1 / 12
出会い
しおりを挟む
東京都渋谷区渋谷――。
人が行き交うスクランブル交差点の上空、ビルの屋上で永禮大雅はそびえ立つビル群の屋上が同じ高さにあるのをぼんやりと眺めていた。
噴き上がる風で黒いTシャツが旗のようにはためいている。
「はあ……」
息を吐き、握った鍵を緑色に塗られたコンクリートの床に放つ。カチャ、と軽い音がした。
長い黒髪が四方に流れて視界が何度も遮られるが、構わず屋上の端に向かって柵越しに下を見る。
行き交う人、人、人……。言葉として捉えることのできない声や車の音、大型ビジョンに流れる放送、全てが喧噪だ。
一歩を踏み出し、185cmの身長を使って軽々と柵を越えると、こんな時に役立つ長い足を見て大雅は苦笑した。
「っっバッカやろ――――!!」
その時、誰もいないはずの屋上に耳をつんざく声が響く。
気付くと大雅の身体は背中から硬いコンクリートに打ち付けられ、2、30代くらいの男に黒いサングラス越しに睨まれていた。
「何してんだよ!!」
思い切り胸倉を掴まれて、ハイブランドのTシャツが伸び切っているのが目に入る。
「……いや、どこから湧いた? オッサン……」
茶色いパーマヘアを揺らすスーツ姿の男。間違いなく大雅の知人ではない。
「お前。下の階にいた女に何をした? そこに転がっている鍵を使って屋上に侵入したのか?」
「……めんどくさ……」
大雅は掴まれたまま長い溜息を吐きながら眉間に皺を寄せる。
男は手を放し、静かに大雅を見据えた。
「お前、もしかしてその体質のせいか? 行くところは?」
「……は??」
「安心しろ。俺も似たようなものだ」
「いや、何が」
「俺も、色々持っている。『末裔』だ。だからお前のことが分かった」
男は大雅が落とした鍵を拾いに歩いて行き、「屋上」と書かれた小さなプレートをつまんで鍵を鼻に近づけている。
「指紋も匂いもついてるし、訴えられたら終わりだ。逃げずに謝るだけで許してもらおう」
「……」
「『普通』に生きられないくらいで死ぬことはない。その能力を生かしてうちで働いてみないか?」
「……最初はみんなそう言って受け入れてくれるんだ。だけど、徐々に波紋が広がるように色々な影響が出てくる。誰だって、自分を狂わされるのは怖い。僕は人を狂わせて、周りに犯罪者を生むから」
男は大雅の元に戻ってくると、力なく座る大雅を上からじろりと睨んだ。
「ごちゃごちゃ言うな。その辺の人間じゃお前を持て余すのは当然だ」
「ごちゃごちゃ言ってるのはそっちじゃないですか」
「ああそうかよ。どうせ捨てた人生だろ。生まれ変わってみればいい」
大雅は何も言わず、反応もしなかった。
「これから俺のことは『所長』と呼べ」
男はポケットから黒い革の名刺入れを出すと、『不忍探偵事務所 所長 犬山恭祐』と書かれた名刺を大雅に差し出す。
大雅は長座のまま、左手で名刺を受け取った。
「ふにんたんていじむしょ、いぬやまきょうすけ?」
「『しのばずのたんていじむしょ、しょちょう』だ」
「いぬ……へえ……かわいっすね」
「かわいかねえだろ……。あと、俺は27歳だ。オッサン呼ばわりするな」
大雅は立ち上がり、デニムパンツを右手だけで払うようにする。
そして汚れを払った右手を一度見つめ、そのまま恭祐の前に差し出した。
「永禮大雅。ジュ―キューサイ、元モデルです」
「クッソ生意気な餓鬼じゃねえか」
「僕、性格あんまり良くないと思うんです、犬山さん」
「所長だっつってんだろ」
恭祐はきびすを返すようにして屋上の出口まで向かった。
大雅は握られなかった右手を空中に泳がせ、その場で固まっている。左手には白い名刺が握られたままだ。
「おい、行くぞ。今日からお前は『助手の桂』だ」
「は?!」
「苗字も名前もなんかムカつくからな」
「……いや、もっと何かなかったんですか?!」
「桂男の桂だ。本名知られると何かと都合が悪いんじゃねえのか?」
「……まあ」
大雅は納得しつつも、「カツラ」という名には悪意しか感じない。
絹のように光る長い黒髪を掻きあげ、恭祐の背中に声を掛ける。
「あの、『所長』さん、僕、住むところも無くて、お金もほとんど持ってないんですけど」
恭祐は立ちどまって首だけで振りかえり、サングラスを人差し指と中指でくいと持ち上げた。
「だから行くぞって言ってんだよ。どこにも帰れないのなら、どこにだって行けるだろ?」
恭祐は青と白のエンブレムが光るBMWのスマートキーを大雅に見せた。先ほど大雅が捨てた鍵と一緒に太陽の光を浴びて光る。
チャリ、と金属の音がした。
人が行き交うスクランブル交差点の上空、ビルの屋上で永禮大雅はそびえ立つビル群の屋上が同じ高さにあるのをぼんやりと眺めていた。
噴き上がる風で黒いTシャツが旗のようにはためいている。
「はあ……」
息を吐き、握った鍵を緑色に塗られたコンクリートの床に放つ。カチャ、と軽い音がした。
長い黒髪が四方に流れて視界が何度も遮られるが、構わず屋上の端に向かって柵越しに下を見る。
