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the 2nd day 同席
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カイ・ハウザーは今回の雇い主が19歳の若い女性だということが不満だった。きっと我儘な権力者なのだろうと最初から疑い、雇い主について大した期待も持っていなかった。
だから、レナから席に着けと命じられた時、不満を表するために溜息か舌打ちでもしてやろうかとレナを見据えた。契約が切られても、また新しい仕事を探せばいい。この仕事ほどの稼ぎは期待できなかったが。
ところが、すぐにレナの肩が緊張で震えているのに気がついた。言葉は王女らしいそれなのに、なぜ彼女は震えているのか。そこまでして、席に着かせたい理由があるのだろう。
少し冷静になった。渋々だったが、席に着く。
まだ、この雇い主には何かありそうだ。
自分の前にレナが座ると、完全に目線が下になった。19歳の王女は第一印象に比べて随分小柄だ。
少し幼く見えるが、長い睫毛に程よく膨らんだ唇が年相応に艶やかにレナの顔を明るく見せている。毎日見合いの予定だと聞いているが、これが男受けの良い顔だというのは女性に興味のないカイにも分かった。
なるほど、場を弁えない護衛であれば恋心でも抱いてしまうのだろうな、と思う。
ただ、見合いの護衛などについて、わざわざ詳しく説明されるのは迷惑だった。
「ここまでして、私を席に着かせたい理由から教えていただきたいのですが」
カイが少しうんざりしながら尋ねる。明らかに無礼な態度だったが、席に着いている時点で既に無礼である。気が大きくなり、無礼ついでだと開き直っていた。
「そうね、まず、あなたも2人の時は敬語など使わずに対等に話して欲しいの」
申し訳なさそうにそう言ったレナの言葉に、カイは一瞬固まった。
「いや……それは騎士を何か別の職業と間違われているのでしょう」
控えめに言って頭がおかしいのでは、と思わず言いそうになり、抑えてやっと出た言葉だった。
騎士とは、主人に忠誠を誓う、言わば忠実な僕。主人の盾であり、剣。対等など、もってのほかだ。
今回は王女というよりお金に仕えたと思って割り切ろうなどという考えが過ぎってはいたが、それとこれとは別である。
「私が騎士であり、あなたに雇われる身である以上、そのような行為、全く意味が分かりません」
ハッキリ伝えると、お互い譲れずに間があいてしまった。
どちらも黙って口を開けずにいたところに、扉をノックする音がする。
「レナ様、お茶が入りました」
カイが入って来た扉ではない扉がもうひとつ部屋にはあり、誰かがお茶を持ってノックしているらしい。
なるほど、この部屋は2つ入口があり、1つはカイに用意された部屋から直接入ることができる扉、もう一つは王女の関係者が使える部屋にでも繋がっているようだ。
「どうぞ、入って」
レナが答えると侍女がお茶を持って入ってきた。なかなか痺れるタイミングでの登場である。カイは侍女が部屋を出るまでは言葉を発すまいと待っていた。
2人の前に温かい紅茶が運ばれると、侍女は礼をしてまた扉の向こうに消えた。
「この紅茶は、ルリアーナでブレンドした、特別なお茶なの。もしお嫌いでなければ……」
レナは一旦お茶を勧めることにしたようだ。カイは不本意だったが紅茶をひと口飲んで気持ちを落ち着けることにした。ふわりと、紅茶から花のような香りがする。
「で?そこまで対等にこだわられる理由をお聞かせいただけるのですか。」
紅茶からは優しい香りがしたのに、少し意地の悪い聞き方になってしまった。
「そうね、友人として話をしたいからだと言ったら、納得していただける?」
「無理です」
カイは即答した。主従関係で勘弁してほしい。王女であるあなたと友人になんてなれるわけがない、分かっていただけないだろうかと落ち着かない様子だ。
「あなたの、産まれを知ってずっと会いたかったの」
レナは真っ直ぐカイを見て言った。
「あなたも、親を亡くして自分に科せられた使命を背負って生きてきたのでしょう?友人のできにくい環境で、頼れる者も少ない中から、今の地位を築いた」
レナは、少し伏し目がちに続けた。
「私の両親が亡くなったのは・・私が7歳の時。当時、王位継承権のある身内は私だけだった。遠縁の親戚を頼ろうとしたけれど、関心がないと断られてしまったわ。私は本当に1人だった。必死に勉強して、今では優秀な人材のおかげで国のことも私がある程度決められるようになったけど、伴侶がいなければまた王位継承者が途絶えてしまう・・。この分野の相談相手がどこにもいなくて、困っているのよ」
どうやら本当の話らしいな、というのは分かる。レナは真剣だった。
「自分の人生に向き合うのに、吐き出せる環境がないから息詰まってしまって。あなたは、きっと人を見る目もあるし、私の気持ちも少しは分かってくれるかもなんて、思うのだけど」
なるほど、自分との共通点を見ていたのか、とカイは少し落ち着いた。
「ただの護衛に過剰な期待をしないで下さい。私――ああ、敬語は使わないってことなら・・お望みどおり、今ここで普段の自分らしい口調にしてみるが。言っておくが俺は感じの悪い無礼な男だと有名だからな」
とうとう溜息混じりに普段の口調に切り替える。
「ありがとう、ハウザー団長。あなたはぶっきらぼうな言い方の方が優しそうね」
