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第三章 足りない僕とコーヒーと

下宿先 2

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「俺、利津に必要なのは誰かのために頑張りたいっていう前向きさだと思うんです」
「それなら、今だってお父さんのために頑張っているのでは……」
「利津は多分……ナツさんのために何かをするのが楽しいんです」

 僕のために何かをするのが楽しい、か。
 うーん、確かに積極的にメニュー作りに協力してくれようとするし、市場調査の時はすごく楽しそうだったけど……。

「僕が家に下宿するのは、そんなに楽しくないんじゃないかなあ……」
「何言ってんですか。俺、ナツさんが来てくれるのこんなに楽しいのに」
「えっ? あっ、ありがとうございます」

 ちょっと照れるな、これ。
 そうなんだね、祥太くんって僕がここに来るのを楽しんでくれていたのか。

 利津さんのためになるのなら僕だって下宿させてもらえたら楽だし、利津さんの言う条件で暮らせるのであれば、今の家をそのままにしておくことだってできる。

 引っ越し作業を発生させずに、時々家に帰ればプライバシーも守れるし……。

 考えれば考えるほど、あまり悪いところはない。
 それに、利津さんの就職活動を手助けできたら恩返しくらいにはなるかもしれない。

 でも、利津さんにとって、僕の存在は好ましくないだろう……。
 祥太くんみたいに優しくて気の利く幼馴染がいるせいで、男性に対するイメージが良い意味で歪んでいる気がする。

 いや、僕は利津さんに危害を加えようという気なんて1ミリもないけど、その気が無くてもストレスを与えてしまうんじゃないだろうか。

「やっぱり、独身の男が若い女性のいる家に居候なんて、良くないですよ」

 僕が改めてその点を懸念する。利津さんのためにも、やっぱりこれは辞退すべきだろう。

「俺は、ナツさんだったら良いんじゃないかと思うんですよね」
「いや、何でですか」
「俺が一緒に過ごしてきた勘です。利津にとって前向きになれる同居人になってくれそうだなと」
「ええええーー?」

 祥太くんは、分かっていない。僕が若い女性を殺しかけた人物だということを。
 無意識に追い込んで、自殺を選ばせてしまったパワハラ上司だ。
 利津さんだって、いつ僕の悪い影響を受けるか分からない。

「僕は、祥太くんが思っているほど人間できていませんよ」
「俺がナツさんをどう思っているか、説明できるんですか?」
「これまで僕が作ってきた世界が、どれだけ祥太くんにとって良いものだったのかは分かりません。でも、それを作っていた裏側で僕は人ひとりの人生を滅茶苦茶にした」

 一生かかっても償えない罪を、僕は背負って生きていくしかない。
 こんな犯罪者同然の人間に対して、祥太くんも利津さんも寛容すぎる。

「俺、ナツさんと利津はどこか似ている気がするんですよ」
「ええ? 僕は全然感じませんけど」

 意外と祥太くん、人を見る目がないのかもしれない。
 僕と利津さんが似てるなんて。利津とナツの呼び名くらいしか似ていない。

「ナツさんも利津も天才肌で、それを自分が理解していない」
「いやいや、僕は天才肌では……」
「恐らくナツさんは自分にできることは周りも当たり前にできると思っていて、それが原因で後輩は追い込まれてしまったし、利津は自分に思いつくことは誰にでも思いつくと信じているから人間関係が上手くいかない」
「……」

 絶句だ。心当たりがありすぎる。
 利津さんの「なんでそんなことも思いつかないんですか」的な態度と、僕のこれまでの仕事の「それが当たり前だろ」という態度……。

 似ているというか、ほぼ一致。完全に一致。

「そんな2人が一緒に暮らしたら、余計にうまくいかないと思うんですが」
「修行だと思って、2人が頑張れば大丈夫ですよ」
「修行ですか?!」

 下宿という名の修行……。言われてみれば、悟りが開けそうな気も……。

「っていうか悟り開いてどうするんですか、僕?」
「それは俺にも分かりません。つーか悟り開かなくて良くないですか?」
「確かに」

 どうしよう、なんだか頭の中がぐちゃぐちゃになってきたぞ。
 利津さんも僕も、人間関係でつまずくポイントは一緒ってことで、つまり僕らは似た物同士……。

 言われてみると、利津さんは天才肌だ。
 本人は分かっていないだろうけど、度々そういうものを感じることがあった。
 利津さんのことを「神の舌」だとお父さんが言っていたらしいけど、この世に神の舌というものがあるのなら利津さんがそれだというのは分かる。

 一方僕は……。クリエイティブディレクターをやっていた時に確かに「神」だともてはやされた。周りが「神クリエイティブ」だと褒める度に、誰もが思いつくことを形にしているだけだと本気で思っていた。

「もしかして、僕って才能があったんですかね?」
「えっ?! そこからですか?? ナツさんに才能が無かったら誰に才能があるんですか??」

 なんだろう、この、天然は天然に気付けないみたいな状況。
 もしかして僕は、天才肌だったのか……?
 いやそんなまさか。だって僕の作った映像やデザインなんて、大したことない。

「僕はずっと、なんでこんな普通のクリエイティブをみんなもてはやすんだろうと思って生きてきましたが」
「普通のレベルがたっけえな……。そういうことですよ。そういうところですよ」
「ええっ?!」

 どうしよう。祥太くんの言葉がどうも信じられない。
 こういう時は、僕に対して一番冷静な評価を下す日葵あたりに意見を聞きたいところだ。

「ちょっと、日葵に電話しても良いですか?」
「はあ?? 急にどうしたんですか?」

 僕は日葵と電話で微妙な話をしたことなどどうでもよくなっていて、とにかくこの謎を解くことだけに必死になる。

『どうしたの? なんかあった?』
「ごめん、日葵。率直な意見が欲しくて電話した」
『はあ? なに?』
「僕って天才肌だって言われたんだけど、どう思う?」
『はあ?? いまさらそこ??』
「いや、僕は凡人……」
『あーうるっさい。ナツが天才肌じゃなかったら誰が天才肌なの? 喧嘩売ってる??』
「売ってない」
『いっちいちそんなことで電話してこないでよ天才。じゃーね』

 そこで電話が切れた。日葵らしい切れ方だ。

「どうしよう、祥太くん。僕は天才肌だったようです」
「つーか、日葵さんってそういう感じなんですね」

 ああ、日葵の本性を祥太くんにバラしてしまった。まあいいか。
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