数字で恋する男爵令嬢

碧井夢夏

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一緒に生きていく

お見合い

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 事務所で仕事をしていたら、シンが入って来た。

「あ……」

 明らかに私がひとりでいるのを気まずそうにしたので、私は席を立って部屋を出ることにする。

「ごめん、違う。そうじゃなくて」

 シンはペコペコ頭を下げて謝った。相変わらず腰の低い印象を与える人だ。

「お見合い、するんだって?」

 突然、話を振られてしまった。

「誰から聞いたの?」
「ファレルとハン」

 私は無言で頷いた。元彼に心配されるようになるとは、私もやっぱりまだまだだ。

「あの……今日、一緒に帰れない?」
「えっ……?」

 いまさら、シンと2人で帰っても何を話したらいいのか分からない。
 私たちはとっくに終わった関係で、シンは既に騎士団で頭角を現し始めていた。

「何を、話すの?」
「お見合いの事、聞かせて欲しくて」
「話すことなんかないけど」
「俺はある」

 私はムカッとした。私に早まるなとか頑張れとか言うつもりだろうか。
 シンを忘れようと前を向いた途端、こんな風に近付いて来るなんてたちが悪い。

「人の気も知らないで、ずかずかと土足で立ち入るようなことをしないで」
「ごめん。でも、言わなきゃいけない気がした……リリスに」
「もう、終わったことでしょ?」
「俺は、リリスを忘れられなかった」

 私は頭の中が真っ白になった。
 私だって、この半年シンを忘れたことなんかなかった。
 苦しくて苦しくて、何度泣いたか分からない。

 でも、それをやっと振り切ろうと、前を向いたタイミングだっていうのに。

「馬鹿なの?」

 私は一番可愛げのない声で、可愛げのない顔で言った。
 もう、シンが好きでいてくれたリリスはここにはいないのだと。

「馬鹿だよ。大馬鹿だ」
「……」
「リリスには、俺よりもずっと相応しい人がいると思って別れたから、お見合いするって聞いて……ようやくその時が来たんだって安心した……。そしてやっと気付いた。そんな奴、絶対いるわけないってことに」

 私は何を聞いているんだろう。
 シンの口から漏れる言葉は、半年前に聞きたかった内容だ。
 今となっては、もう遅い。私はといえばそれはそれは傷ついて、今はもう過去に戻るつもりはない。
 そんな言葉をかけられても、あなたを許す気なんかさらさらない。

「寝言ね」
「分かってる。こんな愚かなことをリリスに言って呆れられるのも、俺じゃ色々足りないことも」
「じゃあ、もうこの話は終わり?」
「終わってない」

 シンの目が、真っ直ぐに私を見ていた。
 その茶色くて綺麗な目を見つめてしまうと、私は嘘が見透かされてしまいそうで思わず目を逸らしてしまう。

「リリスの希望から逃げたことを……謝りたい」
「それだけ?」
「ご両親に、リリスのことが大好きだって言わなかった。家族を諦めているなんて言っておいて虫が良いのは分かってる。でも、リリスが好きでもない男と家族を作らなきゃいけないのを……黙って見ていたくない」

 ナニコレ? え?
 なんでシンが私に告白みたいなことをしているの??
 アレ?? もしかして本当にシンって私に未練が……??

「遅くない??」
「だからゴメンって」
「私、半年間も枕を濡らしたのよ??」
「そ、そっか。罪悪感すごいな……」

 もしかして、もしかすると、シンは私と一緒になりたいって思ってる??

「まだ、私のことが好き??」
「好き、です……」

 シンはそう言って頭を下げた。
 あれれれれれ?? どういうこと??

「今日、私の両親に会ってくれる?」
「……喜んで」

 シンは私の手を取って、その甲に口付けた。
 半年で、すっかり騎士が板についている。

 こんなに待たされた挙句お見合い前にやってくるなんて、本当にどうしようもない人。

 そう思ったら泣けてきた。

「馬鹿あああ」
「はい」
「馬鹿馬鹿馬鹿!」
「分かってる」

 シンが私を抱きしめている。
 言いたいことがいっぱいあるから、帰りは絶対容赦しない。
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