いていない。それは、武力を持たなくても争えたからというのもあるけど……カイが一人で対抗してもレジスタンスは制圧できるような集団よ。だから、ここからが問題なの」
レナは、いつになく暗い表情をしてゆっくりと語り始める。
「先王が亡くなってから、レジスタンスの勢いは増す一方だわ。私が女王に即位する前に、正教会はレジスタンスを制圧したいと考えているかもしれない。正教会は有力者からの資金が流れているから、市民の宗教を抑え込むために、どこかから武力を借りることが手っ取り早いと思っているかもしれないの」
レナの言葉を理解したカイは、
「そうか、レジスタンスの信仰者を虐殺する流れが、正教会から起きるかもしれないな」
と、言うと、
「だが、殿下にとってレジスタンスは脅威でしかないだろう。むしろ国賊として制圧しても良いのでは?」
と当たり前のように尋ねた。
「でも……残念ながら、私の考え自体はレジスタンス寄りなのよ」
とレナは困ったように笑う。
「何を言っている? 王政を否定しているような宗教だぞ?」
カイは咄嗟に反論していた。
「自分を否定するものを、そう簡単に受け入れるな」
カイの目は真剣に、まっすぐレナを見つめている。
「……そうね」
レナはそのカイに折れるように、力なくそう言って小さく笑った。
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