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多忙夫に魔道具配達 編
24話 魔術師とお寝坊ドラゴン
しおりを挟む「うーん……。大丈夫かなぁ」
ユリウスさんが湖に潜ってから約数十分。
いくら規格外なユリウスさんでも、そろそろ戻ってきてくれないとさすがに心配になる。
だって、普通の人ならとっくの昔に戻ってきているような潜水時間なのだ。
「素潜りで問題ないって言われたけど、呼吸が確保できる魔道具渡した方がよかったかなぁ。もしもの時、私じゃ引き上げられないし。……泳げないから」
そう。何を隠そう私は、カナヅチである。
水に落ちたが最後、どれだけ頑張っても浮けた試しがない。とにかく沈む。それが私。
「大丈夫かなぁ。ちゃんと戻ってくるかなぁ」
湖の中を覗き込んでみたら何か見えるかもしれない。
でも、万が一という場合もある。絶対に落ちないとは言い切れない。だって私だから。
「…………でもやっぱり――」
確かめたい、と湖に向かって一歩踏み出した瞬間。
ザバァッ――。
「悪い。遅くなった」
息一つ切れていない、びしょ濡れのユリウスさんが戻ってきた。
ぱっと見た感じ、ケガもなさそうだ。
「遅いから心配したん――」
ザッパアアアァァン!!
「へっ?」
ユリウスさんの元気そうな姿に安堵して、近付こうと一歩踏み出した瞬間。
さっきとは比較にならないほど、大きな大きな水飛沫が上がる。
結果、頭上からバケツをひっくり返したような水が落ちてきて。ユリウスさん同様、私もずぶ濡れになった。
「――おい。勢いをつけて出てくるなと言っただろ」
思わずビクッと体が震える。
未だかつて聞いたことがないほど冷え切った声色。
思わず血の気が引きそうになるものの、ユリウスさんの視線が湖に向けられていることに気が付いて。私もつられるように湖へ視線を向ければ――。
「え」
ビシリッ、と体が硬直した。
目の前の光景に、思考も止まる。
(な、な、な……!?)
声も出ない。
餌を待つ魚のように口のパクパクも止まらない。
「お前のせいでエルレインまで濡れただろうが」
相変わらず冷え切った声色が怖いけど、今はそれどころじゃない。
湖から飛び出たソレから一瞬たりとも目が離せない。
(魔力溜まりがある以上、『三遣い』がいる可能性は確かにあったけど……でも…………この『ドラゴン』は……!!)
ゴクリッ、と生唾を飲み込む。
(蒼宝竜――『金のなるドラゴン』!!)
◇ ◇ ◇
(まさかこんなところにいるとはな)
湖から半身を出したドラゴンに視線を向けながら、ユリウスは小さく嘆息する。
――『蒼宝竜』というこのドラゴンは本来、海を渡った先にある島国を生息地としている。
キラキラと輝く鮮やかな青い鱗の一枚一枚に多大な魔力が宿っており、同じく魔力を宿す稀少な魔宝石の倍以上の価値を持つ。たった一枚の鱗でも、一生遊んで暮らせるだけの金銭が手に入ると言われている。
ただし、その鱗が剥がれ落ちるのは百年に一度と言われており、実際に手にできた者はほとんどいない。
鱗を無理矢理剥がそうとする馬鹿はやはりいるが、生きて帰ってきた者はいないという――。
誰もが、当たり前だろうと何度も頷く話である。
『聞いていた通り無愛想だね~、キミ~』
「…………」
なんともまあ緊張感のない間延びした声で話しかけられ、ユリウスの顔からは微かな表情も消え失せる。
実はこの蒼宝竜、運が悪いことにユリウスと親交のある『とある竜』のコミュニティメンバーの一体。
湖の中で目が合った瞬間に「あ~! 噂の子~!」となぜかバレて声をかけられた。
そろそろ本気でプライバシーの保護について考えたい。
「なぜこんなところにいたんだ」
『え~とね~、散歩してたら思ったより遠くに来ちゃって~、疲れたからここで休憩してたんだ~』
そしてつい寝すぎたと――。
そうのたまったドラゴンを、ユリウスは呆れ眼で見つめる。
魔力溜まりとは、数日そこらで出来上がるものではない。
最低でも一ヶ月はずっと同じ場所にいる必要がある。
つまりこのドラゴン、一ヶ月以上前からここで『休憩』していたことになる。
「住処でもない場所に長く留まるのは良くないことだとわかっていただろ」
『え~? 人間の言う一ヶ月なんて~、ボクからしたら一日と同じだよ~』
「…………」
ふざけた発言に、ユリウスは本気でイラッとした。
お前らの尺度でモノを測るなと。
「今すぐ自分の住処へ帰れ。邪魔だ」
『ひっど~い、冷た~い、人でなし~』
「うるさい」
『ふ~んだ~。そんなんじゃ~、せっかくできたお嫁さんに嫌われちゃうんだから~』
「…………」
ちょっと小馬鹿にしたような言い方に、さらに腹が立つ。
剥がれ落ちる予定のないその鱗を引き剥がしてやろうかと手が疼く。割と本気で。
『そんなんで本当に大丈夫なの~? もう愛想尽かされてるんじゃないの~?』
「黙れ。お前らと同じ扱いをしているわけないだろ。鱗剥がすぞ」
『やだよ~! 鬼畜~!』
ぶうぶう文句をたれるドラゴンを無視して、ユリウスは固まって動かないエルレインの元へと向かう。
自分と同じくずぶ濡れの彼女を見て、
(エルレインが風邪をひいたら必ず鱗を剥がしてやる……)
と、心に決めるユリウスであった。
