氷の蝶は死神の花の夢をみる

河津田 眞紀

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第二章 近づく距離と彼女の秘密

5-4 蝶とゲームセンター

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 ──アーケードゲームを楽しんだ二階から、階段を降り一階へと向かう。

 入店した時にも見たが、一階には箱型のクレーンゲーム機がずらりと並び、様々な景品が獲れるようになっていた。

 誘ったはいいものの、彼女が興味を惹かれるような景品が果たしてあるのかと、汰一は心配になる。


 ……まぁ、当たり障りないものをいくつかやって、『ときめきの理由』のヒントが得られないか試してみるか。


 と、汰一が景品を眺めていると、


「あ、あれは……!」


 突然、蝶梨が声を上げ、スタスタと早足で歩き始めた。
 驚きながら、汰一がその後に続くと……
 蝶梨は、一つのクレーンゲーム機の前でぴたりと足を止め、ガラスケースの中を覗き込み、


「やっぱり『ぶたぬきもち』だ! こんなところで会えるなんて……!!」


 ……と。
 景品のぬいぐるみ──たぬきの着ぐるみを着た、アンニュイな表情のブタのキャラクターを見つめ、興奮気味に言った。

 汰一は……何度かまばたきをし、尋ねる。


「……知り合いか?」
「えっ。刈磨くん、『ぶたぬきもち』知らないの?! いま一部の中高生の間でじわじわと人気を集めている"ゆるキャラ"だよ?!」


『一部の』、『じわじわと』、と言っている時点で知名度としてどうなんだ……? と思いつつ、その興奮度合いを見るに、


「……好きなのか? このキャラクターが」


 そう推察し、尋ねる。
 蝶梨は、ぴくっと身体を震わせてから、


「う、うん……前から可愛いなぁって思っていたんだけど、私には似合わないでしょ? だから、誰にも言えなくて……」


 ……まぁ確かに、このブタだかたぬきだか餅だかわからないフォルムと、何もかもを諦めたような気怠げな表情を『可愛い』と称するのは意外でしかないが……
 こういうキャラクターに興味を持つあたり、彼女の内面は想像以上に少女らしいのだろうと、汰一はいじらしく思い、


「……よし、獲ろう」


 財布を取り出し、硬貨を投入した。
 蝶梨は「えっ?!」と声を上げ、慌てて制止する。


「い、いいよ! 刈磨くんにお金使わせるわけいかないし……!」
「でも、好きなんだろ?」
「それは……」
「………………」
「…………好きだけど」
「じゃあ獲ろう」
「せ、せめてお金は払わせて!」
「いや、これは俺がやりたくてやるんだ。俺もこの『ぶたきむち』が欲しい」
「『ぶたぬきもち』だよ!」
「とにかく、これは俺の分だから。彩岐も欲しかったら、俺の後にやればいい」


 有無を言わさず、ゲーム機に向き合い、汰一はボタンの操作を始めた。

 アーケードゲームほどではないが、汰一にはクレーンゲームの経験もそこそこあった。
 ぬいぐるみの景品を獲る方法は、大きく分けて二つ。
 一つは、首などのくびれている部分をアームで挟む王道な方法。
 そしてもう一つは、ぬいぐるみに付いているタグの輪っかにアームを引っ掛けて釣り上げるという裏ワザ的な方法。

 いずれにせよ、アームの強さを見極める必要がある。
 初手は様子見で、まずは王道な方法を試すとしよう。

 汰一は矢印ボタンを順番に押し、『ぶたぬきもち』の真上へアームを移動させる。
 狙い通り、二本のアームはパカッと開きながら降下し、『ぶたぬきもち』の首のあたりを掴んだ。

