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水沼メイの意外な素顔
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晴れた空、ビルの合間に設けられたテラス席で大雅は目の前の女性に戸惑っていた。
「まさか永禮くんがうちの会社に来るなんて、何があるか分かりませんね!」
生き生きと語る水沼メイは、会議室で見た控えめな印象がすっかり覆っている。
「僕、アイドル時代もモデル時代も大して売れていなかったのに、よくご存知でしたね?」
「だって、事務所が弱小なだけで本来ビッグスターになれるポテンシャルじゃないですか! 熱狂的なファンが永禮くんの扱いを巡っていつも問題を起こしちゃうし……ファンじゃなくてもアイドル好きとしては一目置いてましたよぉ」
「はは……でも、そのせいで解雇されちゃったんですけど」
「わぁ、なんで引退したのかと思ったら! 私、永禮くんは大手に移籍した方がいいと思っていたんです」
「まぁ、今は小さな探偵事務所の助手なんで……」
「勿体なぁーい! 世界の損失です!」
ーーなんだコレ?! この人、こんな饒舌なのか?!
ポケットに入れた携帯電話を通し、恭祐もこの話を聞いている。恐らくこの展開は予想できていなかっただろう。
打ち合わせの時に大雅を盗み見ていたのは、よく知った芸能人が目の前に座って興奮していたというわけか。
大雅がランチに誘った時の水沼の喜びようは、魅了された女性とは反応が違っていた。
まさか、アイドル時代を知っていたからだったとは想像もしていなかった。
果たしてこれは、都合がいいのか悪いのか。大雅は状況を測りかねている。
「でも、どうして探偵事務所なんですか? 犬山さんに呼ばれていた桂っていうのが本名ですか?」
「えーと……あの人は僕の兄っていうか?」
「わぁ。すごい。流石、遺伝子は裏切りませんね。犬山さんも一般人にしてはカッコいいなと思いましたよ。まぁ、一般人にしては、ですけど。永禮くんはもう次元が……あ、もしかして本名は犬山桂さん? そっかぁ、永禮大雅が芸名かあ。そちらの方がカッコ良くてお似合いですね」
ーー本名それなんだけど。犬山桂はちょっと無いでしょ。
大雅はつい苦笑した。
それにしても、アイドルが好きな水沼からしても恭祐は見目の良い部類らしい。兄弟設定も案外使えそうだ。
「水沼さんが兄をかっこいいと言ってくれたと知ったら、喜ぶと思いますよ。なにしろ、兄は男にばかりモテる人で」
電話の向こうで舌打ちでもしていそうだなと思いながら、大雅は恭祐に次の指示を仰いだ方が良いだろうかと考える。
当初の予定では水沼と仲良くなれば良かったが、このままでは大雅のアイドル時代を根掘り葉掘り聞かれる時間になってしまいそうだ。
確かに仲は良くなるだろうが、槇田が完全に蚊帳の外だ。水沼のオタク度合いを知っても何もならない。
「男の人にモテる、か。なんか分かる気がします。あの、永禮くんは相当女性にモテると思うんですけど、彼女さんとかいるんですか?」
ーーいや、ほんとなにを聞いてくれるんだよ。
「……いいえ。そういう水沼さんは、彼氏いるんですか?」
なんだかなあ、と思いながら、ずず、と目の前にある残り少ないアイスティーをストローで吸ってから大雅は尋ねた。
「……多分」
複雑な表情を浮かべた水沼に、来た! と背筋を伸ばす。
「え? 多分って? 水沼さん、なにか事情でもあるんですか?」
相手は槇田なのだろうか。大雅は声に少しだけ色気を混ぜて尋ねてみた。
目の前の水沼はうっとりと大雅を見つめ、「やだなぁ、永禮くんに聞かせるような話じゃないですよ」と顔を高潮させる。
「僕、話くらいなら聞きますよ? 水沼さん……メイさん、話してください」
そこで真剣な表情に切り替えた。
水沼は「ズルいなぁ永禮くん。そんな風に言われたら、頼りたくなっちゃう」と大雅をじっと見つめている。
ーーかかった。
大雅は唾をごくりと飲む。
水沼は自分の注文したドリアが席に届いても、暫く大雅を見つめていた。