◇ ◇ ◇
「悪い。寒いだろう。こうなるから大人しく出てこいと言ったのに……」
蒼宝竜との会話を終えたらしいユリウスさんが、濡れて額に張り付いていた私の前髪をよけながら謝ってくる。
確かに突然の登場に驚きはしたけど、怒るほどのことでもないので「大丈夫です」と笑いながら首を横に振った。
「タオルはあるか? このままだと風邪をひく」
少しひんやりしている私の頬を触りながら、なんとなくしょんぼりしているように見える。
(ユリウスさんは悪くないんだから気にしなくていいのに)
優しい人だなぁと、ちょっと嬉しくなりながら、
「魔法で乾かせるので大丈夫ですよ」
と告げて、風魔法で自分とユリウスさんの髪や服を一気乾かす。ちょこっとだけ火魔法も混ぜたので、乾き上がりはポカポカとして暖かい。
「すごいな……。ありがとう、エルレイン」
「い、いエッ」
淡く微笑まれて思わず声が裏返る。
不意打ちはずるい。
心臓にも悪い。
(顔まで火照ってきた)
パタパタと手で扇ぎながら、呼吸を整える。
「そ、それにしてもっ! 湖の中に蒼宝竜がいたなんて驚きですね!」
「生息地は遠くの島国だからな」
「……この前のボタニルドラゴンと同じ『加護持ち』ですか?」
「あぁ。実は――」
「なるほどー。蒼宝竜さんが一ヶ月以上ここで休憩していたから、魔力溜まりができてしまったと」
理由を聞いてこれは本当になるほど。
それだけ同じ場所に留まれば、確かに魔力溜まりができてもおかしくない。
(一ヶ月以上の長い期間を『一日と変わらない』と言うところがまたドラゴンらしいなぁ)
そして今回、アラームケロンが異常繁殖した原因もこの魔力溜まりによるものだとわかった。
この湖で質の良い魔力をたんまり体に蓄えることで、繁殖量も繁殖スピードも劇的に上がったのだろう。
本当に運が悪かったとしか言いようがない。
「コイツには今すぐ出て行けと言ったから問題ないだろう」
ユリウスさんの背後で不満そうな蒼宝竜さんが見えるけど、何も言わない方がいいのかな……。
「でも、溜まった魔力が完全に消えるには少し時間がかかりますよ?」
「……エルレイン。この結界魔道具を借りることはできるか? 湖から魔力が消えるまでの間なんだが」
そう言われて、「あ、なるほど」と理解する。
つまり、魔力溜まりが消えるまでこの湖を結界魔道具で囲って、アラームケロンや他の魔物が近付かないようにしたいということか。
特に使う予定はないので貸し出しても問題はないだろう。
預け先はユリウスさんだし。
「ぜひ使ってください」
「悪いな。ありがとう」
「い、いえっ」
ユリウスさんにお礼を言われるのは、やっぱりちょっと嬉しい。
「結界を一度解除してもらってもいいか。コイツを追い出すのに」
……ユリウスさん。蒼宝竜さんがとっても不満げな顔で睨みつけてますよ……。
指摘しようかしまいか迷いながらも、万が一結界を壊されると魔道具も壊れてしまうので、急いで結界を解除する。
(それにしても……)
太陽の光を浴びて、まるで宝石のようにキラキラと光り輝く青い鱗は本当に――
「綺麗だなぁ」
思わず笑みがこぼれた。
『グルルルル』
「っ!?」
ぬぬーっと、蒼宝竜さんの顔が近付いてくる。
突然のことに驚いて、その場で動けず固まっていると――すりすり。
『グルル~』
頬に、少しひんやりとしたすべすべつるつるな感触。
「え……?」
ポカンとする中、蒼宝竜さんが私の頬に優しく顔を擦り寄せているのだと気付く。
(び、びっくりした……! ど突かれるかと思った……!)
心臓がこれでもかーってくらい、バックンバックン脈打っている。
鱗貰えないかなぁ、とかいう邪念を見透かされたのかと思った。超焦った。
(……なんだろう。この感じ、あの小さいドラゴンたちを思い出すんだけど……。蒼宝竜さんってまだ若いのかな?)
仕草が幼いというか、子供っぽいというか。なんだか可愛らしいような……。
リーン村で会ったボタニルドラゴンとは雰囲気がかなり違う気がする。
なんというか、狼と子犬くらい違う。
動物で例えるのはちょっとどうかと思うけど。
(撫でても怒らないかな?)
そろ~、と手を伸ばして顎の下辺りを撫で撫で。
『グルゥ~』
あ、これはたぶん喜んでる気がする!
嬉しくて思わず笑みがこぼれ――
「余計なことしないで早く行け」
ドゴッ、と鈍い音を立てて、なぜかユリウスさんが蒼宝竜さんにワンパンチ。
『グギャッ!』
「早く帰れ」
蒼宝竜さんの不満な鳴き声も気に留めず、シッシッと手で払うような仕草をするユリウスさん。なんだか機嫌が悪そうだ。
(どうしたんだろう?)
ユリウスさんを見つめながら首を傾げていると、蒼宝竜さんはふわりと飛び上がり――
『グルゥ~』
私を見つめながら上機嫌そうに鳴いた後、あっという間に飛び去って行った。
「蒼宝竜さん、最後になんて言ってたんですか?」
「よく聞こえなかった」
……なんて。不機嫌オーラを纏いながらそう言うので、聞こえていたことは確定した。
(そのうち教えてもらえたらいいなぁ)
と、つい笑ってしまいながら、もう一度結界を張り直したのだった。
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