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新妻逃げ旅 編

7話 魔術師の自業自得

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(つ、疲れた……。今日の動悸と息切れは、一段と激しかった……)

 再会し抱き締められること数分後。
 ようやく離してもらえた頃には、私のマインドはほぼゼロに近く。情けないことに立つことさえままならなかったため、今はユリウスさんに背負われている状態である。

 そして、なぜかユリウスさんは横抱き――お姫様抱っこをしたがったけど、そこは断固拒否させてもらった。これ以上、寿命を縮めるわけにはいかないからだ。……とはいえ、背負われている今の状態でも、胸の辺りがどことなくソワソワしているのは間違いなかった。

(あー。落ち着かないー。心臓もうるさいー。恥ずかしいー。…………もう下りたいっ!!)

 でも、自分の力で立っていられないのだからどうしようもない。 
 それに、私たちは一応、書面的には夫婦なのだ。新妻が……旦那様に甘えることの何がいけないのか。

(そ、そう! 私たちは夫婦なんだから! お、おんぶくらい、普通のことなんだからっ!)

 と、羞恥心から逃げるため、心の中で苦しい言い訳をする。必死に。
 すると、そんな私の内情を知らないユリウスさんから、


「肩に手を置いているだけだと不安定だ。首にしっかり腕を回して体を預けてくれ」


 そう言われてしまったため、私は大人しくユリウスさんの首に両腕を回し、体を預けるようにして抱き着いた。なるようになれ精神である。

(……こうしてみるとわかるけど、ユリウスさんって結構いい体格してるよね)

 思考を明後日の方向に飛ばし、ふと思う。
 もともと頭一つ分違う身長差で、ユリウスさんの大きさはなんとなくわかっていたつもりだった。でも、こうして背中に乗ってみると、自分とはまるで違うとわかる。

 まず、背負われた安定感がすごい。目に見えないおんぶ紐があるのでは? と疑いたくなるほど、体が下にずり落ちず、その場で固定されている。
 ユリウスさんは「不安定だから首に腕を回してくれ」と言った。でも正直、肩に手を置いたままでも大丈夫だったのではなかろうか。
 少し聞いてみたい気もするけど、下手こいて横抱きにされるのは嫌なのでやめておく。

(騎士だから、やっぱり鍛え方が違うのかも。それか……【スキル持ち】とか)

 この国における【スキル】とは、日々の生活の中で偶発的に発現する、謎の恩恵。「神様の贈り物だ!」と言う人もいれば、「妖精や精霊の悪戯じゃない?」と言う人もいたり。とりあえず、「発現したら運がいい!」とされるものである。
 ちなみに、冒険者業をしている人の方がスキルを発現させやすいのだとか。

 そして話を戻すと、ユリウスさんはいい体格はしているけど、決してゴリゴリのマッチョというわけではない。
 この間、ついつい見てしまったユリウスさんの半裸は、細すぎず太すぎない……なんともエロい体つきだった。
 だからこの腕力は純粋な筋力ではないと推測する。

(そういえば、数百キロの大型魔獣を蹴り飛ばしたっていう噂があったような…………これ、絶対スキル持ってるな)

 ユリウスさんの腕辺りに視線を定める。身体強化系のスキルはかなり報告されているけど、ユリウスさんは一体何を持っているのだろう。
 部位ごとか、それとも全身か。
 私の予想では、投げ飛ばしと蹴り飛ばしが出来るという点で、全身一択だ。

(でも、全身の身体強化系スキル【怪力】、稀少中の稀少。冒険者の中でも上級以上しか持ってないって聞くけど)

 たとえば、腕の身体強化系スキル【剛腕】はわかりやすく言うと、力持ち。これは、力仕事系の職に多く、重宝される。でも、あくまで腕だけなので、他の部位は常人並みだ。

 そして、全身の身体強化系スキル【怪力】。そのすべてが凶器の規格外スキル。指でつついただけでも岩石が割れる(個人差あり)。でも、力の制御が難しく、触れた物をバカスカ壊す迷惑スキルの一面も持っている。

