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新妻へ悪友上司からの依頼 編

28話 魔術師の探し物

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「うーん……。どこに仕舞ったんだっけ」


 箱をひっくり返して、腕を組んで唸る。
 グレンから封印扉の製作者が師匠だと教えられたあと。どうにか連絡を取る方法を考えてくれと言われ、定時より少し早めに帰宅した。
 今は、屋敷にある私専用の仕事兼研究部屋にて、魔道具が入っている箱の中身をひたすら床にぶちまけ中である。


「あー、これも違った」


 溜め息と共に、また別の箱を手に取る。


「こんなことならちゃんと種類ごとに仕分けして、箱の中身がわかるように名前とか書いておけばよかったなぁ」


 今さら気が付いたところでもう遅いけど。
 魔道具が入っているこの箱は、両手で持てるくらいの大きさでとても軽い。蓋付き、形は正方形で、パッと見はそれほど物が入らなさそうに見えるけれど、これは【マジックボックス】という収納用魔道具だ。見た目以上に物が入る便利グッズというやつ。

 箱に入る容量や追加機能によって値段が異なり、追加機能なしの標準タイプのものであれば、だいたいの人が家に常備している。
 追加機能は、鍵付けや魔力認証システム、時間停止などで、機能によって追加料金は異なるけれど、かなり高値になる。
 ちなみに、私の持っているマジックボックスは追加機能が盛々だけど、自作なので安い。魔道具が造れるってとってもお得だ。


「……おかしいな。これも違った」


 自作するとお得だからといって同じ形のものばかり造りすぎたか。お目当ての魔道具が全然見つからない。
 結構な広さがある部屋の床は、そろそろ魔道具で埋め尽くされそうである。けれど、魔道具の入ったマジックボックスはまだまだある。


「これ以上出すと足の踏み場がなくなって、部屋から出られなくなるかも」


 今から空いている部屋でも借りようか。でも、ここと同じように散らかしたら執事長に怒られるかもしれない。

(悩ましい……)

 コンコンッ――。

 ノック音が聞こえて、扉に顔を向ける。
 夕飯にはまだ少し早い気がするけど、誰だろうか。


「どうぞー」


 そう返したあと、静かに開いた扉の先にいたのは――


「ただいま。今日はいつもより早く帰って来たらしいが、どこか体調でも悪かったのか?」


 帰ってきて真っ直ぐここへ来たのか、団服姿のままのユリウスさんだった。


「おかえりなさい。ちょっと必要な魔道具があって、早く帰ってきて探してたんです」
「大丈夫か?」
「はい! 元気です!」


 私は部屋の奥にいるため、少し距離がある。床には魔道具が散らばっていてすぐには近寄れないので、元気の意を込めて手をブンブンと振ってみる。
 すると、ユリウスさんは「そうか」と、少しホッとしたように呟き――踏み出そうとした足を止めた。部屋の散らかり具合に気が付いたらしい。


「……すごい量の魔道具だな」
「あはは……。私も今日久しぶりに確認して驚いてます」
「すべてエルレインが造ったのか?」
「いえいえ。貰ったものとか、気になって買ったものもありますよ。まさかこんなにあるとは思わなかったですけど……」
「まだあるのか?」
「まだまだあります。全部の箱を開ける前に、探してる魔道具が見つかるといいんですけどねー」


 そう言って笑ってみるものの、本音は今すぐ見つかってほしい。もう疲れた。
 次の箱から出てこーい! と心の中で泣き叫びながら、近場の箱を手に取り、引っくり返そうとして――


「エルレイン」
「なんですか?」
「俺も手伝うから少し待ってくれ。すぐ着替えてくる」


 ユリウスさんからまさかのお手伝い宣言。

(神か……)

 ここ数年で一番感動した。
 けれど、ユリウスさんは仕事を終えて帰って来た身である。そんな人に手伝わせていいものだろうか。私の仕事なのに。


「……気持ちは嬉しいです。出来れば、ものすっごい手伝ってもらいたい……。でも、ユリウスさんはせっかく早く帰ってこれたんです。休んでください……」


(本当はめっちゃ手伝ってほしいけど)

 という心の声はなんとか飲み込む。
 ユリウスさんは常に忙しい身である。騎士団長だし。仕事の鬼みたいな副団長がいるし。
 最近は早く帰ってこれるけど、またいつ多忙になるかわからない。だからできるだけ、ゆっくりしてほしい。……これもちゃんと本音。


