数字で恋する男爵令嬢

碧井夢夏

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好きな人と気になる人

帰り道 2

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「じゃあさ、リリス」

 突然すぐ後ろから呼び捨てにされて、私の心臓がまたビクンと跳ねた。
 やっと「はい」と消え入りそうな声で返事をしたけど、おかしくなかっただろうか。

「俺のことはシンって呼んで、友達と同じように話してよ」
「……シン」
「そうそう」

 自分よりも6つも年上の男の人に、呼び捨てをして友達と同じように話をすることになるなんて……。困った。職場でもそのままってことだろう。

「リリスは、団長に憧れて騎士団に入って来たって本当?」
「はい……じゃなくて、うん?」
「もしかして、団長のことが好きだったりする?」
「まあ、見ての通り……」

 見ての通りって、シンが私のことを見ているわけがないのに、何を言っているんだろう。もっと説明の仕方ってものがある。もう嫌だ。

「また、厄介な人を好きになったねえ」
「厄介? シンは、カイの事を厄介だと思う?」
「まあ、そうだね。あの人は女性に対する感情が欠落している気がするよ」

 シンの言うことはもっともだ。カイは女の人のことをあんまり好きじゃない。
 だから、女の人に奪われる心配がないところが良いと思っていた。

「そういうシンは、どうなの? いい歳だけど、結婚してるの?」
「してないしてない」

 良かった。既婚者ではなかった。この状況を見られても奥さんに恨まれるということはとりあえずない。でも……。

「じゃあ、彼女はいるんだ?」
「いや、今はいないよ」

 今「は」いないんだ……。へえー。私はずっといないけど、シンは今「は」いないのかあ……。

「気になる?」
「いえ。奥さんや彼女さんに恨まれても嫌だったので」
「なるほど」

 シンは納得したらしく、世間話を始めた。
 自分がもともと農民の出だということや、父親が戦争に出てから家族が壊れてしまったこと。そして、父親の借金で首が回らなくなったところを、カイとロキに助けられたのだということを……。

「俺はさ、不当な借金でも契約書を交わしてしまったらそれを守るのが当たり前だと思っていたんだ。そのくせ、ちゃんと文字も読めなくてさ。だから向こうの言いなりになっていたんだよね」
「へえ。情報弱者の典型」
「そうそう。でも、ロキが相手側の『金融業の法律違反』を突いてくれたり違法な利率を逆手に取って向こうを潰してくれてさ……」
「やり口が堅気じゃないわ、あの金髪」
「あはは、辛辣」

 シンがどれだけロキとカイに救われたのかということや、騎士団に拾われて残りの借金が返せそうだとか、そういうことを聞いた。

 出会ったばかりの同僚に、そんなことを話してどうするんだろうって最初は気になってしまったけど、年下のカイとロキを尊敬しているシンの柔軟性は、私は単純にすごいと思う。

 でも、口に出しては言えなくて、どうしても悪口みたいなことばっかりが口から出て行く。
 今まで出会った男の人は、私のこういうところを可愛くないって言っていた。

 のに。

「リリスって、本当に面白いね」

 シンが、そんな風に言うものだから。
 私は、この馬がずっと家に着かなければいいのにって、つい願ってしまいそうになった。

 本当は、私、もっと可愛い人になりたい。
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