アメイジング・ナイト ―王女と騎士の35日―

碧井夢夏

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the 6th night ノブレス・オブリージュ

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「で、そこからは殿下も知る通り、自分の能力を活かして騎士団を立ち上げ、家業にして行った。残念ながら婆さんは殆ど俺を褒めずに他界したよ」

 カイが自分の身の上をひと通り話し終わると、目の前に座っているレナは涙を流していた。
「別に、同情されたいなんて思っていないからな」
 カイはレナの涙を見て自分が憐まれたのだと思った。が、
「カイのお父様とお母様、とても素敵ね…………」
 とレナが言ったので、カイは耳を疑った。

「いや、話、聞いてたか?俺は母親を今でも許せずにいるんだぞ?」
 思わず声が裏返る。レナはまさかの感動泣きだった。
「愛し合っていた証拠じゃないの……お父様も、最期までお母様を諦めなかったんだわ」
 そう言うと、『騎士物語』の続編は騎士様のルーツを話にするべきだわとまた泣いた。

「俺の人生を小説のネタ扱いしないでくれ。それにあの小説はあくまでも創作だ。印税は一切受け取っていない」
 とカイは呆れた。初めて時間をかけて過去の話をしてみると、そこまで自分は不幸な生い立ちでもない気がする。

「身分の差があって病気もされていたから、お母様は駆け落ちしてお父様と一緒になるしかなかったのね」
 レナはカイの母に感情移入したらしい。
「そう思うと、あなたの存在は奇跡だわ」
 レナはカイを見てそう言った。
「あの女の口癖を久しぶりに聞いた」
 とカイは返し、さあ今日はもう寝る時間だ、とレナを部屋に見送った。

 夜の護衛が交代の時間になると、ロキがやってきてカイに声をかけた。
「団長、交代です。さっき殿下は来ましたか?」
 ロキに聞かれて、隣の部屋まで人が話しているのが聞こえたのか、とカイは察した。

「ああ、少し話していた」
 とロキに答えて立ち上がり、場所を動くと、
「団長の過去を話したんですか?」
 と聞かれ、カイは驚いた。
「お前、聞いていたのか?」
 ロキはその辺のデリカシーを守るタイプだと思っていたため、盗み聞きなどするのかと意外だった。

「いや、先程殿下が言ってたので。団長の過去を聞いてみたいとか」
 ロキは慌てて弁解した。カイはなるほど、と思う。ロキはどうやら王女の相談相手にでもなっているのだろう。
「ああ、過去のことを自分でも振り返りながら話した。あまり他人に触れられたくない過去のつもりだったが、話してみると普通だったな」
 カイがそう言って部屋に戻っていくのを、ロキは満足気に見送っていた。


 レナは、その日のカイの話を、恐らく一生忘れないだろうと思う。
 趣味で外国の小説を読み漁って来たが、お気に入りの『騎士物語』よりもその実話は神秘的で美しかった。

(護衛向きの特殊な技を持っていたのね。もとの名前はカイ・リュウエン……なんて情緒のある響きなのかしら)

『騎士物語』を読んでから憧れだった騎士団長は、雇ってみると小説の主人公と全く印象が違っていた。
 まさか本当に金の亡者だったとは、小説は上手く事実を隠したものだ。
 彼の素は愛想が悪くぶっきらぼうだが、その分嘘がなく、安心して側におくことができる。
 町中を一緒に歩き、腕に触れ、初めてその体温を感じ、実在の主人公を堪能した。2年越しのファンなのだから、一緒に外出ができただけで舞い上がってしまうのは仕方ない、そう自分に言い聞かせている。

 レナは、生まれて初めて、物を買ってもらうという経験をした。

(気まぐれなのかもしれない。私が綺麗だと言ったから、護衛の契約を更新したし、そのお礼なのかもしれない)

 ガラス玉の決して高価ではないそれは、今まで身につけてきたどんな希少な宝石よりもレナの心を動かした。服の下に隠すように身につけていたものをそっと出し、レナはガラス玉のひやりとした感触を手で確かめる。

(あのお酒の瓶、私が口を付けたものを何の躊躇いもなく飲んでいたわね……)

 女性として意識されていないからできる行為なのだろう。そう思うと合点がいくことだらけだ。
 主従関係のもとに成り立つ自分とカイの間に、何を望むというのか。

 また同じように明日が来て、結婚相手を探すためのお見合いが始まる。

 ――そう、大いなる権力には責任と犠牲が伴うという、ホウ代表の言葉は疑う余地がない。
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