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第二章 近づく距離と彼女の秘密
6-8 ささやきに耳を傾けて
しおりを挟むまだ、信じられない。
彼女に「好きだ」と伝えたことも。
それを拒絶されるどころか、「好き」で返されたことも。
彼女が、『殺されたい』と思うほどに自分を想っていてくれたことも……
だから汰一は、蝶梨にこう尋ねることにする。
「……なぁ、彩岐」
「……ん?」
「念のための確認だが…………彩岐の『好き』って、『ライク』の方だったりしないよな?」
「そっ……そんなの、『ラブ』の方に決まって……!」
「うーん、やっぱり信じられないな……もしかすると俺は『ライク』と『ラブ』の意味を逆に覚えているのかもしれない。ちょっと家に帰って辞書の確認を……」
「合ってるよ! ちゃんと、その……お付き合いしたいって意味だから……っ」
「……お付き合いするのか? 俺たちは」
「えっ……しないの?」
「いや、したい。めちゃくちゃしたいんだが……恐れ多すぎてまったく実感がわかない」
「……こんなにぎゅってしてるのに?」
「……確かに」
二人は笑いながら、身体を離す。
そして、汰一は蝶梨の手をきゅっと握り、見つめる。
「……彩岐さん」
「はい」
「俺と、付き合ってください」
「……はい。お願いします」
「うわ……本当に俺なんかでいいのか?」
「……刈磨くんじゃなきゃダメです」
「うぅ……可愛い……」
「や、やめて。恥ずかしい……」
手を取りながら、互いに赤面する二人。
しばらくの悶絶の後、気を取り直すように見つめ直し、
「前述の通り、俺は彩岐が好きなので、本当に殺すことはできかねるのですが……そこは大丈夫でしょうか」
「も、もちろんだよ。私も想像を楽しむだけで、本当に死にたいとは思っていないもん。自殺願望があるわけでもないし。ただ……」
「……ただ?」
「……私が病気とか寿命で、もう助からないってなった時は……最期に、刈磨くんの手で殺してもらいたいな……なんて、思ったりはする」
そう語る彼女の瞳が、ギラギラとした光を孕む。
これは……想像以上に根が深い癖なのかもしれない、と。
汰一は背筋をゾクゾクさせながら、そんな危うさにますます魅了される。
「……わかった。そうなった時は……俺が殺してあげる。だから、それまで一緒に長生きしような」
……って、これじゃまるでプロポーズじゃないか。
と、汰一は気恥ずかしさを覚えるが、それを聞いた蝶梨は……
「ほんと?! ど、どんな風に殺してくれるの……?!」
汰一にぐいっと身体を押し付け、物凄い勢いで食い付いてきた。
性癖を暴露して本領発揮、といったところか。そんなところも好きだと思いながら、汰一は聞き返す。
「……逆に彩岐は、どんな殺され方がいいの?」
「えぇと……やっぱり刈磨くんの温もりを感じられる系がいいかな」
「温もり?」
「そう。一番いいのは手で首を絞められるの。あと、さっきみたいにぎゅうってされるのも幸せだから……圧死もいいかも」
「……彩岐。残念なお知らせなんだが、彩岐が寿命で死ぬ頃には俺もじいさんだから、絞殺ならまだしも、抱きしめて殺せるような腕力は、恐らくない」
「そ、そんな……!」
「というか、今でも無理だな、きっと」
「えっ、そうなの?!」
「そうだよ。俺はゴリラじゃない」
「そんなぁ……でもやってみなきゃわからないよね? ほら、もう一回ぎゅってして! 殺すつもりで!!」
期待の眼差しで、ばっ! と両手を広げる彼女に、汰一は思わず半眼になるが……
……まぁ、思いっきり抱きしめていいと言うのなら、吝かではない。
恋人というオフィシャルな立場を……存分に楽しませてもらうとしよう。
んんっ。と、汰一は一度咳払いをし。
「……では」
ニヤけそうになる顔をキリッと引き締め、再び彼女を抱き締めた。
ふわりと漂う甘い香り。
肌に張り付いている、濡れたブラウスの感触。
その奥からじんわり伝わってくる体温と……隠し切れない柔らかさ。
控えめながらもしっかりと存在を主張する膨らみが、汰一の胸板に押し付けられ、むにゅりと形を変えている。
やはりこれは、夢なのではないか……?
でなければこんな幸せ、罰当たりすぎる……
……と、汰一が彼女の感触をしみじみ味わっていると、
「そ、そんなんじゃ全然死なないよ……もっと強く、押し潰す勢いでぎゅってして……?」
……という、甘い声が耳元で囁かれるので。
汰一は、いよいよ鼻血が出そうになるのを堪えながら、
「……じゃあ、思いっきりいくぞ?」
そう断りを入れ。
抱き締める腕に、力を込めた。
直後、蝶梨が「んっ」と声を上げる。
「ほら、苦しいだろ? やっぱり無理は……」
「だめ、もっとして……?」
「えぇ……こ、こうか?」
「あぁ、しゅごっ……肋骨折れちゃいそ……っ」
「それは駄目だ。もうこれくらいに……」
「いやっ、このまま息の根止めて……? 刈磨くんの腕の中で逝きたい……っ」
「ちょ……んなコト耳元で聞かされたらやばいって……!」
などと、蝶梨より先に汰一の理性が死にかけた……その時。
「────グルルゥ」
蝶梨の甘い声の合間に、獣の呻きのような声が聞こえる。
「だから、そんな変な声出されたらもう我慢の限界が……って、え?」
汰一はハッとなり、彼女の背後に目を向ける。
と……
「なっ……なんだ、こいつら……」
そこにいた異形の姿に、汰一は…………目を見開いた。
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