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the 2nd day 王女と食事を
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「あの、ハウザー様、お食事のお時間なのですが、本日よろしければレナ様とご一緒にいかがでしょうか?」
侍女のサーヤがカイの部屋を訪ねたのは、それから1時間ほど経ってからのことだった。
若い侍女は、初めて近くで見るカイに並々ならぬ熱い視線を送っている。
(近くで見ると、背も高くて本当に素敵)
涼しげなグレーのかかった瞳に、よく見ると青みがかった黒髪を持つ騎士は、先ほど会った時とは違う軽装に着替えてトレーニング終えたところだった。
背が高く鼻筋が通った顔の印象のせいか、普段は実際よりも細く見えているのだと分かった。
腕も決して細くなければ、色気のある首筋にも鍛えられた筋肉がしっかりとついている。
年頃の侍女にとっては刺激が強く、見ているだけで目眩がしそうだった。
「この国は、王女と護衛が同じテーブルにつく文化なのか?」
少し不機嫌そうなカイは、先程の部屋でレナと同じテーブルに座ってお茶を飲む羽目になったことを今でも気にしているようだ。
「レナ様だからです。この国の王女は身分の分け隔てなく、その場にいる者が温かい気持ちになることを優先して行動されますから」
サーヤはレナを思わず庇う。この侍女は常に王女の味方だった。
「分け隔てない、か。こちらとしては分け隔てのある関係に戻らせて貰いたいものだな」
そう言うと、カイは食事の場所を尋ねる。気は進まなさそうにしているが、郷に入ってはなんとやらの心得はあるようだった。
「先程のお部屋から、レナ様の部屋に繋がっておりますので、どうぞ」
サーヤに声を掛けられたので、カイは、
「ああ、それでは支度が出来たらすぐに向かう」
と返答した。
カイは身支度を終えると、サーヤの言っていた扉から隣の部屋に入る。先ほどレナと同席した丸テーブルのあった部屋だ。サーヤはその部屋の奥にある扉の前で待っていた。どうやら、レナのいる部屋に直接つながっているらしい。
(護衛には都合の良い造りだが、ここに信用の置けない人間を置くようなことがあれば危険極まりないな)
カイは自分の部屋が王女の部屋と繋がっている事実に驚き、まだ滞在1日目の自分がここまで信用されていることに戸惑った。
「失礼いたします」
カイが部屋に入ると、大きなテーブルにレナの姿はない。
ふと見ると、ベランダに立って外を見ているレナの後ろ姿が見えた。
カイの気配に気づき、振り返ると、
「また同じテーブルに座るのは、不本意かしらね。」
と言いながら部屋に入ってくる。
「不本意と知りながら、どうしてこの席を設けたのか分からないが……」
カイは観念してテーブルの末席に座った。同じテーブルについても身分の差をはっきりさせたいという意思を示している。
その様子を横目で意識しながら、サーヤは食事の準備を始める。
文句を言いながらも、断らずにこちらの提案を受けてくれた騎士に、また好感を持ったようだ。
その日の昼食はルリアーナ特産の食材が使われた軽いコースメニューで、どれもカイが口にしたことのないものばかりだった。
なるほど、豊かな国は食も豊からしい。毎日こんな食事ができるなら、この仕事はなかなか良い条件かもしれないとカイは素直に感動していた。
「護衛という仕事が多いせいか、こういった料理にはあまり縁がなく生きてきているが、ルリアーナは食が豊かなんだな」
野菜の素材を生かした料理の数々にカイが感心しているのを、レナはふふっと笑いながら、
「そうなのよ。ルリアーナは戦争がないから、世界中から亡命した料理人が集まるの。そんなこともあって独自の食文化が発展したって言われているわね」
と説明した。憧れの騎士団長が食事に感動している姿は意外だ。
「お酒もあるから、もし良ければ」
レナの集めた情報によると、カイは割と酒豪のはずだ。この日、折角だからと特産の果実酒や麦酒を用意していた。
「王女殿下の前で飲酒なんてもっての外だ。仕事とプライベートは分けるので遠慮する」
