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the 6th night 不思議な現象

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 シンは2人が到着するであろう橋の近くで警戒していた。
 この日は、小さな花火が上がり、橋の上は知る人ぞ知る穴場だというのを城下町で出会った少女から聞いていたのだ。

 デートに花火とは祭りのようで良いなと、花火があるとは伝えずにコースの中に「橋の上」というポイントを作った。
 シンは上司であるカイのことを心の底から尊敬しているし、女性から人気があるのにも関わらず全く異性に興味を持たないことを日頃から残念に思っている。

 だから、王女とお忍びデートの企画が上がった時、一肌脱ごうと計画を立てた。
 あの王女とカイは見た目も似合いで性格も合いそうだった。静かな橋の上で花火を一緒に観れば、気分が盛り上がりそうだ。
 それなのに。
 あろうことか穴場と聞いていた橋には人が溢れていた。

(町の少女の情報だから、穴場と言ってもこの程度は混むのかもしれない。花火の音に紛れて何かされたらまずいぞ)

 1人で護衛に当たるには不利な状況に、シンは焦った。いくらカイが護衛として優秀だとしても、花火の音と人混みはあまりに取り合わせが悪い。

(橋に来たら、場所を移るように誘導しよう……)
 シンは2人の到着を、混み合った場所を掻き分けながら一生懸命探した。

 ロキは同じ頃、レナが行きたがっていたというバールの下見に来ていた。
 店はシンが足で稼いで1番護衛に向きそうなところを選んでいる。
 ルリアーナの城下町では、この時期の金曜日に小さな花火を上げて、鎮魂と繁栄を願う習慣があるらしい。
 年頃のカップルにとっては、特別なイベントになるのだそうだ。

(ここのバール自体は団長がいれば、そこまで神経質にならなくても良さそうだ)

 ナイトマーケットを見てから橋に立ち寄り、イベントが始まったら終わるまで橋にいるように、とカイには伝言してある。
 イベントの内容はあえて秘密にしていた。

 シンは、今回の任務はカイにとって今後の人生観にも関わる事態だと騒いでいた。ロキも、あの王女とカイが並ぶと、これ以上ないくらいの組み合わせだと思う。ただ、身分も違えば人として欠陥の多いカイに深入りをするのは、あの王女には酷ではないだろうかと心配していた。

 ロキにとってのカイは、恋愛に向いている人物だとはとても思えない。職場は戦場、仕事で人を殺めることもある。常に遠距離移動で、仕事のギャラを常に気にし、若い割に若者が好きな場所や趣味とは無縁に生きていた。
 一国の王女には、とても薦められたものではない。絶対王政の国で最高権力者になる王女と他国で小さな騎士団を営む子爵では、そもそも身分が違いすぎる。

 それでも、王女がカイに惹かれることには理解ができる。珍しい青みのかかった黒髪とグレーの瞳は美しい獣のようで、芸術品のような顔立ちだ。高い背丈に整ったスタイルと無駄のない彫刻のような肉体には非の打ち所がない。
 ロキも自分の外見にはずっと自信を持って生きてきたが、人生であれほど造形の美しい男性を見たことはなかった。

(バールでのデートか。団長が相手では、女性に対する気遣いひとつですら期待できないだろうな)

 それでも、王女にとっては非日常で楽しい時間に違いない。カイにとってもそんな時間になれば良いのに、とロキは思っていた。


 レナは、橋桁に座ったまま鎮魂と聞いて思い当たる1つの旋律を口ずさみ始めた。
 ルリアーナに伝わる鎮魂歌は、王女が来客時に披露することもある。
 ♪
 風は時 移りゆく 流れの中 
 雨を恋う 零れゆく 流れのまま
 いつの日か 夢を抱き あなたを想う
 空は澄み 川は行く 心のまま
 いつの日か 夢を追い あなたを悼む

 小さな声は透き通って響き、どこか懐かしいメロディにカイは耳を傾けた。

「皮肉なことに、お客様にしか歌ったことがなかったわ。本当は、こういう場で歌うものなんでしょうね」
 歌い終わるとレナはそう言って立ち上がり、上に向かって伸びをする。
「今日は、不思議な1日ね。自分の過去に向き合ったり、新しいことがあったり」
 そう言った時、レナの頭の上で大きな音と何かが弾ける音、強烈な光が放たれる。

「何――?」
 頭上に、キラキラと光るそれは、暗い夜空を明るく照らした。

「花火があるんだな」
 その弾ける光を、カイは懐かしそうに見上げている。
「花火って近くでみるとこんな感じなの?」
 音が大きく、レナは大声でカイに尋ねた。

 花火の音は、大きくドンと弾ける時と、パラパラと小さな音がするときがあるようだ。

「昔、ブリステの地方に行って父さんに見せてもらったことがある。父さんの故郷では、花火を鎮魂の季節に楽しむんだと」
 そう言ったカイが見たこともない顔をして花火を見ている。

(優しい顔……)
 2人は、暫く花火を無言で見ていた。

「さぁ、行くか。誰かが行きたがっていたバールまで」
 花火はすぐに終わってしまった。カイは立ち上がって服をはたくと歩き出した。レナは、慌てて後を追い、
「待って、カイル。はぐれたらどうするの?」
 と腕にしがみつき、恐る恐るカイを見上げた。
 先程までは迷惑そうな顔をしていたカイが、少し穏やかな顔をしているように見える。

(さっきの花火が、カイには大切な思い出の詰まったものだったのかしら)

「好きにしたらいい」
 カイはそう言ってバールに向かった。

 花火が終わってもシンの待機していた橋に2人は現れなかった。
 シンはいよいよ心配になり、ナイトマーケットまで戻って人混みに2人の姿を探す。

(特に騒ぎも起きていないし、団長がついているから大丈夫なはずだ)

 シンはナイトマーケット中を探し回ったが、2人の姿が見つからないことに焦り、バールの近くに待機しているロキのところまで行こうと決めた。
 人の流れに逆らって走る若者の姿に、何があったのかと多くの通行人が注目していた。

「ロキ!」

 プラチナブロンドの髪を持つ涼しい顔をした同僚の姿が見えると、シンは息を切らして駆け寄った。
「団長と、殿下が……」
 汗をかいて随分急いだ様子のシンにロキは驚いて
「どうした?」
 と深刻そうな様子を気遣う。

「いなくなった……」
 シンが咳き込みながら言うので、ロキは、
「いや、店に入って行ったところだから、そこにいる」
 と声をかける。
「えっ、店に……?」
 シンは息を整えながらロキの言葉に驚いていた。

「ああ、腕まで組んで、演技も様になってるなーと思って見てたら、俺に気付いて慌てて離れてたよ」
 ロキの報告にシンは吹き出し、
「何だよ、違うルートで本当にデートしてたのか」
 と笑った。
「そうなんだよ、あの2人」
 ロキもそう言って笑った。
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