嬉しそうに笑うレナは、花のような笑顔を浮かべた。
この紅茶は、この王女のために作られたのかもしれない、カイは何故かそんな気がしていた。
だから、レナから席に着けと命じられた時、不満を表するために溜息か舌打ちでもしてやろうかとレナを見据えた。契約が切られても、また新しい仕事を探せばいい。この仕事ほどの稼ぎは期待できなかったが。
ところが、すぐにレナの肩が緊張で震えているのに気がついた。言葉は王女らしいそれなのに、なぜ彼女は震えているのか。そこまでして、席に着かせたい理由があるのだろう。
少し冷静になった。渋々だったが、席に着く。
まだ、この雇い主には何かありそうだ。
自分の前にレナが座ると、完全に目線が下になった。19歳の王女は第一印象に比べて随分小柄だ。
少し幼く見えるが、長い睫毛に程よく膨らんだ唇が年相応に艶やかにレナの顔を明るく見せている。毎日見合いの予定だと聞いているが、これが男受けの良い顔だというのは女性に興味のないカイにも分かった。
なるほど、場を弁えない護衛であれば恋心でも抱いてしまうのだろうな、と思う。
ただ、見合いの護衛などについて、わざわざ詳しく説明されるのは迷惑だった。
「ここまでして、私を席に着かせたい理由から教えていただきたいのですが」
カイが少しうんざりしながら尋ねる。明らかに無礼な態度だったが、席に着いている時点で既に無礼である。気が大きくなり、無礼ついでだと開き直っていた。
「そうね、まず、あなたも2人の時は敬語など使わずに対等に話して欲しいの」
申し訳なさそうにそう言ったレナの言葉に、カイは一瞬固まった。
「いや……それは騎士を何か別の職業と間違われているのでしょう」
控えめに言って頭がおかしいのでは、と思わず言いそうになり、抑えてやっと出た言葉だった。
騎士とは、主人に忠誠を誓う、言わば忠実な僕。主人の盾であり、剣。対等など、もってのほかだ。
今回は王女というよりお金に仕えたと思って割り切ろうなどという考えが過ぎってはいたが、それとこれとは別である。
「私が騎士であり、あなたに雇われる身である以上、そのような行為、全く意味が分かりません」
ハッキリ伝えると、お互い譲れずに間があいてしまった。
どちらも黙って口を開けずにいたところに、扉をノックする音がする。
「レナ様、お茶が入りました」
カイが入って来た扉ではない扉がもうひとつ部屋にはあり、誰かがお茶を持ってノックしているらしい。
なるほど、この部屋は2つ入口があり、1つはカイに用意された部屋から直接入ることができる扉、もう一つは王女の関係者が使える部屋にでも繋がっているようだ。
「どうぞ、入って」
レナが答えると侍女がお茶を持って入ってきた。なかなか痺れるタイミングでの登場である。カイは侍女が部屋を出るまでは言葉を発すまいと待っていた。
2人の前に温かい紅茶が運ばれると、侍女は礼をしてまた扉の向こうに消えた。
「この紅茶は、ルリアーナでブレンドした、特別なお茶なの。もしお嫌いでなければ……」
レナは一旦お茶を勧めることにしたようだ。カイは不本意だったが紅茶をひと口飲んで気持ちを落ち着けることにした。ふわりと、紅茶から花のような香りがする。
「で?そこまで対等にこだわられる理由をお聞かせいただけるのですか。」
紅茶からは優しい香りがしたのに、少し意地の悪い聞き方になってしまった。
「そうね、友人として話をしたいからだと言ったら、納得していただける?」
「無理です」
カイは即答した。主従関係で勘弁してほしい。王女であるあなたと友人になんてなれるわけがない、分かっていただけないだろうかと落ち着かない様子だ。
「あなたの、産まれを知ってずっと会いたかったの」
レナは真っ直ぐカイを見て言った。
「あなたも、親を亡くして自分に科せられた使命を背負って生きてきたのでしょう?友人のできにくい環境で、頼れる者も少ない中から、今の地位を築いた」
レナは、少し伏し目がちに続けた。
「私の両親が亡くなったのは・・私が7歳の時。当時、王位継承権のある身内は私だけだった。遠縁の親戚を頼ろうとしたけれど、関心がないと断られてしまったわ。私は本当に1人だった。必死に勉強して、今では優秀な人材のおかげで国のことも私がある程度決められるようになったけど、伴侶がいなければまた王位継承者が途絶えてしまう・・。この分野の相談相手がどこにもいなくて、困っているのよ」
どうやら本当の話らしいな、というのは分かる。レナは真剣だった。
「自分の人生に向き合うのに、吐き出せる環境がないから息詰まってしまって。あなたは、きっと人を見る目もあるし、私の気持ちも少しは分かってくれるかもなんて、思うのだけど」
なるほど、自分との共通点を見ていたのか、とカイは少し落ち着いた。
「ただの護衛に過剰な期待をしないで下さい。私――ああ、敬語は使わないってことなら・・お望みどおり、今ここで普段の自分らしい口調にしてみるが。言っておくが俺は感じの悪い無礼な男だと有名だからな」
とうとう溜息混じりに普段の口調に切り替える。
「ありがとう、ハウザー団長。あなたはぶっきらぼうな言い方の方が優しそうね」
嬉しそうに笑うレナは、花のような笑顔を浮かべた。
この紅茶は、この王女のために作られたのかもしれない、カイは何故かそんな気がしていた。
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