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不思議な拡大鏡
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耀と早紀は古い日本家屋の奥を進む。床がギシッと音を立て、木の板がたわんだ。
何度か早紀はその床板に「この家はもう寿命なのだ」と悟る。思った以上に、家は傷んでいた。
「まずは、こちらから見ていきましょうか。押し入れがありますね。あと、仏壇」
「はい、こちらは祖母が一番よく過ごしていた部屋です」
床の間を備えた6畳の部屋だった。早紀は、この部屋で過ごしていた祖母をよく覚えている。仏壇には早くに亡くなった祖父の位牌らしきものが飾られたままだ。
「仏壇は、リサイクル不可能でしょうね。持ち出すつもりがないのであれば、処分しかないです。位牌はお持ちになった方が良いでしょうね。それ以外は自治体へ処分を依頼するので、自治体の処分代を見積に載せておきます。僕の手数料は500円いただければ代わりに手続きをお受けしますが、代理しますか?」
「500円で良いんですか……? あ、お願いします」
「床の間にある美術品らしきものですが、残念ながらお値段が付くものはありませんね。こちらは処分で大丈夫ですか? 1日の作業費6,000円の中でやらせていただきますが」
「お願いします」
「では、押し入れを失礼します」
すっかり立て付けの悪くなった押し入れの扉を、耀は少しずつ開いていく。布団と、箪笥が見つかった。
「布団は処分でよろしいですね? こちらも、先程の仏壇と同じように、自治体に……」
「代理でお願いします。手数料500円ですよね? 払います」
「かしこまりました」
「さて……」
耀は押し入れの下の段に現れた巨大な箪笥を眺める。
「ここに、思い出のチカラがいくつか存在していますね。こちらの処分には、時間がかかりそうです」
「そうなんですか……」
早紀は何が何だかよく分からず、耀の話すことをただ聞いているだけになってしまった。
耀は持ち物の中から、朱色の混ざった赤い色の巾着を取り出す。
「紅柄さん、それってもしかしてさっきの『べんがらセット』の色ですか?」
「紅柄色です」
耀は巾着から大きな拡大鏡を取り出した。レンズがいわゆる「虫メガネ」に比べて、いくぶんか濁った青みを帯びているように見える。
その拡大鏡を箪笥にかざすと、箪笥の隙間から光が漏れた。まばゆい光が、電気のない仄暗い北向きの部屋に煌々と輝く。
「今、こうして光っているのが思い出のチカラです。俗に、『念』と呼ばれるものです」
「こんなに、はっきりと見えるものなんですか?」
「羽田様、良いですか? これは、企業秘密です」
企業秘密、と言われて早紀は納得してしまった。なるほど、こんなものが普通なはずはない。何か特別な技術でもあるのだろうと勝手に理解をする。
人というのは、目の前で起こっていることをなんとか理解しようとする意識が働くようで、思考停止して事実を飲み込もうとするのだ。
早紀が頷いているのを見て、耀は眠そうな目をにっこりと笑顔に変えた。
「ちなみに、口頭での約束も、日本では契約としてみなされます。企業秘密については、ご了承いただいたものとして契約を交わしたことにいたしますね――」
その言葉に、早紀は再度頷くことしかできなかった。目の前の箪笥から漏れる光が、徐々に収まって行くのを見届ける。
「ここの思い出鑑定には、半日程度お時間を頂戴しそうです」
耀はメモに『思い出半日:3,000円』と記載した。
何度か早紀はその床板に「この家はもう寿命なのだ」と悟る。思った以上に、家は傷んでいた。
「まずは、こちらから見ていきましょうか。押し入れがありますね。あと、仏壇」
「はい、こちらは祖母が一番よく過ごしていた部屋です」
床の間を備えた6畳の部屋だった。早紀は、この部屋で過ごしていた祖母をよく覚えている。仏壇には早くに亡くなった祖父の位牌らしきものが飾られたままだ。
「仏壇は、リサイクル不可能でしょうね。持ち出すつもりがないのであれば、処分しかないです。位牌はお持ちになった方が良いでしょうね。それ以外は自治体へ処分を依頼するので、自治体の処分代を見積に載せておきます。僕の手数料は500円いただければ代わりに手続きをお受けしますが、代理しますか?」
「500円で良いんですか……? あ、お願いします」
「床の間にある美術品らしきものですが、残念ながらお値段が付くものはありませんね。こちらは処分で大丈夫ですか? 1日の作業費6,000円の中でやらせていただきますが」
「お願いします」
「では、押し入れを失礼します」
すっかり立て付けの悪くなった押し入れの扉を、耀は少しずつ開いていく。布団と、箪笥が見つかった。
「布団は処分でよろしいですね? こちらも、先程の仏壇と同じように、自治体に……」
「代理でお願いします。手数料500円ですよね? 払います」
「かしこまりました」
「さて……」
耀は押し入れの下の段に現れた巨大な箪笥を眺める。
「ここに、思い出のチカラがいくつか存在していますね。こちらの処分には、時間がかかりそうです」
「そうなんですか……」
早紀は何が何だかよく分からず、耀の話すことをただ聞いているだけになってしまった。
耀は持ち物の中から、朱色の混ざった赤い色の巾着を取り出す。
「紅柄さん、それってもしかしてさっきの『べんがらセット』の色ですか?」
「紅柄色です」
耀は巾着から大きな拡大鏡を取り出した。レンズがいわゆる「虫メガネ」に比べて、いくぶんか濁った青みを帯びているように見える。
その拡大鏡を箪笥にかざすと、箪笥の隙間から光が漏れた。まばゆい光が、電気のない仄暗い北向きの部屋に煌々と輝く。
「今、こうして光っているのが思い出のチカラです。俗に、『念』と呼ばれるものです」
「こんなに、はっきりと見えるものなんですか?」
「羽田様、良いですか? これは、企業秘密です」
企業秘密、と言われて早紀は納得してしまった。なるほど、こんなものが普通なはずはない。何か特別な技術でもあるのだろうと勝手に理解をする。
人というのは、目の前で起こっていることをなんとか理解しようとする意識が働くようで、思考停止して事実を飲み込もうとするのだ。
早紀が頷いているのを見て、耀は眠そうな目をにっこりと笑顔に変えた。
「ちなみに、口頭での約束も、日本では契約としてみなされます。企業秘密については、ご了承いただいたものとして契約を交わしたことにいたしますね――」
その言葉に、早紀は再度頷くことしかできなかった。目の前の箪笥から漏れる光が、徐々に収まって行くのを見届ける。
「ここの思い出鑑定には、半日程度お時間を頂戴しそうです」
耀はメモに『思い出半日:3,000円』と記載した。
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