行き交う人、人、人……。言葉として捉えることのできない声や車の音、大型ビジョンに流れる放送、全てが喧噪だ。
一歩を踏み出し、185cmの身長を使って軽々と柵を越えると、こんな時に役立つ長い足を見て大雅は苦笑した。
「っっバッカやろ――――!!」
その時、誰もいないはずの屋上に耳をつんざく声が響く。
気付くと大雅の身体は背中から硬いコンクリートに打ち付けられ、2、30代くらいの男に黒いサングラス越しに睨まれていた。
「何してんだよ!!」
思い切り胸倉を掴まれて、ハイブランドのTシャツが伸び切っているのが目に入る。
「……いや、どこから湧いた? オッサン……」
茶色いパーマヘアを揺らすスーツ姿の男。間違いなく大雅の知人ではない。
「お前。下の階にいた女に何をした? そこに転がっている鍵を使って屋上に侵入したのか?」
「……めんどくさ……」
大雅は掴まれたまま長い溜息を吐きながら眉間に皺を寄せる。
男は手を放し、静かに大雅を見据えた。
「お前、もしかしてその体質のせいか? 行くところは?」
「……は??」
「安心しろ。俺も似たようなものだ」
「いや、何が」
「俺も、色々持っている。『末裔』だ。だからお前のことが分かった」
男は大雅が落とした鍵を拾いに歩いて行き、「屋上」と書かれた小さなプレートをつまんで鍵を鼻に近づけている。
「指紋も匂いもついてるし、訴えられたら終わりだ。逃げずに謝るだけで許してもらおう」
「……」
「『普通』に生きられないくらいで死ぬことはない。その能力を生かしてうちで働いてみないか?」
「……最初はみんなそう言って受け入れてくれるんだ。だけど、徐々に波紋が広がるように色々な影響が出てくる。誰だって、自分を狂わされるのは怖い。僕は人を狂わせて、周りに犯罪者を生むから」
男は大雅の元に戻ってくると、力なく座る大雅を上からじろりと睨んだ。
「ごちゃごちゃ言うな。その辺の人間じゃお前を持て余すのは当然だ」
「ごちゃごちゃ言ってるのはそっちじゃないですか」
「ああそうかよ。どうせ捨てた人生だろ。生まれ変わってみればいい」
大雅は何も言わず、反応もしなかった。
「これから俺のことは『所長』と呼べ」
男はポケットから黒い革の名刺入れを出すと、『不忍探偵事務所 所長 犬山恭祐』と書かれた名刺を大雅に差し出す。
大雅は長座のまま、左手で名刺を受け取った。
「ふにんたんていじむしょ、いぬやまきょうすけ?」
「『しのばずのたんていじむしょ、しょちょう』だ」
「いぬ……へえ……かわいっすね」
「かわいかねえだろ……。あと、俺は27歳だ。オッサン呼ばわりするな」
大雅は立ち上がり、デニムパンツを右手だけで払うようにする。
そして汚れを払った右手を一度見つめ、そのまま恭祐の前に差し出した。
「永禮大雅。ジュ―キューサイ、元モデルです」
「クッソ生意気な餓鬼じゃねえか」
「僕、性格あんまり良くないと思うんです、犬山さん」
「所長だっつってんだろ」
恭祐はきびすを返すようにして屋上の出口まで向かった。
大雅は握られなかった右手を空中に泳がせ、その場で固まっている。左手には白い名刺が握られたままだ。
「おい、行くぞ。今日からお前は『助手の桂』だ」
「は?!」
「苗字も名前もなんかムカつくからな」
「……いや、もっと何かなかったんですか?!」
「桂男の桂だ。本名知られると何かと都合が悪いんじゃねえのか?」
「……まあ」
大雅は納得しつつも、「カツラ」という名には悪意しか感じない。
絹のように光る長い黒髪を掻きあげ、恭祐の背中に声を掛ける。
「あの、『所長』さん、僕、住むところも無くて、お金もほとんど持ってないんですけど」
恭祐は立ちどまって首だけで振りかえり、サングラスを人差し指と中指でくいと持ち上げた。
「だから行くぞって言ってんだよ。どこにも帰れないのなら、どこにだって行けるだろ?」
恭祐は青と白のエンブレムが光るBMWのスマートキーを大雅に見せた。先ほど大雅が捨てた鍵と一緒に太陽の光を浴びて光る。
チャリ、と金属の音がした。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
【あらすじ動画あり / 室町和風歴史ファンタジー】『花鬼花伝~世阿弥、花の都で鬼退治!?~』
郁嵐(いくらん)
キャラ文芸
お忙しい方のためのあらすじ動画はこちら↓
https://youtu.be/JhmJvv-Z5jI
【ストーリーあらすじ】
■■室町、花の都で世阿弥が舞いで怪異を鎮める室町歴史和風ファンタジー■■
■■ブロマンス風、男男女の三人コンビ■■
室町時代、申楽――後の能楽――の役者の子として生まれた鬼夜叉(おにやしゃ)。
ある日、美しい鬼の少女との出会いをきっかけにして、
鬼夜叉は自分の舞いには荒ぶった魂を鎮める力があることを知る。
時は流れ、鬼夜叉たち一座は新熊野神社で申楽を演じる機会を得る。