「エルレインと一緒にいたいだけだから気にするな。すぐ戻る」
「へっ?」


 パタンッと閉じられた扉を見つめて固まる。

(今なんか……なんか聞こえて……)

 でも聞き間違いかも、と思ってはみるものの、だんだん顔がかあぁと熱くなるのがわかって。手に持っていた箱がストンッと床に落ちる。そして――


「うあああ!! 一人残された側の気持ちも考えてーっ!!」


 真っ赤になっているだろう顔を両手で覆い、その場にうずくまるのだった。  




「ああ。ホーウェン侯爵家の壊れた封印扉の件か」
「あれ? 知ってるんですか?」
黒牙うちの副団長から聞かされてな」


 私が箱の中身をぶちまける少し横で、床に散らかしっぱなしの魔道具を別の箱に戻してくれるユリウスさん。ときどき気になるものを見つけては、「あとで詳細を教えてほしい」と言ってさらに別の箱に仕分けている。
 手伝ってくれているせめてものお礼に、欲しいものはなんでもあげよう。遠慮されたって押し付けてやるんだ。


「副団長さんは情報通なんですか?」
「いや……ん? 聞いてないか? うちのとホーウェン副団長は幼馴染みなんだ。仲良いぞ」


(……マジか)

 思わず顔が引き攣る。
 つまりこれは、もし私が何かやらかした場合、最速でユリウスさんに情報伝達される可能性があるということだ。内緒で何かやろうにも、グレンにバレた時点でユリウスさんにバレたも同然。

(うーわー気を付けよ……)

 さもなくば、前回のように魔術師団うちの団長に飛び火するかもしれない。……うん、確実にする。さすがに可哀想なので、思いつきで勝手に動くことだけはやめよう。守れる自信はないけど。


「探している魔道具はその封印扉に関係のあるものか?」
「うーん、今のところは一番有力ですかね? でも、一度も使ったことないので、ちゃんと作動するかどうか不安はあります」
「どんな魔道具なんだ?」
「小型式転移魔道具です。名前は確か……【手紙通信機】だったかな? 師匠と直接手紙のやりとりができる魔道具なんですけど」
「それは……すごいな」
「え? やりとり相手が師匠オンリーっていう微妙なものですよ?」


 そもそも、この魔道具の対象範囲内にいるかどうかも謎だし。たぶん、大半はいない気がする。
 だから、ユリウスさんがどうしてそんなに驚いているのか、不思議でならない。

 【転移魔道具】は、私が生まれるかなり前から使われているものらしい。
 ただ、転移魔道具を個人で所有している人は今でもほとんどおらず、各地に点在している商業ギルドに専用の窓口がある。なので、送りたい手紙や荷物などは商業ギルドを経由する必要があり、相手に直接送ることはできない。

 しかも、送れるものには規制があり、魔石が付いている、使われている物はすべてダメ。なんでも、転移魔道具に使われている魔石と反発を起こして爆発するらしい。そのため、魔石や魔石の付いているアクセサリー、すべての魔道具は陸海空のどれかで地道に運ばれるのだ。
 便利ではあるけれど、万能ではないのが転移魔道具。もっと便利になるように誰か改良してくれないだろうか。


「珍しいかもしれませんけど、そんなに大したものじゃ――」
「エルレイン」
「あ、はい」
「持ち運びができる大きさの転移魔道具は充分すごい」


 思いがけず真剣な顔で言われ、ビクッと肩が跳ねる。


「転移魔道具の難点といえば、自由に持ち運びができない“あの”大きさだ」
「あ……なるほど」


 そう言われて思い出した。
 転移魔道具はでかい。見上げるほどでかい。てっぺんまで見ようとすると、首を痛めるレベルででかい。

(そういえば、師匠にアレを転移魔道具だって教えてもらった時、本気で騙されてると思ったっけ。『そんな嘘には引っかからないもん』ってドヤ顔で言ったあとの、泣くほどバカ笑いした師匠を思い出すと、いまだにやっぱりむかつく……)

 幼き頃の悲しき思い出である。


「確かにあの大きさは移動には向きませんね」
「あぁ。持てないことはないが、場所を取りすぎるからな」
「…………」


 なんか今、軽い感じで『持てる』とか聞こえた気がしたけど、空耳だと思おう。もし聞き返して、『一人でも運べるぞ』とか言われたらなんかやばいので……。

 そもそも、転移魔道具はなぜ大きいのかというと。単純に、“魔石を加工せずに使っているから”である。
 では、なぜ魔石を加工しないのかというと。転移の魔法に適した魔石が大きく成長する種であり、“加工できないほど硬いから”である。
 結果。人数さえいれば運ぶことはできるし、“そのままの状態で使おう”ということになったらしい。泣く泣く妥協した感じだ。
 ちなみにこの魔石、成長しきると根元から自然と折れる。

