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第一章 定食屋で育って

The Coffee Stand Natsu

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 ああ、気に入らない。
 だけど、これを機に敵を知るのは大事だ。

 私はそんなことを考えながら隣のコーヒーショップに向かう。
 そこは小さなお店で、テイクアウトは外に並ぶ仕組みらしい。サラリーマンのテイクアウト行列ができていた。

 だっるー……。お父さんに混んでたって言って帰ろうかなあ……。

 看板を眺める。『The Coffee Stand Natsu』か……。
 ナツって名前の人がやっているんだろうか。まあ、そんなところだろう。

 おいナツさんよお……うちの町で随分勝手にやってくれてるようだなあ。

 そんなガラの悪いことを頭の中で呪文のように唱えていたら、列が進む。

 確かに香りはとてもいい。香りは。
 あと、看板が都会的でやたらお洒落で……ロゴがカッコイイだけじゃなくて、看板の色や素材に至るまで独特でセンスがいい。でも、私にはそれがどんな風なのか説明できる能力がない。お洒落スキルが足りてない。

 テイクアウトの薄茶色の紙カップに黒い蓋をしたコーヒー、カップに描かれたお店のロゴ。

 あーあー、みんな、こういうのに騙されていくんですねえ。
 お洒落なものを買う自分がお洒落ってやつですか。そうですか。
 やだねえ、やだねえ。

「お待たせしました」

 おっと、いつの間にか私の番だった。
 テイクアウトカウンターの向こう側に立っているのは、いかにも都会人という風貌の男の人。

 顎に少しだけ髭を生やしている。無精髭とはちがう整えた清潔感のある髭で、短髪に合わせているのか似合っている。
 麻の白シャツ、長いデニムのエプロンにはお店のロゴが……。

 お洒落さんか!

「えっと、ホットコーヒーを……普通のサイズで1つ」
「ドリップコーヒーで宜しいでしょうか?」
「えっと、はい」
「豆はどれになさいますか?」

 知らないよ。父親のオーダーだし。ああ口に出そう。
 なによ、豆って。ああ、もう。ここ、初心者にハードル高い店じゃんー。

「豆、ですか」
「本日だと、ホンジュラスとブラジル、あとはエチオピアがあって、それぞれ焙煎も3段階でご用意があります」
「どれでもいいですね」
「どれでもいいんですか」
「はい」

 本当にどれでもいいんで、早く私を解放してください。このお洒落沼から。

「じゃあ、個人的なお勧めでホンジュラスの中煎りにしておきます」
「はい」

 作り置きがあったらしく、すぐにコーヒーが出て来た。
 なんだ、うちと同じじゃん。

 いや、うちとは違うか……豆の種類と焙煎の種類が選べるのか。

「お待ちいただきますが、店内でのご利用ですと淹れ方もお選びいただけますので、また是非」

 店長なのか、お洒落アゴ髭男がそう言って軽く笑みを浮かべる。
 これ以上選べると余計に困ります。
 でも、狭い店の店内も満席みたいで、木とコンクリートの内装がチラリと見える。

「はい……」

 私はお洒落なロゴの入ったカップを受け取り、自分の店に帰って行く。
 『定食まなべ』は、いい具合に経年劣化していて、木造のお店は昭和さながらの雰囲気が漂っているというのに。いや、平成生まれなんだけれど。

 ただ1杯のコーヒーを買っただけなのに、この敗北感は何だろう。
 とりあえず、今日のお薦めはホンジュラスらしいよ、お父さん。
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