数字で恋する男爵令嬢

碧井夢夏

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好きな人と気になる人

おやすみなさい

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 シンの馬が私の家に着いた。
 家の前でシンは口をあんぐりと開けて、「本当にお嬢様なんだあ」と声を上げている。

 確かに我が家は大きい。
 カイ・ハウザーの家よりも大きい。
 パパの資料が増えすぎて、屋敷を大きくしたから。

「別に、うちは下級貴族だし。庶民と変わらないわ」
「いや、俺の家の10倍はあるよ」

 10倍か……。結構小さいんだ、シンの家って……。
 農家のお宅とか上がったことがないから想像がつかない。

 シンは先に馬から降りると、下から「おいで」と手を広げている。
 ……えっと、そこに飛び込めと?? 抱き付けってこと??

「む、無理」
「え?」

 私が上から降りるのを怖がっているのだと勘違いしたシンは、手を伸ばして私の腰を引いてするりと下馬させ……結果、私はそのままシンの身体の中にすっぽりと納まってしまった。

 一瞬抱きかかえられて、私の足は地面に着く。
 当然のようにこういうことが出来るシンは、今まで何度もこういうことをしてきたんだろう。

 私はこんなこと、初めてだっていうのに。

 シンは、玄関まで送るよと言って馬の手綱を引きながら一緒に敷地内を歩く。
 横に並んで歩くと、高い背を意識してしまって……あの背に抱きかかえられるとあんな感じになるんだなとか雑念が消えない。

 玄関までは良いのにと断っても、家にちゃんと入るところを見届けるのが騎士の務めでしょ、と新米騎士のクセに生意気なことを言う。
 私は、ひとりで意識をしてしまうのが悔しかった。

「今日はありがとう」

 玄関に着いたからとちゃんとお礼を言う。
 シンを見上げたら優しい顔で私を見て笑った。
 胸の音がドキンと鳴った気がするけれど、多分気のせい。

 シンは「おやすみ」と言うと、私のおでこにキスをした。
 これは……おやすみの、友愛のキス?

「お、おやすみなさい」

 いつもの優しい顔を崩さないシンとは対照的に、私は声が裏返ってしまうし、本当に意味なんかない行動だって分かっていても顔が熱いし、もうどうしていいのか分からない。

「ま、また送らせてあげてもいいけど!」
「お、やったね。じゃあ、また今度。次はさ、どこかで食事でもしようよ」
「別に良いけど?」

 そ、それってデート??
 食事?? 私、男性と2人きりで食事なんて人生で一度だってない。
 実は、個人的な用事で夜に出かけたことすらない。

「じゃあ、シンがちゃんと考えておいてよね」
「当たり前だろ。リリスにそんなこと考えさせないよ」

 一瞬真顔になったシンを見て、また私、可愛くないことを言ってしまったんだなって落ち込んだ。

「じゃあ、明日でどう?」
「ええっ??」
「明日、食事に付き合って」
「まあ……別に、いいけど……」

 私は玄関先でパパとママに聞かれていないか、ドキドキしながら声を抑える。
 今、私、男の人にデートに誘われた。

「明日は、今日みたいに待たせないから。約束する」
「そうね、そうして」
「じゃあ、リリスからもキスをくれる?」
「はあ?!」

 私には、男性に挨拶のキスをする習慣がない。
 パパ以外の人には。

 シンが高い背から腰を曲げて、私の近くに顔を寄せている。
 ああ、もう、どうにでもなれだ。

 私はその頬に軽く音を立ててキスをした。

「おやすみなさい」
「おやすみ」

 暗い中、遠ざかっていくシンの背中をずっと見てしまって、敷地を出る時に振り返った彼と目が合う。

 おやすみなさい、また明日。

 シンは、とびきりの笑顔で手を振って、その後は馬に跨って帰って行った。
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