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第二章 近づく距離と彼女の秘密
6-5 ささやきに耳を傾けて
しおりを挟む──木が群生するその場所は、右折してしばらく進んだ先にあった。
が……そこは彼らが期待していたような『公園』ではなく。
「…………」
汰一と蝶梨は、はたと立ち尽くし、その場所を見つめる。
真っ直ぐに伸びた、灰色の石畳。
そこに、鬱蒼と生い茂る木々が暗く影を落とし、奥に何があるのか見えない。
そんな、少し薄気味悪い場所だった。
一体ここは何なのか。それを示す唯一の手がかりが……
「……神社?」
「……かなぁ」
汰一と蝶梨は交互に呟きながら、頭上を見上げる。
赤い塗装の剥がれた、古い鳥居。これがあるということは、恐らくここは神社の入り口なのだろう。
「残念。公園じゃなかったな」
「うん……なんだか随分と手付かずな雰囲気の神社だね」
「あぁ。雑草も伸び放題だし、宮司がサボってんのかもな」
さて、どうしたものか。
と、汰一はぐるりと周囲を見回す。
確かに、段々と雲が増えてきていた。時折湿っぽい風も吹く。降られる前にどこかへ座って食べたいものだ。
「……ん?」
ふと、彼は道路沿いの歩道に青いベンチが置かれているのを見つける。
横に時刻表らしき案内板が立っていることから察するに、バス停のようだ。
自転車を押し近付くと、案の定時刻表が掲出されていた。
現在の時刻の列を見てみるが……しばらくバスは来なさそうだった。
「彩岐、ここへ座らないか?」
未だ神社の入口を眺める彼女に呼びかけると、ぱたぱたとこちらへ駆け寄って来る。
「ここ、バス停? いいのかな、座っちゃって」
「しばらくバスは来なさそうだから、少し食べるくらいなら大丈夫だろ。誰か来たら退けばいい」
歩道の端に自転車を停め、二人は並んでバス停のベンチに座る。
袋から取り出したたい焼きは、いまだ熱を残しほかほかとしていた。
「おぉ、まだ温かい。猫舌な彩岐が舌を火傷しないか心配だな」
「もう、これくらいなら大丈夫だよ」
などと軽口を叩いてから。
「それじゃあ、彩岐の強運に感謝して。いただきまー……」
……と、口を開けたところで。
汰一は……真横から熱烈な視線を感じ、固まる。
ギギギ、と首を捻り、恐る恐る見てみると……
蝶梨が、穴が開きそうな程の熱い視線で、彼を見つめていた。
しかも、例の如く「ハァハァ」と荒い息を溢していて……
汰一は一度開いた口を閉じ、蝶梨に呼びかける。
「……彩岐? 食べないのか?」
「えっ?! あ、その、刈磨くんはたい焼きをどこから食べるのかなぁーって思って……」
……そういえば、さっきもそんなことを言っていたな。
汰一は不思議に思いながらも、手の中のたい焼きを掲げ、答えを告げる。
「そりゃあ……普通に頭からだけど」
「あっ、頭から……!」
バッ! と口元を押さえ、顔を真っ赤にする蝶梨。
「頭から……がぶって、齧り付くの……?」
「そうだけど……まさか、いつもの『ときめき』か?」
「う゛っ…………うん。そう、かも」
顔を赤らめ、恥ずかしそうに俯く蝶梨。
やはりか……と、汰一は目を細める。
相変わらず発動条件は不明だが……今回は、蝶梨自身がこうなることを予期していたようだ。
だからこそ、たい焼きをどこから食べるのかを楽しみにしていたのだ。
と、いうことは……
汰一は、彼女の方に向き直るように座って、
「じゃあ……食べるから、見てて」
そう断りを入れてから……
──がぶっ。
と。
たい焼きに、頭から齧り付いた。
カリッとした、小気味良い食感。
それから、口の中に広がるブルーベリージャムの酸味ある甘さと、クリームチーズの濃厚さ。
その二つが香ばしい生地と合わさって、絶妙なハーモニーを生み出している。
だが……
今の汰一には、残念ながらその味を堪能する余裕はなかった。
何故なら、
「ふ……っ」
汰一が齧り付いた瞬間、蝶梨が押さえた口から吐息を漏らしたから。
身体をピクリと震わし、何かに耐えるように目を閉じる彼女。
その目が再び開き、視線が交わるのを待ってから……汰一は、次の一口を頬張る。
「んっ……」
とろんと潤んだ瞳と、上気した頬。
その表情を真っ直ぐに見つめ、汰一は見せつけるように食べ進める。
ゆっくりと焦らすように歯を立てると、「んんっ」と唸りながらピクピク震え……
ブチィッ、と勢い良く食いちぎれば、「ぁっ」と小さく啼いて、身体をビクンッと痙攣させる。
そんな艶かしい蝶梨の反応に……
汰一は、たい焼きから口を離し、
「……彩岐」
そう、落ち着いた声で呼びかける。
いまだ熱に浮かされた顔で、蝶梨が「え?」と聞き返すと……
汰一は、真剣な表情で彼女を見つめ、
「この動きにときめくのを予想していたということは………… 『ときめきの理由』 に、心当たりがあるんじゃないか?」
そう、尋ねた。
瞬間、とろんとしていた蝶梨の目が、ハッと見開かれる。
「今回も、このたい焼きの方に感情移入しているんだよな? つまり……俺に食べられることを想像して、ときめいている」
「そ、それは……」
「仮説でもいい。どうしてこの動作にときめくのか、思い当たる理由があるのなら……教えてくれないか? 彩岐の、『ときめきの理由』」
彼女の真意を探るように、真っ直ぐに見つめる汰一。
蝶梨は口元を押さえていた手を下ろし、「えっと……」としばらく目を泳がせるが……
やがて、観念したように息を吐いて。
「わ、私…………私は…………」
掠れた声で、何かを答えかけた…………その時。
──ぽつ。
……と。
水滴が、二人の脳天を叩いた。
「……へ?」
間の抜けた声を上げ、汰一は曇天を見上げる。
雨だ。
その一滴を皮切りに、大粒の雨が、ぼたぼたと降ってきた。
「まじかよ、本当に降ってきやがった!」
「私、傘持ってない!」
「俺も!」
緊迫した雰囲気から一変、二人は大慌てで退避の支度を整える。
たい焼きをしまい、花の苗をビニール袋で覆っている間にも、二人の身体はどんどん雨に濡れ……
蝶梨の白いブラウスが徐々に透け始めているのに気が付いた汰一は、いよいよ顔面蒼白になり、
「彩岐! さっきの神社へ行こう!」
自転車のスタンドを外しながら、雨音に負けないよう声を張る。
「神社なら屋根もあるだろうし、木もあるから、ここよりは雨避けになるはずだ!」
「……うん!」
頷く彼女と共に、汰一は自転車を押し、先ほどの神社へと走った。
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