同じテーブルにこそ座ってくれたものの、カイは頑なだった。下座にレナとは正面にならない位置で座り、あくまでも自分の身分が下なのだと態度で主張する。本来ならば好きである麦酒すら全く口にしようとしなかった。
「随分とお堅い態度で来るのね。まぁ、この後から早速護衛の仕事をお願いしようと思っていたから今回は諦めるけれど、滞在中に一度は特産の果実酒を飲んで欲しいわ」
と、レナは少し口を尖らせた。
「未成年者に酒を勧められるとは心外だ」
カイの出身国であるブリステ公国は18歳が成人だが、ここルリアーナ王国は20歳が成人年齢である。レナがお酒を知っているとしたら、国として問題だろう。
「お酒は税が高いのよ。国外のお客様には沢山飲んで行っていただかないと」
レナは言い放った。まさかの税金責めだ。
「それはそれは、金づる扱いされていたなんて気付かなかった」
カイはそう言うと、
「支払った報酬が戻ってくる方法をご存知とは、いい性格をした王女様だ」
と意地悪く片方だけの口角を上げている。そんな表情すら絵になってしまうとは、この男はどうなっているのだと、レナは少し悔しくなった。
「そんなんじゃないわ。そう言えばあなたには響くかなと思ったのよ。城の食事でお金を取るつもりもないし・・ここにいるのはお金にシビアな騎士団長様でしょう」
思わず本音が嫌味として出てしまっていた。
「そこまで俺を知っているなら敢えて言おう。酒を飲む金は無駄金ではないが、業務時間内に酒を飲ませるのはそちらの支払う報酬の無駄金化になる。俺がいくら酒に強くても、飲めば判断力は低下するからな」
カイはそう言うと食後のコーヒーを侍女に頼んだ。
レナはカイの主張に納得しつつも、何となく残念な気持ちが消えない。この目の前にいる隙のない男が、お酒の力で少し砕けて顔でも赤くしたら、人間味に溢れるのではないかと思っていたのだ。
「ご馳走様。ここの食事は良かった。さて王女殿下、午後からの護衛とは初耳だ。今から始めようか?」
カイはコーヒーが来る前に席から立ち上がって帯剣した。食後くらいゆっくりすればいいのに、と着席を勧めるレナに、
「座ったままでは初動が遅れる」
と呆れたように言い放った。
侍女のサーヤがカイの部屋を訪ねたのは、それから1時間ほど経ってからのことだった。
若い侍女は、初めて近くで見るカイに並々ならぬ熱い視線を送っている。
(近くで見ると、背も高くて本当に素敵)
涼しげなグレーのかかった瞳に、よく見ると青みがかった黒髪を持つ騎士は、先ほど会った時とは違う軽装に着替えてトレーニング終えたところだった。
背が高く鼻筋が通った顔の印象のせいか、普段は実際よりも細く見えているのだと分かった。
腕も決して細くなければ、色気のある首筋にも鍛えられた筋肉がしっかりとついている。
年頃の侍女にとっては刺激が強く、見ているだけで目眩がしそうだった。
「この国は、王女と護衛が同じテーブルにつく文化なのか?」
少し不機嫌そうなカイは、先程の部屋でレナと同じテーブルに座ってお茶を飲む羽目になったことを今でも気にしているようだ。
「レナ様だからです。この国の王女は身分の分け隔てなく、その場にいる者が温かい気持ちになることを優先して行動されますから」
サーヤはレナを思わず庇う。この侍女は常に王女の味方だった。
「分け隔てない、か。こちらとしては分け隔てのある関係に戻らせて貰いたいものだな」
そう言うと、カイは食事の場所を尋ねる。気は進まなさそうにしているが、郷に入ってはなんとやらの心得はあるようだった。
「先程のお部屋から、レナ様の部屋に繋がっておりますので、どうぞ」
サーヤに声を掛けられたので、カイは、
「ああ、それでは支度が出来たらすぐに向かう」
と返答した。
カイは身支度を終えると、サーヤの言っていた扉から隣の部屋に入る。先ほどレナと同席した丸テーブルのあった部屋だ。サーヤはその部屋の奥にある扉の前で待っていた。どうやら、レナのいる部屋に直接つながっているらしい。
(護衛には都合の良い造りだが、ここに信用の置けない人間を置くようなことがあれば危険極まりないな)