 ……その瞬間。



「はぅっ……」



 蝶梨が、小さく声を上げる。
 が、店内に響く電子音にかき消され、汰一の耳には届かなかった。

 アームに首を挟まれた『ぶたぬきもち』は、そのままぶらんと空中に持ち上げられる。
 しかし獲得口へと運ばれる途中で、重力に負け落下した。

 その一部始終を……蝶梨は口を押さえながら、食い入るように見つめていた。


「お。案外アーム強いな。これならいけそうだ」


 次の硬貨を投入しながら汰一が言うので、蝶梨は慌てて口から手を離し、


「す、すごい。刈磨くん上手だね。もう少しで獲れそうだった」


 平静を装いながら、そう答える。
 汰一は彼女の方を見ないまま、再びアームの狙いを定め、


「それほどでもないよ。この店の設定が良心的なだけだ」


 ボタンを押しながら、謙遜するように言った。

 自分の真横で、今まさに蝶梨が興奮を募らせていることに気付かないまま……
 汰一はもう一つのボタンを押し、再びアームを降下させた。


 柔らかな首に食い込む、鋭利なアーム。


「んっ……」


 首を締め付けられたまま宙に持ち上げられ、ぶらぶらと運ばれ……


「あっ、あっ……」


 ぼよんっ、と床に叩きつけられる。


「はふぅ……っ」


 口を押さえ、蝶梨は必死に声を抑える。


(こんなの……"絞殺"と"首吊り"と"落下死"のよくばりコンボだよ……っ。嗚呼、刈磨くんに振り回される『ぶたぬきもち』が羨ましい……今すぐ『ぶたぬきもち』になりたい……っ)


 ……なんてことを考え、蝶梨が悶絶していると。
 数回のトライの後、ついに『ぶたぬきもち』が獲得口へと落下した。


「ふぅ、獲れた」


 汰一は安堵の息を吐きながら、『ぶたぬきもち』を取り出す。
 蝶梨はハッと正気に戻り、手を叩いて、


「すごい、本当に獲れちゃうなんて! うわぁ、こうして見るとやっぱり可愛い……私も頑張って獲ってみる!」


 と、さっきまでハァハァしていたことも忘れ、『ぶたぬきもち』のぬいぐるみを夢中で見つめる。
 しかし汰一は、しばらくそのぬいぐるみをじっと眺め……


「うーん、やっぱり俺の部屋に置くには可愛すぎるかな。ということで、これは彩岐に譲る」


 と、棒読みなセリフを述べてから、蝶梨にずいっと差し出した。
 彼女が驚いたように「え?」と聞き返すと、


「……おみやげ。今日の記念に持って帰ってくれ」


 そう言って、照れ臭そうに微笑んだ。

 初めから彼女に渡すつもりで獲ろうとしていたわけだが、少々わざとらしすぎたかもしれないと、汰一は少し恥ずかしくなる。
 しかし……

 ぬいぐるみを受け取った彼女が、瞳をキラキラさせながら、それをぎゅうっと抱きしめて、


「……ありがとう。本当に嬉しい。ずっと大切にするね!」


 今日一番の笑顔見せながら、嬉しそうに言うので。
 汰一の心は、羞恥心を忘れる程の幸福感に満たされた。




 * * * *




『ぶたぬきもち』を獲得した後、二人はそのまま一階をぐるりと見て回った。

 "シューティングゲームをする"という当初の目的は果たした。
 彼女の好きなぬいぐるみもゲットした。
 これ以上、ここに留まる理由はない。
 だが、このまま解散してしまうのはもったいなくて….…
 "一緒にいる言い訳"になりそうなものを、必死に探していた。

 そしてそれは、蝶梨も同じだった。
 彼とのこの時間が、とても楽しくて、幸せで……
 ずっと終わらなければ良いのにと、当てもなく店内を歩き回っていた。


 何か……何か、この時間を終わらせないためのきっかけを作らなきゃ。


 そう思いながら、蝶梨が周囲を見回す……と。


「……ん?」


 その瞳が、あるものを捉えた。

 それは店内に貼られたポスターで、四階にあるプリクラコーナーの案内だった。
 フリルいっぱいのメイド服や、タイトなナース服を着たモデルの写真が目を引く。
 その写真の下に、『コスプレ衣装各種、無料貸出中!』という文字がでかでかと躍っていた。
 どうやら衣装に着替えてプリントシールの撮影をすることができるらしい。

 足を止めた蝶梨に気付き、汰一もポスターを覗き込む。


「へー、こういうのを着てプリクラ撮れるのか。すごいな」


 と、何の気なしにコメントするので、蝶梨は「そうだね」と小さく返す。
 そして、しばらくの沈黙の後……


「……可愛いなぁ」


 ぽつりと、さらに小さな声で呟いてから。
 意を決したように、汰一の方を振り返り、



「……刈磨くん。私、これ…………着てみたい、かも」



 そう、緊張した表情で、真っ直ぐに言うので。
 汰一は、ぽかんとしてから、


「…………へ?」


 情けなく開いた口から、気の抜けた声を発した。
 
 
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