「料理が来ましたよ。食べながら、ゆっくり話しましょうか?」
優しい声色で語りかけると、水沼は「いいなあ、永禮くんは。そんなにカッコよくて優しいなんて」と寂しそうに笑う。
「僕、別に優しくはないですけど……こんな風に水沼さんと会えたのも何かの縁ですし、話をすることで少しは気が紛れればって思ったんです」
大雅は言いながらハンバーグにナイフを入れる。
水沼はバッグの中からハンカチを出して、目に溜まった涙を目頭からそっと拭いていた。
「あのね、学生時代から知ってたゼミのOBの人に、1年前に告白されたの。私はずっと付き合ってるつもりだったんだけど、全然会ってくれなくて。いい年なのに将来の話もはぐらかされちゃうし……もう期待するのは止めようかなって思うようになってたんだよね」
「……そうなんですか。部外者なんで無責任なことは言えませんが、メイさんが幸せじゃないのなら、そのお付き合いは良くないと思いますよ」
ーーいや、これは踏み込みすぎか。槇田さんとの繋がりをもっと聞いた方が良さそうだな。
水沼は小さくうなずいている。
大雅はハンバーグを口に入れて咀嚼し、心配そうな顔を浮かべた。
「あの、彼氏さんって、どんな人なんですか?」
「ああ、うん……ええと……1人で仕事してて、すごくデキる人なの。いつも仕事ばっかりになっちゃうのは仕方ないか、って思ってたんだけどね」
「もしかして、他の女性の影でも……?」
「うーん……」
そこで水沼は黙ってしまった。大雅の魅了が効いていても、槇田の話を渋っている。
これ以上は踏み込めないかもしれない。あまり強く惹かれさせてしまうと、水沼の人生を変えてしまう。
「多分、だけどね……。利用されてるの」
水沼の告白に、ドクン、と大雅の心臓が跳ねた。
ーーリヨウサレテルノ。
頭が真っ白になっていく。
利用、つまり……。
「それは駄目だ。メイさん。そんな人といては、自分が、嫌いに……なる、から……」
詳しく話を聞くはずが、大雅は自分を止められなくなっていた。
頭の中で、『大雅に頼めば大丈夫だって』と笑う男の声が、『永禮が言えばなんとかなるだろ』と言い捨てるようにかけられた言葉が、『大雅、あの子が呼んでたから行ってあげてくれない? そうしたら許してあげてもいいんだけど』と冷たく言う従姉の声が、次々に頭に響く。
「永禮くん……? どうしたの? なんだか体調悪そうだよ?」
大雅を気遣っている水沼の声が、遠ざかっていく。
リヨウカチガアルカラ、タイガハショセン、リヨウシテルダケ。
エーヤダ、ツカエナイ。
「桂!!!!」
聞き慣れた声が叫んでいる。
ーーなんだよ、カツラって。僕のどこがカツラなんだよ。
遠くなる意識でそんなことを思っていると、「犬山さん!! 弟さんが!!」と必死に説明をする水沼の声が聞こえる。
ーーいぬ、やま。
「水沼さん、すいません。こいつ、ちょっとトラウマがあって。この件は秘密にしてもらえませんか?」
「も、勿論です! 私、わきまえているオタクなので!」
2人のやり取りを聞きながら、自分の身体が誰かに担がれているのをぼーっと他人事のように見ていた。
ーーしまったな、まだ、連絡先を聞いてないのに……。
そう思った時には、景色が目まぐるしく変わっていた。
「まさか永禮くんがうちの会社に来るなんて、何があるか分かりませんね!」
生き生きと語る水沼メイは、会議室で見た控えめな印象がすっかり覆っている。
「僕、アイドル時代もモデル時代も大して売れていなかったのに、よくご存知でしたね?」
「だって、事務所が弱小なだけで本来ビッグスターになれるポテンシャルじゃないですか! 熱狂的なファンが永禮くんの扱いを巡っていつも問題を起こしちゃうし……ファンじゃなくてもアイドル好きとしては一目置いてましたよぉ」
「はは……でも、そのせいで解雇されちゃったんですけど」
「わぁ、なんで引退したのかと思ったら! 私、永禮くんは大手に移籍した方がいいと思っていたんです」
「まぁ、今は小さな探偵事務所の助手なんで……」
「勿体なぁーい! 世界の損失です!」
ーーなんだコレ?! この人、こんな饒舌なのか?!
