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第一章 定食屋で育って

打ち上げ 2

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「ナツさんはこれからか?」
「多分あと30分もすれば来ると思います」
「あの美人さんは?」
「あー……来ないんじゃないかなー……」

 商店会長までもが日葵ひまりさんを気にしている。むしろここまで気にするならナツさんに連絡でもして連れて来てもらえばいいのに。日葵さんだったら顔出すくらいのことはしてくれそうな気がする。

「日葵さん、すっかりアイドルですね」

 私がしみじみと言うと、会長が「りっちゃんだってアイドルだろう」と笑って祥太に同意を求める。祥太は明らかに納得できない顔を浮かべ、お世辞でもここは私を立てるところだろうとつい睨んでしまった。

 その後は他愛もない話をしながら私と祥太は目の前の食べ物を適当に摘まんで、これからも夏祭りは毎年こんな感じかなあと話す。
 祥太が「毎年美容室みせから締め出されるのはなあ」と苦笑いをしていたら、ナツさんがお店に入って来た。

「お疲れ様ですー」

 腰の低いナツさんに、周りの人たちが「お疲れー」と声をかけている。すっかり商店会の中でナツさんは有名人だ。日葵さんの姿はない。

「あ、祥太くんー。利津さんもお疲れ様です」

 ナツさんは、私の隣に居る祥太を目指してこちらに来た。
 隣に私が居るから嫌がってこちらに来ないかもしれないと思っていたけど、あまりにも普通だ。挨拶までされてしまった。

 これまでナツさんのお店に行くのすら控えていたというのに、私の考えすぎだったのだろうか。それとも、人前だから?

「ナツさん、ずっと店内で作業してたってホントですか?」
「思った以上にアイスコーヒー作るのに時間がかかっちゃって……。来年は前日からコールドブリューも検討しないとダメかな。改善の余地有です」
「コールドブリューってなんすか?」
「水出しです」

 祥太とナツさんが話している側で、私は借りて来た猫になっていた。
 久しぶりのナツさん。どんな感じで接したらいいのか分からなくて、顔をまともに見られない。
 その後も、2人は世間話を続けていた。

 祥太と話している時のナツさんは、本当にリラックスしているのが分かる。この雰囲気を壊すのも悪くて、私はその場で固まってやり取りをただ聞いていた。

「ああ、そうそう。利津さんが監修して下さったブレンドコーヒー、評判良いですよ」
「えっ……ほんとですか?」

 ナツさんがさらりと私に言う。急に話を振られたから、私は自分でも驚くくらいに動揺した。

「香りが良いから豆で売って欲しいって言われることもあって。今、商品化に向けて準備中です」
「わあ……」
「これを機に、商品名を『リツブレンド』にします?」
「いやだからそれは……」

 私が苦笑いをしていると、祥太が何の話なのかを聞きたがった。ナツさんはブレンドコーヒーの配合を私の意見で決めたこと、そのためブレンドコーヒーに私の名前を付けた方が良いのだと語っている。

「まあ、リツブレンドじゃ大したことなさそうだよな」

 祥太の率直な感想がそれだ。私はその祥太の肩をはたきながら、「失礼な」と突っ込む。ナツさんは「祥太くん、思ってないくせにそういうこと言わないで」とフォローをしてくれた。

 もう何か月も話していなかったナツさんが、普通に目の前にいる。
 まるで私に対して怒った日などなかったかのように。
 それがありがたいやら不思議やらで、いつもの調子が出そうにない。

 その後は会長がナツさんに今回の売上がどうだったとか、ポスターの評判がどうだとか、いつもより若い人の参加が多かったなどの話をしていた。
 私も祥太も会長の話を聞いて相槌を打ったり笑ったりするだけで、時間があっという間に経って行く。

 お店のラストオーダーの時間はすぐに来た。時間は22時半。私はまだナツさんと話し足りない。

「利津、今日これからウチくる?」
「え?」
「ナツさんも泊まるから、飲み直さねえ? おじさんには俺から連絡しといてやるし」

 その時にしっかりナツさんの顔を窺ってしまった。私が行くと知って嫌がるんじゃないかとか、祥太と2人の方がいいんじゃないかと表情を探る。
 幸い、そういった感情を読み取ることが出来なくて、ナツさんも「いいですね」なんてニコニコしていた。

「じゃあ……」

 私がそう返事をするとすぐ、祥太は自分の携帯電話で私の家に電話をかけてくれる。「ああ、祥太です。そう、利津を2次会に連れて行きたくて。はい、大丈夫ですよ。はは、はい。ええ」と話しながら、祥太は私の方を見ながら親指を立てた。

「おじさん、良いって。羽目を外させすぎるなって釘さされたけど」
「ありがとー祥太!」
「祥太くんかっこいいー!」

 祥太が電話を終えると、ナツさんまで祥太を褒めている。私が電話すればいいところを律儀に連絡してくれるのは、祥太が真面目で責任感が強いからだろう。

 そういえば、こういうところあるよね、と見直す。

 祥太の家にはおばさんーーつまり祥太のお母さんも、恐らくお父さんもいるはずで、むしろ私が祥太の家にお願いしますの連絡をすべきなのに。

 私も祥太も、ナツさんと日葵さんの関係を聞いたりはしなかった。
 周りの人も気になっているに違いないのに、ナツさんを前にそういった話はしない。ナツさんが日葵さんを連れてこなかった時点で、聞いてはいけないのだろうと遠慮しているのだろう。

 あと10分程度でこの場はお開きになり、私たちは祥太の家に向かう。
 きっと、祥太は自然にナツさんの個人的なことを聞いたりするんだろう。
 それは楽しみでもあり、やっぱり不安でもあった。

 日葵さんがナツさんの特別な人だと知ったら、私はその場で普通にしていられるだろうか。
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