カイは自分の部屋が王女の部屋と繋がっている事実に驚き、まだ滞在1日目の自分がここまで信用されていることに戸惑った。
「失礼いたします」
カイが部屋に入ると、大きなテーブルにレナの姿はない。
ふと見ると、ベランダに立って外を見ているレナの後ろ姿が見えた。
カイの気配に気づき、振り返ると、
「また同じテーブルに座るのは、不本意かしらね。」
と言いながら部屋に入ってくる。
「不本意と知りながら、どうしてこの席を設けたのか分からないが……」
カイは観念してテーブルの末席に座った。同じテーブルについても身分の差をはっきりさせたいという意思を示している。
その様子を横目で意識しながら、サーヤは食事の準備を始める。
文句を言いながらも、断らずにこちらの提案を受けてくれた騎士に、また好感を持ったようだ。
その日の昼食はルリアーナ特産の食材が使われた軽いコースメニューで、どれもカイが口にしたことのないものばかりだった。
なるほど、豊かな国は食も豊からしい。毎日こんな食事ができるなら、この仕事はなかなか良い条件かもしれないとカイは素直に感動していた。
「護衛という仕事が多いせいか、こういった料理にはあまり縁がなく生きてきているが、ルリアーナは食が豊かなんだな」
野菜の素材を生かした料理の数々にカイが感心しているのを、レナはふふっと笑いながら、
「そうなのよ。ルリアーナは戦争がないから、世界中から亡命した料理人が集まるの。そんなこともあって独自の食文化が発展したって言われているわね」
と説明した。憧れの騎士団長が食事に感動している姿は意外だ。
「お酒もあるから、もし良ければ」
レナの集めた情報によると、カイは割と酒豪のはずだ。この日、折角だからと特産の果実酒や麦酒を用意していた。
「王女殿下の前で飲酒なんてもっての外だ。仕事とプライベートは分けるので遠慮する」
同じテーブルにこそ座ってくれたものの、カイは頑なだった。下座にレナとは正面にならない位置で座り、あくまでも自分の身分が下なのだと態度で主張する。本来ならば好きである麦酒すら全く口にしようとしなかった。
「随分とお堅い態度で来るのね。まぁ、この後から早速護衛の仕事をお願いしようと思っていたから今回は諦めるけれど、滞在中に一度は特産の果実酒を飲んで欲しいわ」
と、レナは少し口を尖らせた。
「未成年者に酒を勧められるとは心外だ」
カイの出身国であるブリステ公国は18歳が成人だが、ここルリアーナ王国は20歳が成人年齢である。レナがお酒を知っているとしたら、国として問題だろう。
「お酒は税が高いのよ。国外のお客様には沢山飲んで行っていただかないと」
レナは言い放った。まさかの税金責めだ。
「それはそれは、金づる扱いされていたなんて気付かなかった」
カイはそう言うと、
「支払った報酬が戻ってくる方法をご存知とは、いい性格をした王女様だ」
と意地悪く片方だけの口角を上げている。そんな表情すら絵になってしまうとは、この男はどうなっているのだと、レナは少し悔しくなった。
「そんなんじゃないわ。そう言えばあなたには響くかなと思ったのよ。城の食事でお金を取るつもりもないし・・ここにいるのはお金にシビアな騎士団長様でしょう」
思わず本音が嫌味として出てしまっていた。
「そこまで俺を知っているなら敢えて言おう。酒を飲む金は無駄金ではないが、業務時間内に酒を飲ませるのはそちらの支払う報酬の無駄金化になる。俺がいくら酒に強くても、飲めば判断力は低下するからな」
カイはそう言うと食後のコーヒーを侍女に頼んだ。
レナはカイの主張に納得しつつも、何となく残念な気持ちが消えない。この目の前にいる隙のない男が、お酒の力で少し砕けて顔でも赤くしたら、人間味に溢れるのではないかと思っていたのだ。
「ご馳走様。ここの食事は良かった。さて王女殿下、午後からの護衛とは初耳だ。今から始めようか?」
カイはコーヒーが来る前に席から立ち上がって帯剣した。食後くらいゆっくりすればいいのに、と着席を勧めるレナに、
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