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第二章 近づく距離と彼女の秘密

5-6 蝶とゲームセンター

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 にこにこと微笑みながら、こちらへ近付いて来る少女……


 ……間違いない。
 クラスメイトの、浪川なみかわ結衣ゆいだ。


 まさかこんな場所で鉢合わせてしまうとは……
 不運体質が久しぶりに発動したのだろうかと、汰一は一気に理性を取り戻す。

 幸い、結衣はまだ汰一たちの存在に気付いていないようだ。
 こんなところを見られたら大変である。早く、どこかに隠れなくては。


「彩岐、こっちへ」


 説明は後回しにし、汰一は蝶梨の手を掴むと、近くにあったプリントシール機の中へ退避する。


「ど、どうしたの? 刈磨くん」


 突然プリクラ機の中に連れ込まれ、蝶梨は動揺したように尋ねる。
 汰一は口元に人差し指を当て、声を潜め、


「落ち着いて聞いてくれ。今、浪川結衣がこっちに近付いて来ている」
「ゆ、結衣が?!」
「シッ!」


 思わず大声を上げる蝶梨の口を、汰一は自身の右手でバッ! と押さえる。
 すると、パタパタという足音がプリクラ機の外から聞こえ……


「今どきこんなに機種揃っているところって珍しいよね! こないだたまたま見っけて、みんなで来たいなぁって思ってたんだぁ」


 ……という聞き覚えのある元気な声が響き、蝶梨も結衣がいることを悟る。
 他にも女友だちらしき同行者の声が聞こえるが、そちらは汰一たちのクラスメイトではないようだ。部活仲間か、学外の友だちと遊びに来たのかもしれない。 


「どれで撮ろっかぁー? 結構混んでるっぽいね」


 すぐ近くで聞こえる結衣の声。
 汰一の心臓が、ドクドクと早鐘を打つ。


 結衣は、あまり接点のない汰一から見ても『明るく活発で裏表のない子』という印象が強かった。
 しかし……
 その長所故に、今のこの状況──普段のクールさからは想像もつかないふりふりメイド服を着た蝶梨が、汰一と二人きりでいる姿を見たら、大はしゃぎすることは目に見えていた。

 こちらが「このことは内密に」と伝えても、結衣の場合内緒にできるか危うい。
 何なら「隠さなくてもいいじゃん!」と開き直る可能性もある。

 ……つまり。
 彼女に見つかったら、学校中の噂になることは必至。
 それだけは、何としても回避しなくては。


 汰一は息を殺し、プリクラ機の外を歩く結衣の気配に意識を向ける。
 このままここに隠れてやり過ごすしかない。そう考えていると……


「……ふぅ……ふぅ……」


 ……という、荒い呼吸音が聞こえてくる。
 音の出所は、目の前にいる蝶梨だ。

 ハッとなって彼女を見ると……
 案の定、蝶梨はうっとりとした顔で、汰一の手に塞がれた口から熱い吐息を溢していた。


 これは、単に息苦しいのか。それとも……
 いつものが、発動しているのか。


 いずれにせよ、口を塞いだままの状態は良くないと思い、汰一は慌てて手を離す。


「ご、ごめん。苦しかったよな」


 手のひらに残る体温にドキドキしながら、いたわるように尋ねる。
 しかし蝶梨は、ふるふると首を横に振って、



「だめ……声、出ちゃいそうだから…………今みたいに、手で塞いでて……?」



 と、熱に浮かされたような表情で懇願するので……
 汰一はドキッとして、彼女を見つめ返す。


 やはり蝶梨は、いつもの興奮状況に陥っているようだ。
 こんな密室で、『ハァハァ』している彼女と密着し続けたら……こっちまでおかしくなってしまう。
 いつもの汰一なら、「それはできない」とすぐに断っていたことだろう。

 だが……
 先ほどのやり取りで一度理性が決壊している今の汰一は、己の欲望を抑えることができず。


「…………」


 懇願する彼女に、何も返さないまま。
 その口を、右手でそっと塞いだ。



 熱を孕み濡れた瞳。
 手のひらに当たる唇の感触。
 指の隙間から漏れる悩ましげな吐息。
 狭いはこの中に充満する、彼女の甘い匂い。

 カーテンを一枚隔てた向こうには、クラスメイトがいるというのに……
 こうして隠れるように彼女の口を押さえ、息を潜めていることに、汰一は言いようのない背徳感を覚える。


 なんだか、とてもイケナイコトをしているようで。
 彼女を閉じ込めているみたいで。
 怖いくらいに…………興奮する。


 余裕のない汰一の表情を心配に思ったのか、蝶梨は口を塞がれながら「大丈夫?」と尋ねるような視線を向けてくる。
 それに、汰一は……ふつふつと、苛立ちにも似た欲望が込み上げるのを感じる。



 彩岐のせいなのに。
 彩岐が煽ってくるから、可愛すぎるから、こっちは残り僅かな理性を必死に働かせているのに。
 そんな無防備な視線を向けるなんて……無責任すぎる。



 汰一は、口を塞ぐ手にぐっと力を込めると。


「…………大丈夫なわけあるか」


 吐き捨てるように言ってから。
 彼女の耳元に、そっと唇を寄せ……




「……一緒にいるってだけで、こっちは常に心臓破裂しそうなんだよ。なのに、こんな状況…………平常心でいられるわけねぇだろ」




 そう、余裕のない声で、低く囁いた。

 それを聞いた瞬間、蝶梨は……目を見開き、頬を染める。



 心臓の音が、身体中に響く。
 ドクンドクンと脈打つ度に、脳が蕩け、視界が霞む。

 頭の中が、"好き"だけで満たされて。
 それ以外は考えられなくて。
 こんな、頬が触れてしまいそうな距離にまで近付いているのに……


 もっと、近付いてみたくなる。



「………………」



 汰一は、右手で口を塞いだまま、左手を腰に回し……


 蝶梨の身体を、抱き寄せた。
 
 
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