ポケットに入れた携帯電話を通し、恭祐もこの話を聞いている。恐らくこの展開は予想できていなかっただろう。
打ち合わせの時に大雅を盗み見ていたのは、よく知った芸能人が目の前に座って興奮していたというわけか。
大雅がランチに誘った時の水沼の喜びようは、魅了された女性とは反応が違っていた。
まさか、アイドル時代を知っていたからだったとは想像もしていなかった。
果たしてこれは、都合がいいのか悪いのか。大雅は状況を測りかねている。
「でも、どうして探偵事務所なんですか? 犬山さんに呼ばれていた桂っていうのが本名ですか?」
「えーと……あの人は僕の兄っていうか?」
「わぁ。すごい。流石、遺伝子は裏切りませんね。犬山さんも一般人にしてはカッコいいなと思いましたよ。まぁ、一般人にしては、ですけど。永禮くんはもう次元が……あ、もしかして本名は犬山桂さん? そっかぁ、永禮大雅が芸名かあ。そちらの方がカッコ良くてお似合いですね」
ーー本名それなんだけど。犬山桂はちょっと無いでしょ。
大雅はつい苦笑した。
それにしても、アイドルが好きな水沼からしても恭祐は見目の良い部類らしい。兄弟設定も案外使えそうだ。
「水沼さんが兄をかっこいいと言ってくれたと知ったら、喜ぶと思いますよ。なにしろ、兄は男にばかりモテる人で」
電話の向こうで舌打ちでもしていそうだなと思いながら、大雅は恭祐に次の指示を仰いだ方が良いだろうかと考える。
当初の予定では水沼と仲良くなれば良かったが、このままでは大雅のアイドル時代を根掘り葉掘り聞かれる時間になってしまいそうだ。
確かに仲は良くなるだろうが、槇田が完全に蚊帳の外だ。水沼のオタク度合いを知っても何もならない。
「男の人にモテる、か。なんか分かる気がします。あの、永禮くんは相当女性にモテると思うんですけど、彼女さんとかいるんですか?」
ーーいや、ほんとなにを聞いてくれるんだよ。
「……いいえ。そういう水沼さんは、彼氏いるんですか?」
なんだかなあ、と思いながら、ずず、と目の前にある残り少ないアイスティーをストローで吸ってから大雅は尋ねた。
「……多分」
複雑な表情を浮かべた水沼に、来た! と背筋を伸ばす。
「え? 多分って? 水沼さん、なにか事情でもあるんですか?」
相手は槇田なのだろうか。大雅は声に少しだけ色気を混ぜて尋ねてみた。
目の前の水沼はうっとりと大雅を見つめ、「やだなぁ、永禮くんに聞かせるような話じゃないですよ」と顔を高潮させる。
「僕、話くらいなら聞きますよ? 水沼さん……メイさん、話してください」
そこで真剣な表情に切り替えた。
水沼は「ズルいなぁ永禮くん。そんな風に言われたら、頼りたくなっちゃう」と大雅をじっと見つめている。
ーーかかった。
大雅は唾をごくりと飲む。
水沼は自分の注文したドリアが席に届いても、暫く大雅を見つめていた。
「料理が来ましたよ。食べながら、ゆっくり話しましょうか?」
優しい声色で語りかけると、水沼は「いいなあ、永禮くんは。そんなにカッコよくて優しいなんて」と寂しそうに笑う。
「僕、別に優しくはないですけど……こんな風に水沼さんと会えたのも何かの縁ですし、話をすることで少しは気が紛れればって思ったんです」
大雅は言いながらハンバーグにナイフを入れる。
水沼はバッグの中からハンカチを出して、目に溜まった涙を目頭からそっと拭いていた。
「あのね、学生時代から知ってたゼミのOBの人に、1年前に告白されたの。私はずっと付き合ってるつもりだったんだけど、全然会ってくれなくて。いい年なのに将来の話もはぐらかされちゃうし……もう期待するのは止めようかなって思うようになってたんだよね」
「……そうなんですか。部外者なんで無責任なことは言えませんが、メイさんが幸せじゃないのなら、そのお付き合いは良くないと思いますよ」
ーーいや、これは踏み込みすぎか。槇田さんとの繋がりをもっと聞いた方が良さそうだな。
水沼は小さくうなずいている。
大雅はハンバーグを口に入れて咀嚼し、心配そうな顔を浮かべた。
「あの、彼氏さんって、どんな人なんですか?」
「ああ、うん……ええと……1人で仕事してて、すごくデキる人なの。いつも仕事ばっかりになっちゃうのは仕方ないか、って思ってたんだけどね」
「もしかして、他の女性の影でも……?」
「うーん……」
そこで水沼は黙ってしまった。大雅の魅了が効いていても、槇田の話を渋っている。
これ以上は踏み込めないかもしれない。あまり強く惹かれさせてしまうと、水沼の人生を変えてしまう。
「多分、だけどね……。利用されてるの」
水沼の告白に、ドクン、と大雅の心臓が跳ねた。
ーーリヨウサレテルノ。
頭が真っ白になっていく。
利用、つまり……。
「それは駄目だ。メイさん。そんな人といては、自分が、嫌いに……なる、から……」
詳しく話を聞くはずが、大雅は自分を止められなくなっていた。
頭の中で、『大雅に頼めば大丈夫だって』と笑う男の声が、『永禮が言えばなんとかなるだろ』と言い捨てるようにかけられた言葉が、『大雅、あの子が呼んでたから行ってあげてくれない? そうしたら許してあげてもいいんだけど』と冷たく言う従姉の声が、次々に頭に響く。
「永禮くん……? どうしたの? なんだか体調悪そうだよ?」
大雅を気遣っている水沼の声が、遠ざかっていく。
リヨウカチガアルカラ、タイガハショセン、リヨウシテルダケ。
エーヤダ、ツカエナイ。
「桂!!!!」
聞き慣れた声が叫んでいる。
ーーなんだよ、カツラって。僕のどこがカツラなんだよ。
遠くなる意識でそんなことを思っていると、「犬山さん!! 弟さんが!!」と必死に説明をする水沼の声が聞こえる。
ーーいぬ、やま。
「水沼さん、すいません。こいつ、ちょっとトラウマがあって。この件は秘密にしてもらえませんか?」
「も、勿論です! 私、わきまえているオタクなので!」
2人のやり取りを聞きながら、自分の身体が誰かに担がれているのをぼーっと他人事のように見ていた。
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