一座とともに都に渡った鬼夜叉は、
そこで室町幕府三代将軍 足利義満(あしかが よしみつ)と出会う。
一座のため、申楽のため、義満についた怨霊を調査することになった鬼夜叉。
これは後に能楽の大成者と呼ばれた世阿弥と、彼の支援者である義満、
そして物語に書かれた美しい鬼「花鬼」たちの物語。
【その他、作品】
浅草を舞台にした和風歴史ファンタジー小説も書いていますので
興味がありましたらどうぞ~!(ブロマンス風、男男女の三人コンビ)
■あらすじ動画(1分)
https://youtu.be/AE5HQr2mx94
■あらすじ動画(3分)
https://youtu.be/dJ6__uR1REU
蛇のおよずれ
深山なずな
キャラ文芸
平安時代、とある屋敷に紅姫と呼ばれる姫がいた。彼女は非常に美しい容姿をしており、また、特殊な力を持っていた。
ある日、紅姫は呪われた1匹の蛇を助ける。そのことが彼女の運命を大きく変えることになるとは知らずに……。
おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜
瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。
大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。
そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。
第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。
花橘の花嫁。〜香りに導かれし、ふたりの恋〜
伊桜らな
キャラ文芸
由緒正しい香道の名家・櫻月家に使用人との間に出来た庶子として生まれた櫻月(さくらつき)紗梛(さな)は、庶子でありながらも家の駒として役に立つようにと言われ名家の令嬢らしい教育を受けさせてもらい嫡女である綾の身代わりとして生活を強いられ暮らしていた。
そんなある日、神の末裔で長宗我部家当主・士貴(しき)から手紙が届き……。
お狐様とひと月ごはん 〜屋敷神のあやかしさんにお嫁入り?〜
織部ソマリ
キャラ文芸
『美詞(みこと)、あんた失業中だから暇でしょう? しばらく田舎のおばあちゃん家に行ってくれない?』
◆突然の母からの連絡は、亡き祖母のお願い事を果たす為だった。その願いとは『庭の祠のお狐様を、ひと月ご所望のごはんでもてなしてほしい』というもの。そして早速、山奥のお屋敷へ向かった美詞の前に現れたのは、真っ白い平安時代のような装束を着た――銀髪狐耳の男!?
◆彼の名は銀(しろがね)『家護りの妖狐』である彼は、十年に一度『世話人』から食事をいただき力を回復・補充させるのだという。今回の『世話人』は美詞。
しかし世話人は、百年に一度だけ『お狐様の嫁』となる習わしで、美詞はその百年目の世話人だった。嫁は望まないと言う銀だったが、どれだけ美味しい食事を作っても力が回復しない。逆に衰えるばかり。
そして美詞は決意する。ひと月の間だけの、期間限定の嫁入りを――。
◆三百年生きたお狐様と、妖狐見習いの子狐たち。それに竈神や台所用品の付喪神たちと、美味しいごはんを作って過ごす、賑やかで優しいひと月のお話。
◆『第3回キャラ文芸大賞』奨励賞をいただきました!ありがとうございました!
鬼と私の約束~あやかしバーでバーメイド、はじめました~
さっぱろこ
キャラ文芸
本文の修正が終わりましたので、執筆を再開します。
第6回キャラ文芸大賞 奨励賞頂きました。
* * *
家族に疎まれ、友達もいない甘祢(あまね)は、明日から無職になる。
そんな夜に足を踏み入れた京都の路地で謎の男に襲われかけたところを不思議な少年、伊吹(いぶき)に助けられた。
人間とは少し違う不思議な匂いがすると言われ連れて行かれた先は、あやかしなどが住まう時空の京都租界を統べるアジトとなるバー「OROCHI」。伊吹は京都租界のボスだった。
OROCHIで女性バーテン、つまりバーメイドとして働くことになった甘祢は、人間界でモデルとしても働くバーテンの夜都賀(やつが)に仕事を教わることになる。
そうするうちになぜか徐々に敵対勢力との抗争に巻き込まれていき――
初めての投稿です。色々と手探りですが楽しく書いていこうと思います。
おっ☆パラ
うらたきよひこ
キャラ文芸
こんなハーレム展開あり? これがおっさんパラダイスか!?
新米サラリーマンの佐藤一真がなぜかおじさんたちにモテまくる。大学教授やガテン系現場監督、エリートコンサル、老舗料理長、はたまた流浪のバーテンダーまで、個性派ぞろい。どこがそんなに“おじさん心”をくすぐるのか? その天賦の“モテ力”をご覧あれ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる