アメイジング・ナイト ―王女と騎士の35日―

碧井夢夏

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the 6th night お忍びデート大作戦

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 いよいよその時が来ると、カイは妙に気恥ずかしくなってレナの部屋を訪れるのを躊躇った。
「殿下、準備はいかがですか?」
 扉を叩いて尋ねると、
「大丈夫よ」
 と声がした。カイが扉を開けると、髪を後ろで三つ編みおさげにした、ピンクベージュ色の綿ワンピース姿のレナがいた。

 町娘としてはどこか無理をしているように見えるが、レナは庶民に扮した自分の姿を喜んでいた。
「今日は、お互い何と呼び合えば?」
 レナはいつになく楽しそうだ。
「俺は平民のカイルってことでお願いします。殿下は……」
「平民のルナよ。呼び捨てにして。敬語も禁止ね」
 レナはそう言うと、早く行きましょう、とカイを促した。

「ルナ、人混みに紛れてはぐれるなよ」
 カイ改めカイルはナイトマーケットに目移りする平民姿の王女に注意した。
「じゃあ、カイルに掴まっていれば良いわね」
 そう言ってカイの腕にしがみつく。突然腕に抱きつかれたカイは王女の行動に動揺した。

「ねぇ、あの綺麗なのは何かしら?」
 レナに引かれて行くと、そこはガラス玉のアクセサリー販売の屋台だった。
「いらっしゃい、彼女、このガラス玉、いいだろ?」
 店主はレナにペンダントを見本で渡す。

「若いアーティストの作品で、とても質がいいんだ。ほら、水槽のようだろう?」
 渡されたガラス玉は透き通った水を閉じ込めたような作品で、角度を変えてみると透明に見えたり、海の中から水面をみているように見えたりと、細工に精密な技巧が見られた。

「本当ね、とても、素敵」
 レナは思わず見とれてガラス玉を見入っていた。
「彼女、気に入ったのかい?隣は彼氏?それとも旦那?」
 店主に聞かれて、
「え、えっと……」
 とレナは何も言い出せずにいた。カイに至っては無の境地にいる。どうやら何も言う気がないようだ。

「野暮なこと聞いて悪かったね、初々しいお2人さん。腕を組んでたのが見えたから」
 店主に言われて、レナは顔から火が出そうなほど赤くなっている。
「ルナ、それが気になるのか?」
 カイは話題を避けようとレナに話を振った。
「え、ええ。でも今は手持ちが無いから」
 レナはそう言って持っていたガラス玉のペンダントを置いた。すると、
「これをもらおう」
 とカイはお金を出し、ペンダントを買った。

「毎度、さすが彼氏だね」
 店主に冷やかされながらカイは商品を受け取ると、レナにペンダントを渡した。

「あ、あの、カイル……このお金は……」
 突然のことに遠慮がちなレナに、
「気にしないで受け取っておけ。あと、はぐれると面倒だからな、適当に掴まっていろ」
 そう言ってカイは横を向いたまま腕を少し開いた。

「ふふ、ありがとう、カイル」
 レナはペンダントを首から下げて、カイの腕にしがみ付いた。

(周りから見たらデートそのものね)
 レナは自然に顔を緩ませて、その状況に浸っていた。


 暫くナイトマーケットの大道芸や出店を見て回り、シンに薦められた「橋の上」というポイントに辿り着いた。
「シンによれば、ここに暫くいると良い、と」
 ナイトマーケットの喧騒を抜け、すっかり静かな小川に架かる橋の上に来ると、腕を組んだままになっている2人は周囲を見渡し、誰もいない橋の上で気まずそうに少し離れた。

「さっきまで人が多くて少し疲れたから、小川のせせらぎが聞こえる静かなところに来ると安心するわね」
 レナはそう言って小川に映る街の明かりをぼんやりと眺める。ふと、首から下がっているペンダントを掌で確認すると、自然に微笑んだ。

「あの2人には、なんて言われて送り出されたの?」
 レナはカイの部下2人がデート慣れしているらしいことを思い出し、カイはさぞ揶揄われたのだろうなと思った。
「殿下に優しくしろと、散々言われた」
 カイは橋桁に腰掛けて小川に向かって呟くように言う。

「俺は、女性に優しくないんだそうだ。まあ、自分が優しいタイプでないことは充分に分かっているつもりだが」
 レナはカイの隣に座り、
「人に言われたからと、無理して優しく接しようとするのなら、やめてね」
 と少し責めるように言った。

「あなたは、素のままで充分素敵よ」
 腕を組んで歩いたことが精一杯優しくするための気遣いだったら悲しい、とレナは思った。

「買いかぶりすぎだな。俺はただの護衛で異国人の下級貴族だ」
 カイはそう言って座ったまま小石を小川に投げる。水面を石が跳ねていった。
 レナは、こんな時にかける言葉を持っていない。暫く言葉を発せずにいると、小川に何か浮かんでいるのが見える。

「何かが、流れてくる……」
 よく見ると、木や草など、植物で作られた小舟に、草花が乗った造作物が、次々に上流から下流に流れていく。

「可愛い。何かしら、これ」
 無邪気に喜ぶレナに、カイは、
「鎮魂の儀式で、上流から流されたものだろう。昔、遺体を流した儀式に由来される死者を弔うものの一種だ」
 と淡々と説明した。

「ルリアーナの儀式なのに、あなたも知っているの?」
 レナが驚いて尋ねると、
「幾つかの国で戦争を経験すれば、こういった文化がどこの国にもあることが分かる。
 例えば、俺は子どもの頃に両親を亡くしているから、この手の儀式に参加することもあった。故郷では、火をつけた蝋燭を川に流していたな」
 と、カイは何かを思い出しながら言った。流れてくる小舟は、下流に向かって通り過ぎていく。

「そうだったの。鎮魂か……私は、両親の命日すらよく知らないのよね」
 そう言ったレナの言葉にカイは耳を疑った。

「王家の葬いは国家で行うものではないのか?」
 ロキの調べた文献が頭をよぎる。消された王族の記録の数々から、何かが裏で行われていることは間違いなさそうだ。

 レナは、小舟に乗った小さな野花を見つめながら、
「あなたも、そろそろ気付いてきていると思うけど……私の親は存在しなかった方が都合が良かったみたいね。一部の教会にとって」
 と、独り言のように言った。

 橋の下を通り過ぎようとした小舟のひとつが、流れにのまれて一隻沈んでいく。紫色の草花が、流れの中に消えていった。
「鎮魂というものが存在するなら、弔われなかった魂は今頃どこでどうしているのかしら」
 レナの唇が明かりを反射して妖しく輝いた……ように見えた。
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