(うわー。詳しく聞いてみたいー)

 魔法だけではなく、スキルもそこそこ好きな私である。
 けれど、いくら妻だとはいえ、そう簡単に保有スキルを教えてもらえるとは思っていない。
 そもそもこの国では、保有スキルを報告する義務がないのだ。
 それこそ、稀少スキルや特殊スキルを持つ場合、周囲に知られすぎると狙われる可能性が出てくる。よほどの馬鹿でない限り、自ら言いふらしたりはしないものだ。それに、スキル持ちであることさえ、隠す人たちもいる。

(そういう私も、秘密にしておきたいスキルは持ってるし。だから……探るのはやめておこうかな)

 夫婦だからと、相手の一から十まで知ろうとするのは良くない気がする。自分から進んで話してくれるのならともかくとして。
 きっと、誰にだって触れられたくない部分はあるだろう。
 それこそ私たちはまだ、結婚して一ヶ月ほどの新婚夫婦である。
 完全な信頼を置くには早すぎる。

(夫婦って、どれくらいの時間が経てば家族になれるのかな?)

 たぶんそこに、正確な答えはないのだろう。
 結婚してすぐ家族と認められる人もいれば、長い時間をかけてようやく認められる人もいる。なかには、子供が生まれて家族になれたと思う人もいると聞く。

(私やユリウスさんの“家族の基準”って何になるのかな?)


「――エルレイン」
「え、あ、はいっ」
「大丈夫か?」


(……もしかして、心配されてる?)

 労りを感じる優しい声色に、ふとそんなことを思う。
 たぶん、背負われてからずっと無言でいたせいで、体調が悪いと誤解されたみたいだ。
 実際にはしょうもないことを考えていただけだったので、少しだけ罪悪感が。
 とりあえず、その心配を払拭できるように、明るめに返してみる。


「大丈夫です! すこぶる元気ですよ!」
「……そうか」


 返ってきたのは、一見素っ気なくも感じる短さ。でも、私の耳にはどこかホッとしたような安堵も混ざって聞こえて。大切に思ってくれているようなその気遣いに、つい頬がゆるむ。

 結婚生活が始まった日から今日までに感じた、ユリウスさんの優しさ。それは、養父母の穏やかで温かなものとは少し違い。こちらがつい照れてしまうほど、甘くて柔らかいもの。
 ほんの一ヶ月前までの私は知らなかった、別の優しさ。

(私も同じだけのものを返していけたらいいのに)

 どんなことをすれば、ユリウスさんが喜んでくれるのかわからない。でも、この結婚生活の中で、ユリウスさんのことを少しずつでもわかっていけたら……。そんな気持ちは少なからず持っている。

(でもまずは、あの色気に耐性をつけるのが先!)

 そう。今は幾分、抑えられているユリウスさんの色気。このくらいであれば、私の心臓もそこそこ穏やかでいられる。でも、いつもこうという訳ではない。残念ながら。

(本人に自覚はないんだろうけど。……いつもこれくらいなら、まだなんとかなるんだけど)

 遠い目をしながら、心の中でアハハーとほぼ諦めたように笑う。
 正直な話、耐性をつけるよりも、色気をシャットアウトできるような魔道具を作った方が早いのでは? と思うのは気のせいだろうか。


「エルレイン。少しいいか」
「エッ」


(あ、あれ……?)

 さっきまでの優しさは、どこへ?
 そう思わずにはいられない、地の底から響くような低い低い声。
 顔は見えないけれど、絶対に怒っているだろうその声音に、私の体はぷるぷると震え、口は声を出せずにぱくぱくと動くだけ。
 そして――。


「何も言わずに一方的な置き手紙だけを残して出ていった……その言い訳でも聞こうか?」


(…………デスヨネー!!)

 会った時から今の今まで優しかったので、すっかり油断していたアホな私。世の中、そう都合良く進むわけがなかった。


「包み隠さず、ご説明致します……」


 とりあえず事を荒立てないために、大人しくお縄に付くことにした。



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