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第二章 近づく距離と彼女の秘密
6-7 ささやきに耳を傾けて
しおりを挟む雨粒が木の葉を叩く、「ザー」という音が響き渡る。
まるで、電波の入らないラジオを延々と聴かされているようだった。
言ってしまった。
彼女に、「好きだ」と。
言うつもりはなかった。
ただずっと、密かに想うことができれば、それで幸せだと思っていた。
しかし、自分自身を否定し、涙する彼女を見て……
そんなことはないと、こんなにも君を想っている人間がいるのだと、伝えたくなってしまったのだ。
「……急にごめん。ただ、俺は絶対に彩岐を嫌いにならないって伝えたくて……彩岐に、"本当の自分"を否定してほしくないんだ」
汰一の告白に、蝶梨は潤んだ目を見開き、言葉を失っている。
驚かせてしまったことを申し訳なく思いつつも、汰一は続ける。
「そんなに自分を責めるなよ。自分を押し殺してきた彩岐が、ようやく見つけた"本心"なんだろう? なら、そこには彩岐の想いや経験が詰まっているはずだ。俺はそれを、決して否定したりしない」
そして、精一杯の優しい笑みを浮かべ、言う。
「言いたくないのなら、無理に言わなくていい。でも、これだけは覚えておいてくれ。ありのままの彩岐を受け入れてくれる人は、絶対にいる。少なくとも俺は、初めて会った時から彩岐が好きだったけど……"素"の彩岐を知れば知るほど、もっと好きになったよ」
ずっと胸の内に留めていた想いを打ち明け、心が軽くなるのと同時に……
汰一は、この関係性が終わってしまうことを、静かに認識し始める。
こんなことを伝えれば、当然今までのような関係ではいられない。
彼女は、振った男と友人を続けられる程、無神経ではないから。
それでも、不思議と後悔はなかった。
彼女は『ときめきの理由』を見つけられたようだし、自分もずっと抱いていた恋心を伝えることができた。
『"厄"を祓うために側にいる』という使命も、この町の地主神が見つかるまでの一時的なものに過ぎない。同じ校舎内にいられればカマイタチが十分に役目を果たしてくれるし、"ただのクラスメイト"という関係性に戻ったところで支障はない。
そう。これでよかったんだ。
振られたとしても、この気持ちを伝えることで、少しでも彼女を肯定できるのなら……
"本当の自分"を受け入れる後押しができるのなら、それでいい。
"素"の彼女は本当に可愛いから、きっと周囲に受け入れられるだろう。
見つけたという『ときめきの理由』も、心を許せる誰かに打ち明ければいい。
その相手が自分だったなら、なんて考えそうになるけど……こんな自分がずっと彼女の側にいられるなんて、初めからあり得ない話だった。
独占欲を抱くのは、ここでおしまいだ。
せっかく彼女に選んでもらった苗だけど……
やっぱり、一人で植えることになりそうだな。
と、汰一がビニール袋の中のストレプトカーパスに目を向けた……その時。
「…………私も」
ぽつりと、蝶梨が呟く。
雨音にかき消され、聞き取ることができなかった汰一が「え?」と聞き返すと……
彼女は、手にしたタオルをぎゅっと握り締め。
濡れた瞳で、汰一を見つめながら、
「私もっ…………刈磨くんのことが、好き……っ」
振り絞るように、そう言った。
ザーザーという雨音が、ノイズのように響き渡り……
汰一の思考も、その音とリンクし乱れる。
……待ってくれ。
彼女は今、何て言ったんだ……?