 見た目は透明、透き通っていてまるでクリスタルのように綺麗な魔石で、その大きさもあってか異常に目立つ。
 それを利用してかどうかわからないけれど。王都の商業ギルドではこの転移魔道具をギルドのど真ん中に設置し、オブジェのような役割も果たしている。あそこまでいくと、最早ギルドの顔である。


「……あ。転移魔道具を小型化できたってことは、あの魔石を加工できたってことか」


 独り言のように呟くと、ユリウスさんはゆっくりと深く頷いた。その顔は、もっと早く気付いてくれと言わんばかりである。


「すいません……。あの魔石が加工できないってこと、すっかり忘れていて……」
「加工できることは知っていたのか?」
「いいえっ! 知らなかったです! ……その、結婚祝いにって師匠から貰ったんですけど。『ほらよ』みたいな感じでぽーんと投げ渡された挙げ句、口で簡単に説明されただけだったんで、“すごい”っていう感覚がなくてですね……」
「そんな軽い感じだったのか」
「むしろ適当でしたよ」


 サッと来て、サッと帰って行ったし。

(そういえば……“おめでとう”すら言われてないような?)

 ……いや、あのタイミングだとまだ、『王族のマジクソ野郎ッ!』と荒ぶっていた時期だったから言われなくてよかったかもしれない。たぶん喧嘩になっていた気がする。


「その魔道具を造ったのがエルレインの師匠なら恐らく大丈夫だろうが、あまり他言しないようにな」
「……バレたらうるさくなりますかね?」
「あぁ。主に王族の腰巾着共がな」


(言葉荒めのユリウスさんって珍しい)

 しかも相当嫌いなのか、眉間にも軽く皺が寄っている。

(……騎士団にいる時は、こんな感じなのかな?)

 前に部下の人がちらっと教えてくれたけど、仕事中のユリウスさんは全体的に怖いのだとか。無表情ならいいけれど、今みたいに眉間に皺が寄っている時は、副団長さんと他数名以外は近寄れないと言っていた。そういう場合は大抵、何かしらに怒っている時らしいと。

(つまり今も少し怒っていると。……思い出し怒りってやつかな)

 私もよく師匠の蛮行を思い出しては怒りがこみ上げるのでよくわかる。まあ、種類は少し違うかもしれないけど。

 とはいえ、ユリウスさんのように顔が整っている人というのは――

(眉間に皺が寄っていても絵になる。中途半端なイケメンの決め顔より遥かに強いな。……でも)


「怒ってない方が圧倒的にかっこいいのに」
「…………」
「もったいない」
「……かっこいいか?」
「え? ………………あ゛」


 慌てて両手で口を塞ぐがもう遅い。心の声が口から漏れ出ていたという大失態はもう隠せなかった。
 ユリウスさんがジーッと無言で見てくる。やめて、見ないで。


「エルレイン」
「はいっ!?」
「こんな顔で良ければ、好きなだけ見ていいぞ?」
「みぎゃっ!?」


 両手で包み込むように顔を掴まれて、向き合うような形にされる。
 ユリウスさんの眉間にはすでに皺はなく、淡い笑みが浮かんでいる。

(こ、攻撃力高…ッ)

 油断したら一瞬で消し炭案件だ。耐えきれず気絶したら、この瞬間の記憶は跡形もなく消し飛ぶだろう。それだけはわかる。
 だから、一刻も早くこの危険地帯から抜け出さなくては――


「エルレイン」
「はひっ!?」
「可愛い」
「ガッ」


 狙撃された。真正面から。心臓に一撃。息ができない。
 そんな“うっとり”以外の言葉が見つからない極上の笑みを。至近距離で。やめて。まだ生きたい。

(誰か。誰か助けて。私の心臓が。心臓が――爆発するッ!!!)

 私はこの日、改めて思い知った。
 日頃からクールな人ほど、その笑顔に高い攻撃力があること。
 感情のこもった笑顔には、殺傷能力が備わっていること。
 そして恋愛経験値が低い場合、自分の力では決して逃げ出せないこと――。

(こういうことへの耐性はいつになったらできるのーーー!!!)

 このあと。一分もしない内に、執事長が夕飯の準備ができたと呼びに来てくれたおかげで、気絶しかけていた私はなんとか事なきを得たのであった……。



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