上 下
5 / 18

不思議な拡大鏡

しおりを挟む
 耀と早紀は古い日本家屋の奥を進む。床がギシッと音を立て、木の板がたわんだ。
 何度か早紀はその床板に「この家はもう寿命なのだ」と悟る。思った以上に、家は傷んでいた。

「まずは、こちらから見ていきましょうか。押し入れがありますね。あと、仏壇」
「はい、こちらは祖母が一番よく過ごしていた部屋です」

 床の間を備えた6畳の部屋だった。早紀は、この部屋で過ごしていた祖母をよく覚えている。仏壇には早くに亡くなった祖父の位牌らしきものが飾られたままだ。

「仏壇は、リサイクル不可能でしょうね。持ち出すつもりがないのであれば、処分しかないです。位牌はお持ちになった方が良いでしょうね。それ以外は自治体へ処分を依頼するので、自治体の処分代を見積に載せておきます。僕の手数料は500円いただければ代わりに手続きをお受けしますが、代理しますか?」
「500円で良いんですか……? あ、お願いします」

「床の間にある美術品らしきものですが、残念ながらお値段が付くものはありませんね。こちらは処分で大丈夫ですか? 1日の作業費6,000円の中でやらせていただきますが」
「お願いします」
「では、押し入れを失礼します」

 すっかり立て付けの悪くなった押し入れの扉を、耀は少しずつ開いていく。布団と、箪笥が見つかった。

「布団は処分でよろしいですね? こちらも、先程の仏壇と同じように、自治体に……」
「代理でお願いします。手数料500円ですよね? 払います」
「かしこまりました」

「さて……」

 耀は押し入れの下の段に現れた巨大な箪笥を眺める。

「ここに、思い出のチカラがいくつか存在していますね。こちらの処分には、時間がかかりそうです」
「そうなんですか……」

 早紀は何が何だかよく分からず、耀の話すことをただ聞いているだけになってしまった。
 耀は持ち物の中から、朱色の混ざった赤い色の巾着を取り出す。

紅柄べんがらさん、それってもしかしてさっきの『べんがらセット』の色ですか?」
紅柄色べんがらいろです」

 耀は巾着から大きな拡大鏡を取り出した。レンズがいわゆる「虫メガネ」に比べて、いくぶんか濁った青みを帯びているように見える。

 その拡大鏡を箪笥にかざすと、箪笥の隙間から光が漏れた。まばゆい光が、電気のない仄暗い北向きの部屋に煌々と輝く。

「今、こうして光っているのが思い出のチカラです。俗に、『念』と呼ばれるものです」
「こんなに、はっきりと見えるものなんですか?」
「羽田様、良いですか? これは、企業秘密です」

 企業秘密、と言われて早紀は納得してしまった。なるほど、こんなものが普通なはずはない。何か特別な技術でもあるのだろうと勝手に理解をする。
 人というのは、目の前で起こっていることをなんとか理解しようとする意識が働くようで、思考停止して事実を飲み込もうとするのだ。

 早紀が頷いているのを見て、耀は眠そうな目をにっこりと笑顔に変えた。

「ちなみに、口頭での約束も、日本では契約としてみなされます。企業秘密については、ご了承いただいたものとして契約を交わしたことにいたしますね――」

 その言葉に、早紀は再度頷くことしかできなかった。目の前の箪笥から漏れる光が、徐々に収まって行くのを見届ける。

「ここの思い出鑑定には、半日程度お時間を頂戴しそうです」
耀はメモに『思い出半日:3,000円』と記載した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

れもん

hajime_aoki
ライト文芸
名家の後継として生まれた幼子の世話係となり、生きる価値を手に入れた主人公はある日幼子と家出をする。しかし若い自分と幼子の逃避行は長くは続かず、冬の寒い日、主人公は愛する子を残し姿を消した。死んだも同然の主人公は初老の男性とたまたま出会い依頼を受ける。やるせなく受けた仕事は「殺し屋」だった。

希望が丘駅前商店街 in 『居酒屋とうてつ』とその周辺の人々

饕餮
ライト文芸
ここは東京郊外松平市にある商店街。 国会議員の重光幸太郎先生の地元である。 そんな商店街にある、『居酒屋とうてつ』やその周辺で繰り広げられる、一話完結型の面白おかしな商店街住人たちのひとこまです。 ★このお話は、鏡野ゆう様のお話 『政治家の嫁は秘書様』https://www.alphapolis.co.jp/novel/210140744/354151981 に出てくる重光先生の地元の商店街のお話です。当然の事ながら、鏡野ゆう様には許可をいただいております。他の住人に関してもそれぞれ許可をいただいてから書いています。 ★他にコラボしている作品 ・『桃と料理人』http://ncode.syosetu.com/n9554cb/ ・『青いヤツと特別国家公務員 - 希望が丘駅前商店街 -』http://ncode.syosetu.com/n5361cb/ ・『希望が丘駅前商店街~透明人間の憂鬱~』https://www.alphapolis.co.jp/novel/265100205/427152271 ・『希望が丘駅前商店街 ―姉さん。篠宮酒店は、今日も平常運転です。―』https://www.alphapolis.co.jp/novel/172101828/491152376 ・『日々是好日、希望が丘駅前商店街-神神飯店エソ、オソオセヨ(にいらっしゃいませ)』https://www.alphapolis.co.jp/novel/177101198/505152232 ・『希望が丘駅前商店街~看板娘は招き猫?喫茶トムトム元気に開店中~』https://ncode.syosetu.com/n7423cb/ ・『Blue Mallowへようこそ~希望が丘駅前商店街』https://ncode.syosetu.com/n2519cc/

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

あふれる愛に抱きしめられて

田丸哲二
ライト文芸
 悲しき雨女と愛の伝道師の物語。  紗織は幼い頃から自分が周辺に不幸を呼んでいる気がして、哀しみから逃げるように何度も引っ越したが、雨に付き纏われて行き着く先に洪水や土砂災害が起きた。  その度に雨女としての責任を感じ、涙を心の中に溜め込みながら、都会の片隅で寂しく過ごしていたが、ある日、妹に誘われて食事会に出席すると、見覚えのない人々に歓迎されて感謝を述べられ、心温まるひと時に癒された。 「お姉ちゃん、凄いじゃない」  紗織はそんな意識はなかったが、雨の匂いを感じて、天気予報よりも正確に大雨を察知して人助けをしていたのである。  そして小学生の頃からの因縁の男の子にずっと言い寄られ、プロポーズも何度かされて断っていたのだが、久しぶりに故郷で再会する事になった。  その男は『愛の伝道師』と呼ばれ、紗織とは真逆のポジションに就いている。雨の通りで抱きしめられるが、紗織は幸せにはなれないと拒否した。

亡国の姫と財閥令嬢

Szak
ライト文芸
あることがきっかけで女神の怒りを買い国も財産も家族も失った元王女がある国の学園を通して色々な経験をしながら生きていくものがたり。

ラムネ

おっくん
ライト文芸
智也くんはラムネのお菓子で実験します。

処理中です...