理解できずに硬直していると、蝶梨が続けて、
「好きなの、刈磨くん……初めて見た時から、ずっと……」
そして、涙をぽろぽろと溢しながら、
「だから言えないの……刈磨くんのこと好きだから、言えないんだよ……っ」
そう言って、堰を切ったように泣き始めた。
信じられない気持ちを抱きつつも、汰一はその泣き顔に居ても立ってもいられなくなり、
「な、泣かないでくれ。ほら……大丈夫だから」
彼女の手からタオルを取ると、頬を伝う涙を拭ってやる。
蝶梨は、ひくひくと肩をしゃくり上げながら、優しく宥める汰一を見つめ……
「……っ」
ぎゅっ……と。
汰一に、抱き付いた。
突然のことに、汰一は心底驚きながら、それを受け止める。
雨に濡れたブラウスが、冷たく密着する。
しかし次第に、服の奥にある温もりと、強く脈打つ鼓動が伝わってきて……
汰一は、彼女の想いが本物であることを実感する。
どうしてこんな自分のことを好いてくれたのかはわからない。
だが、自分の肩に顔を埋め、子どものように泣きじゃくる蝶梨に、汰一はどうしようもない愛しさを覚え……
彼女の背中に、そっと腕を回した。
「……俺、たぶん彩岐が思っているよりずっと、彩岐のことが好きだよ」
優しく言い聞かせるように、汰一は自分の想いを紡ぐ。
「……嬉しかったんだ。普段はクールな彩岐が、俺にだけ素顔を見せてくれて……俺だけが彩岐の本当の顔を知っているんだって、独占欲に浸ってた」
そのまま、彼女の髪をそっと撫で……
耳元で、囁く。
「嫌いになんて、なるはずがない。ずっと、ずっと君だけを見てきた。他には何もいらない。だから……誰も知らない彩岐の心を、俺にだけ見せてくれないか?」
その言葉に、蝶梨はぴくっと身体を震わせる。
汰一の背中に回した手がぎゅっと握られ、啜り泣く声が止まる。
そのまま、蝶梨はしばらく黙り込むが……
やがて、覚悟を決めたように息を吸って。
ぽつりぽつりと、語り始めた。
「…………私、おとぎ話のお姫さまに、憧れていたの。王子さまと幸せに暮らす、可愛いお姫さまに」
「うん」
「でも……おばあちゃんが死んで、おじいちゃんが悲しんでいるのを見て……どんなに幸せな夫婦も、必ず死に別れるんだって気付いた。それはきっと、物語のお姫さまも同じだって」
「……うん」
「だけど、どのおとぎ話を読んでも、お姫さまがどんな風に王子さまと死に別れたのかまでは描かれていなかった。それで、考えた。どんな死に方が、一番幸せだろうって」
「……うん」
「その答えが出ないまま、高校生になって……中庭で、花壇の手入れをする刈磨くんを見つけた」
「……俺を?」
「そう。ちょうど、一年前くらい。刈磨くんが、雑草を抜くのを見た瞬間……すごくドキッとして、目が離せなくなった。どうしてそうなったのか、理由が知りたくて、刈磨くんのことを……ずっと覗き見していた」
「……うん」
「それで、刈磨くんと仲良くなって……映画を観たあの日、刈磨くんにネクタイで首を絞められて、ようやく気付いたの」
「……何に?」
「私は、刈磨くんのことが好きで………それで……」
「…………」
「……ずっとずっと、好きな人に………………こっ、殺されることを望んでいたんだ、って……っ」
蝶梨の声が、これ以上ないくらいに震える。
そして、その細い喉を、こくんっと小さく鳴らし、
「つまりね、私は…………刈磨くんに、殺されたいの。刈磨くんに、私の命を……すべてを握っていてほしい。そのことを想像するだけで、ドキドキして、身体が……たまらなく熱くなるの……っ」
吐き出すように、思いの丈を打ち明けた。
彼女が内に秘めていた想い。
その全てを聞いた汰一は、驚愕するが……
同時に、ようやく腑に落ちたような納得感を抱いていた。
映画にせよゲームにせよ、蝶梨は生死に関わる場面であの反応を見せていた。
酷く痛めつけられるのが好きなのか、あるいは命の危機に晒されるようなスリルを求めているのか。そのどちらかなのではないかと予想していたので、あながち大はずれでもなかったわけだが……
まさか、『好きな人に殺されること』を理想とし、その『好きな人』こそが、他でもない自分だったなんて……
そんなことまでは、想像できなかった。
「ごめんなさいっ……気持ち悪いよね、こんなの……刈磨くんに『好き』って言ってもらう資格ないよ……っ」
再び涙声になりながら、汰一から離れようとする蝶梨。
しかし、それを、
「何言っているんだよ」
ぎゅうっ……と。
汰一は、引き留めるように抱き締めて。
「俺に命を握っていてほしいだなんて……
…………そんなの、可愛すぎるだろ」
そう、はっきりとした口調で言うので。
蝶梨は、「へっ?」と素っ頓狂な声を上げる。
「かっ、可愛い……?」
「そうだよ。要するに、雑草やゾンビやたい焼きに自分を見立てて、俺に抜かれたり撃たれたり齧られたりするのを想像してハァハァしていたんだろ? 何その発想……可愛い以外の何者でもない」
「えぇっ?」
「ほらな。嫌いになるどころか……やっぱり彩岐のこと、もっと好きになった」
言って、汰一は蝶梨の肩に手を添え、身体を離す。
そして、泣いて赤くなった彼女の目を、じっと見つめる。
涙に濡れた、長い睫毛。
戸惑うように揺れる、黒い瞳。
薄く開いた、赤い唇。
ほんのり染まった、白い頬。
その全てが愛しくて。
この世のものとは思えないくらいに美しくて。
嗚呼、やはりどうしようもなく、彼女に恋をしていると……
汰一は、ため息を溢して。
「…………好き」
そう、独り言のように囁いた。
その途端、蝶梨は頬を赤らめ、
「う……わ、私も、好きぃ……っ」
受け入れてもらえたことに安堵したのか、顔をくしゃりと歪め、泣き始めた。
その泣き顔が可愛くて……汰一は再び、彼女を抱き締めた。
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