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依頼人 羽田早紀

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 朝比町あさひまちの小さな商店街の一番奥、民家と民家の間に、「べんがら」という店がある。
 羽田早紀(はねだ さき)は、ホームページに乗っていた地図を頼りに、その「べんがら」を訪れた。特別変わった雰囲気もない町のリサイクルショップらしい。古い家具や雑貨に溢れたその店内に人の影を探すが、見当たらなかった。

「すいません、誰かいらっしゃいませんか――? ホームページに問い合わせをした、羽田です」

 早紀は、結わった髪の内側、首筋に浮かんだ小さな汗をハンカチタオルで拭った。ただでさえ初夏の天候の中、10分間も歩き続けたのだ。空調の効いていない店内で早紀は暑さにぐったりする。

「ああ、羽田さんですね――」

 店内にいるとはとても思えないような、遠くから声がした。若い男性の声だ。早紀は、どこから声がしたのだろうと店内をぐるっと見渡すが、人の姿はない。

 ガチャ

 鍵を開けたような音が床から響く。早紀は驚いて一瞬たじろいだ。

「ああ、すいません、お待たせしちゃって――」

 その声の主は、店の入口近くにいる早紀からほんの2メートルという距離で、床から現れた。
 さっきまで見ていたその床には、扉のようなものも、入口のようなものもなかったはずだ。それが、男性が床から扉を開けて、まるで床下収納から這い出て来たように顔を出している。

「初めまして。店主の、紅柄(べんがら)です」

 早紀は、驚きで声を失っていたが、
「あ、初めまして、羽田です」
と、茶髪でパーマの掛かった若い男性に、何とか挨拶を返した。


 紅柄べんがらと名乗った男が床から這い出ると、さっきまで目の前に現れていたシンプルな木の扉の姿が消えた。

「あ、あの……これは、マジックか何かでしょうか?」

 早紀は信じられない様子で、ハンカチタオルを握りしめている。

「マジック、ああ、そうですねえ。英語だとマジック、ですねえ――」
 
 紅柄はニコニコとしながら、まるでなんてことのないように答える。

「で、ご依頼は、遺品整理でしたっけ?」

 紅柄に尋ねられて早紀は一瞬身体をこわばらせた。

「はい、この近所に、祖母の住んでいた一軒家がありまして……」
「はいはい、そういうご依頼、最近多いんですよお――」

 紅柄はそう言うと、店内の一番奥にあるカウンターに向かい、そこで細い縁の眼鏡を掛けた。

「一応、僕、遺品整理士っていう民間資格も持っております」
「はあ」
「あとは、古物商許可証も――」
「あのっ……」

 自分のペースでニコニコしながら話を始める紅柄に対し、早紀は思いつめた表情で向かっていた。

「私、古い友人に聞いてこちらにお伺いしたんです。遺品整理の時に、『思い出鑑定』って、お願いできますか?」

 早紀が真剣な顔で紅柄を見つめるのとは対照的に、紅柄はそれまで同じようにのんびりとした調子で、
「はい、勿論ですよ――」
と、何でもないように答えた。
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