数字で恋する男爵令嬢

碧井夢夏

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夢だけ見てはいられない

決別

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 私たちはあっけなく終わってしまった。
 つい先ほどまでは小川のせせらぎが聞こえる小さなオーベルジュにいて、一緒にベッドで横になって話していた。

 その時まで、ずっと幸せに包まれていた。

 物事の終わりは、こうやって予想外にやってくる。
 私はもう、抵抗や反論をする気力を失っていた。

 分かっていた。
 大好きな人が、どれだけ葛藤して結婚を諦めた人生を送っているのか。
 その中で、私に恋をしてくれて、一緒にいる時間を大切にしてくれた。

 彼なりの誠実な愛情だったのだろう。
 私は、この人を好きになったことを後悔はしていない。

 時間より早くオーベルジュを出た私たちは、2人で馬に乗って私の家に向かっている。
 この瞬間も、後ろにいる男性のことが大好きだ。

 家族が欲しかったのを諦めたのであれば、それを覆すのが私の役目だと思った。

 私は、シンを幸せにしてあげたかった。
 諦めたことを取り戻して、一緒に人生を歩んで行きたかった。

 未練なんかないと自分に言い聞かせながら、家に帰ったらパパとママに泣き付こうと必死に涙をこらえている。

「リリス……。こんなことになっちゃったけど、俺たち、職場ではまた普通にできるかな?」

 そうか、職場ではまた普通に会うことになるのか。こういう時、職場恋愛ってつらい。周りの人に、気を遣わせてしまうのだろう。

「そうね。仕事は仕事で、ちゃんとやらなきゃね」

 馬の背に揺られながら背中にシンを感じるのに、なんだか行きより冷たい幕が間に降りているような感覚がする。

 私は、恋の幸せと悲しさを、短期間で知った。

 シンがいなければこんな気持ちにならなかったのだから、彼を恨む気持ちはない。それに、未だに私はシンのことが大好きで、こんな人に愛された事実には胸を張って生きていきたいと思う。

 ただ、私たちには障害が多かっただけ。
 人生には、好きだけじゃ上手くいかないこともあるのね。

 帰り道、私たちは無言だった。
 1時間程度で私の家に着くと、昼前で使用人の人たちが慌ただしく働いているようだ。

 シンはその様子をボーっと眺めながら、「また、職場で」と言って帰って行く。この日は、私の方を振り返ったりはしなかった。

 玄関に入ると使用人が驚いていたし、ママに「あら、デートは?」と無神経に聞かれた。

「ぅああーーん……」

 私は久しぶりに子どもみたいな声を上げて泣いた。

 ママが私を抱きしめてくれたから、「終わっちゃったの。大好きな人なのに、もう、一緒にいられない」と正直に白状すると、「人生にはね、そういう別れもあるのよ」とママにしては深いことを言っていた。

 ママにも、そういう出会いが、別れがあったのかもしれない。

 私は涙の苦さを知りながら、ちょっぴり大人になった。
 好きな人を諦めるのは、心も身体も痛かった。
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