アメイジング・ナイト ―王女と騎士の35日―

碧井夢夏

文字の大きさ
上 下
58 / 221

the 10th day  二日酔いには気を付けて

しおりを挟む
 シンは朝から周辺を軽く散歩した。昨日到着した伯爵領にある宿で、ロキはまだ眠っている。
 村の教会を出てから6時間ほど歩いてこの町に着くと、宿を取って久しぶりに2人で酒を飲んだ。シンはアルコールの弱い酒を2杯飲んでロキの話を聞くだけだったが、その日のロキには強い酒が必要だったらしい。今まで酔いつぶれることなどなかった同僚が、言葉を発せなくなるまで飲み続ける姿を見届ける羽目になってしまった。

 城を出て1日、今のところ自分たちを見張るものや不審な目で見る者はいない。ルリアーナはつくづく平和だなとシンは感心していた。

(これがブリステだったら、今頃何回か揉め事が起きていたかもしれない)

 ロキにとっては、その位気持ちが休まらずに済む方が余計なことを考えずに済んだかもしれなかったが、それでもシンは平和な国に来られたことに感謝していた。

 ルリアーナという国は、やはり争いの少ない「いい国」に見える。
 王女信仰を目の当たりにしても、その宗教が人々を洗脳したり不幸にしているようには全く見えなかった。のどかな田園風景や羊が放牧されている風景に、シンは何度も癒されている。
 滞在している小さな町を治める伯爵も、何かを企てていそうな気配は感じなかった。

(ここは、白だろうか……………)

 疑問だけが積み上がって行く。いつもこんな時は、ロキと話をしているだけで頭の中の散らかった情報がまとまるのだった。
 ふと鼻を刺激する心地よい香りにシンは意識を向けた。宿の方からパンの焼ける香ばしい香りが漂って来ていた。そろそろ朝食の時間だろうか。
 シンは、ロキを起こしに行くか、と宿に戻った。
[534222179/1608878253.jpg]
「頭が割れそう……………」
 シンが部屋に戻ると、ロキがロキらしからぬ顔で椅子に座っていた。ストレートの美しいプラチナブロンドが無造作に顔に掛かっている。

「美男が台無しだな」
 シンがそう言ってロキを眺めると、
「ホント、向いてない事するもんじゃないね」
 とロキは苦笑した。

「二日酔いだからって業務に支障を来すようなことは許さないからな」
 シンは仕事になると同僚にも厳しい。ロキはそんなシンに「ふん」と言って椅子に身体を預けた。
「分かってるよ。命かかってるのに、二日酔いで動けないとかありえないでしょ」
 ロキはそう言うと思い直したように席を立つ。
「シャワー浴びてお酒抜いてくる」
 そう言って部屋についている個室に消えた。


「やだ、あそこにいる人カッコよくない?」
「えーうそー………この辺の人じゃないよね?」
 2人に聞こえてくる女性の声に、シンは、
(ま、そーなるわな)
 と複雑な表情をしている。ルリアーナに着くまでの2人行動でも度々起きたことだが、ここ数日間体験していなかったので改めて日常が戻ってきたのだなと実感した。

「やだなあ、まだ失恋の痛みから立ち直ってないっていうのに、騒がれちゃってる気がするよ」
 ロキが女性の方に目もくれずにそう言うと、
「まあ、ロキが女の子に騒がれるのは今に始まったことじゃない……………けど……………さっきまであんなにボロボロだったのに、よくもまあ、そこまで普通に戻れるよな」
 とシンは感心をしつつも、忌々しいとでも言いたそうにロキを見る。

「嫉妬しないでよ? 言っておくけどあの人たちが俺に向かって言っているとは限らないんだから」
 ロキがいつも通りの口調で言う。
「いや、身の程は分かってる」
 シンはそう言って前を向いた。なるべく女性の方は見まい、とまっすぐ進む。

「ここの伯爵、最初に行った教会を設立した子孫らしいけど、ルリアーナ王室への信仰心に特別なにか深いものがあるってことは無いみたいだね」
 どこで仕入れた情報なのか、ロキが言った。
「そうなのか?」
 シンが驚いて尋ねると、
「どうやら、あの教会に対して特に何かしていることもないらしい。このあたりの人も、特別ルリアーナ王女への信仰はないんだって」
 ロキはサラリと答えた。いつの間に情報収集をしていたのだろうか、相変わらずロキの行動力と情報収集能力には驚かされる。

「へえ? 城が近いからかな。信仰の対象にするには身近すぎるとか」
 シンはロキの言葉に思ったことを口にする。

「まあ、身近ではないだろうけど……そもそも生きている人を信仰すること自体、宗教として珍しい気がするんだよね」
 ロキが言うと、シンも「ああ」と頷き、
「来る途中に思ったよ。あの教会が建国後50年くらい経って建てられたっていうのも、恐らく女王陛下が亡くなったからかなと。そう考えると、祀っているという意味では普通の教会なんじゃないかなって」
 と思うところを話した。

「だよねえ。生きている人を信仰するって、やっぱりピンと来ないんだよな――」
 ロキはそう言うと、またレナを思い出した。
「あの人さ、そんなに崇めたくなる感じじゃないと思う」
 何やら青春の香りのする顔で発言している。

「おい、突っ込んでいいのか? それ」
「いや、なんで。だってあの人、そんなに神々しくないでしょ。まあ、ちょっとは美人だし、可愛いとは思うけど」
 ロキの発言に、シンは憐みの目を向け、手を口に当て、何も言えなくなっている。

「えっ、なんでそんな可哀そうな人を見るような目?」
 ロキが怒ると、
「いや、もう……健気だね……」
 とシンはロキを見ながら、口元が綻んでしまうのを止めることができなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

あなたが残した世界で

天海月
恋愛
「ロザリア様、あなたは俺が生涯をかけてお守りすると誓いましょう」王女であるロザリアに、そう約束した初恋の騎士アーロンは、ある事件の後、彼女との誓いを破り突然その姿を消してしまう。 八年後、生贄に選ばれてしまったロザリアは、最期に彼に一目会いたいとアーロンを探し、彼と再会を果たすが・・・。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

処理中です...