アメイジング・ナイト ―王女と騎士の35日―

碧井夢夏

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the 9th day 小さな村にて

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「さて、この辺で昼食にしようか。目的地はもう少し奥だけど、この先は民家しかなさそうだ」
 私服姿のシンとロキは、山の中にある小さな村にいた。朝からかれこれ6時間以上も山道を歩いていた。

「城下町の近くに、こんなこじんまりした村があるんだな」
 2人は村の小さな食堂に入り、席に着くと店員に水を出して欲しいと伝える。

「で、なんでロキはそんなに元気がないんだ?」
 席に水が運ばれてきたので、シンは乾いた喉を潤しながらロキを気遣う。
「あー……うん。殿下に好きって言ってきた」
 ロキは頬杖をつきながら何気なく言ったが、シンは動揺して鼻と口から水が出た。

「何が起きた?」
 突然の告白の内容が理解できず、シンはわけが分からないでいる。顔は水浴びでもしたかのように濡れていた。

「いやー……なんだろうね。俺も良く分からないんだ。なんであんなこと言っちゃったんだろ」
 ロキは水の入ったグラスを見つめながらしんみりしている。

「まあ、もう、言ったものは仕方ないか……」
 シンは濡れた顔を拭きながら、なんとか理解を示そうとした。

「多分、夜の護衛中に無防備に来られたから、魔が差したんだろうな……理性が利かなかったんじゃない?」
 とロキは努めて明るく言ったが、
「そんな出来心みたいに言う内容じゃないだろ」
 とシンはロキを見て真剣に言った。

「そんなに落ち込んでるってことは後悔しているんだろうし、ロキがそこまで余裕ないのは久しぶりに見た」
 シンは、そう言うとゆっくりと言葉を選ぶようにロキに言う。

「あの人、そういえばロキに似てるよ。見た目と態度の可愛らしさとは別に、芯の部分はロキと似ている気がする。まあ、告白は無謀だったけど……同じ男だから気持ちは分かるかな。気持ちが相手に伝わってないっていうのは、結構くるものがあるし」
 優しい表情は崩さずに、シンは食堂のメニューを見てからロキにメニューを渡した。

「あの人がその辺にいる子だったら、抱きしめて、信じてもらえるまで側にいて、いっぱい甘やかして……彼女にしたのにな。それが出来ないから、追い詰められて・・言うしかなかったのかも」
 ロキはそう言うと、メニューを持ったまま店員に声を掛けて昼食のオーダーをした。

「シンも気に入ってたのに、なんかごめん」
 ロキは気まずそうにそう言って、相変わらず落ち込んだ様子だ。
「ん? なんでそこで俺? 別に謝られるようなことないだろ」
 シンはそう言うと、
「気を使いすぎなんだよな、ロキは」
 といつもの笑顔で笑った。

「だって、あの人シンのタイプのど真ん中って感じだったし、話している時のシン、すごく嬉しそうだったし。俺の本来のタイプじゃないからさ……」
 ロキは、レナの姿を思い出していた。

「背とか、実際すごい低かったよね。毎日ヒールで背伸びしてさ。あと、丸顔だから幼く見えて、メイクと髪型が普通だと見た目は10代半ばーって感じ。俺、もっとスレンダーでグラマーな背が高いお姉さんが好みだし」
 ロキはそう言うと、
「なんだろうね、好みとか関係なくなるの。忘れてたな、こういう感じ」
 と、思い出すように呟いて下を向いた。

「うわーなんか遅れてきた青春だなー。俺、もうそういうの卒業してるわ。眩しいな。……ま、任務は続くんだし、暫くは嫌でもあの人のことを考えなきゃいけないし。いっぱい悩んで自分なりの結論出せばいいんじゃないのか」
 シンはそう言うと、運ばれてきたチキンのグリルと野菜の載ったワンプレートランチを食べ始めた。

「あ。でも、魔が差して無理矢理殿下に何かしてたら、いくらロキでも許さなかったけどな」
 とシンは付け加えて笑いながらチキンに思い切りナイフとフォークをを立てた。
「そこは、業務中だったから大丈夫……」
 ロキは、レナを抱きしめるだけに踏みとどまった自分を、改めて心の中で褒めていた。


「さてと、そこが教会か」
 食事を終えた2人は村のはずれにある教会に向かった。民家と畑があり、鶏やウサギなど、家畜が放たれた平和そうなところだ。
 3階建ての建物くらいの高さのある美しい石造りの教会は、山の頂上にぽつんと建っていた。入口から入ると吹き抜けになっており、見事なステンドグラスが施してある。
 [534222179/1608618707.jpg]
「あれは、建国の英雄……」
 吹き抜けに、シンの声が響いた。
 ステンドグラスは、文字が読めない子どもや貧しい者に宗教の教えが分かるように、物語を模しているものが多い。教会のステンドグラスは、女王が民衆を従えて立ち上がり、鷹と共に人を導いた伝記になっていた。

「こんにちは、こちらは初めてですか?」
 神父が2人のところにやってきて、見慣れない旅行者に声を掛けた。

「ええ、今、ルリアーナの歴史的な場所を回っていまして」
 シンがそう言って挨拶をすると、
「こちらは女王の物語を記したステンドグラスでは、一番古いものですよ」
 と神父は言った。
「ルリアーナの建国って、戦争があったんですか?」
 ロキは旅行者らしい質問をぶつける。

「いえ、ルリアーナは建国の時にも人の血が流れることは無かったと言い伝えられています。あのステンドグラスに描かれた民衆は、無傷で導かれたことを伝えています。女王は、智を持って、国を統一したと言われています」
 神父はそう言って、「ごゆっくり」とその場を去っていった。

「ふーん…………」
 ロキはステンドグラスをじっと見つめて、ステンドグラスに描かれたレナの先祖の姿を目に焼き付けていた。

(伝説になっちゃう人の子孫なんだよなあ……。あの女王がいて、殿下に繋がってる……。手の届かない人とか、そういうレベルじゃないんだもんな……)

 建国の祖も、金髪の長い髪をした女性のようだった。
「ここの建物は、150年前に建ってるな。で、ルリアーナは建国して何年だ?」
「200年ちょっとだと思う」

 2人は建物の建てられた年を確認すると、「建国して50年ちょっとか」と小声で話し、次の目的地を目指した。教会のある山の頂上からは、半日前まで過ごしていたルリアーナ城を見下ろすことができた。
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