氷の蝶は死神の花の夢をみる

河津田 眞紀

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第二章 近づく距離と彼女の秘密

5-3 蝶とゲームセンター

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 画面に映し出された風景が変わる。

 セカンドステージの舞台は、ビルが建ち並ぶ都会。
 冒険家の二人はゾンビが蔓延した村から命からがら逃げ出し、近くの街へ事態を知らせに走る。
 が……ゾンビの脅威は、既に市街地にまで迫っていた。


 ビルの窓ガラスを割って、ゾンビが飛び出してくる。
 ゲーム再開の合図だ。
 蝶梨は、ビクビクしながらも汰一に言われたようにゾンビの頭部へ照準を合わせ、トリガーを引く。
 発砲を模した音と振動がコントローラーから発せられ、蝶梨はまた驚くが、放った銃弾は見事命中。ゾンビを一撃で倒した。


「おぉ、すごい! その調子でどんどん倒そう!」


 彼女の初めての成功を、汰一は自分のことのように喜ぶ。
 蝶梨も嬉しそうに「うんっ」と答え、ゲーム画面に視線を戻した。


 テンポは遅いものの、蝶梨は正確なショットでゾンビを撃破していた。
 集中力と的を狙う技術の高さは、弓道で鍛えられたものかも知れない。

 その真剣な横顔に凛とした美しさを感じ、一瞬見惚れてしまうが……
 至近距離にゾンビが飛び出して来たことに気付き、汰一は慌ててゲームに集中した。



 ──ゾンビ集団に囲まれ、路地裏に追い込まれた冒険家たち。
 セカンドステージの最終局面だ。

 汰一は冷静に、一体ずつ処理していく。
 数は多いが、イージーモードのため個々のゾンビはそう強くない。


 ここをクリアすれば、ボーナスステージに進むことができる。
 彩岐も楽しんでいるみたいだし、このまま突破して先に進もう。


 ……そう考えた矢先、


「あれ? ……あれ??」


 蝶梨が、銃を構えながら困ったような声を上げる。
 汰一はゾンビを撃ちながら「どうした?」と尋ねると、


「なんか急に、撃てなくなっちゃった……!」


 そう、泣きそうな声が返ってきた。
 その原因が、汰一にはすぐにわかった。
 弾切れだ。蝶梨側の画面端に小さく表示された残りの弾数がゼロになっていた。


「画面の外を撃つとリロードできる! それで弾が装填されるから!」
「が、画面の外?! そんなことしたら、他のお客さんに当たっちゃうよ!」
「え?!」
「だから、そんなことしたら弾が周りの人に当たっちゃうじゃない!」


 ……汰一は、一瞬その言葉の意味がわからなかったが。
 彼女の、本気で困っている顔を見て……
 ……あぁ、なるほど。と、理解する。



「落ち着け、彩岐! これは……本物の銃じゃない!!」



 汰一の指摘に、蝶梨は「はっ!!」と我に返る。
 どうやら集中するあまり、現実とゲームの境目がわからなくなっていたらしい。

 そうこうしている間にも、画面いっぱいにゾンビが迫り……
 まばゆい点滅の後、画面が真っ赤に切り替わり、『ゲームオーバー』の文字が映し出された。



 銃を掴んだまま、呆然と画面を見つめる蝶梨。
 そして、


「ご……ごめんなさい! 私のせいで……!!」


 と、心底申し訳なさそうな顔をして汰一に謝罪をするので。
 汰一は、堪えきれず、



「…………ぷっ」



 吹き出した。
 そのまま、声を出して笑い始めた汰一を、蝶梨はぽかんと眺める。


「な……なんで笑ってるの?」
「いや、だって……『周りの人に当たっちゃう!』って……ンなわけないじゃん……っ」


 あの時の、彼女の真剣な表情……
 それを思い出すだけで、可笑しくて、愛おし過ぎて、笑いが止まらなかった。

 声を震わせながら答える汰一に、蝶梨はかぁっと顔を赤らめて、


「だ、だって、夢中だったから……!!」
「そうだよな、彩岐は真剣だったんだもんな。真剣になりすぎて、本物の銃を使ってる気分になっちゃったんだよな」
「って、馬鹿にしてるでしょ!!」
「違うよ、褒めているんだ。あー腹痛ぇ」
「もうっ! 本当に意地悪なんだから!」


 口を尖らせ、ぷいっと顔を背ける蝶梨。
 汰一は呼吸を整え、彼女の横顔に向けて、


「……楽しかったか?」


 そう、あらたまって尋ねる。
 驚いたように振り向く蝶梨に、汰一は小さく笑って、


「こういうゲーム。思ったよりも楽しんでくれたみたいだから……他にもいろいろ、やってみないか?」


 優しい声で、誘いかけた。

 彼女の『ときめきの理由』を探すという目的を忘れたわけではないが……
 隙だらけな"素"を曝け出してしまう程ゲームにのめり込んでいたようなので、単純に楽しんでもらいたい気持ちが湧いてきたのだ。

 汰一の言葉に、蝶梨も嬉しそうに口元を緩めて、


「……うんっ」


 と、はにかみながら頷いた。




 ──それから、汰一と蝶梨は様々なアーケードゲームで遊んだ。

 臨場感のあるカーレーシングや、曲に合わせて太鼓を叩く音ゲーム。
 ボタンとレバーで技を繰り出す格闘ゲームに、バスケットボールのシュート数を競うスポーツゲーム。

 その全てを、蝶梨はとても楽しそうに遊んでいた。
 時折見せる子どものような笑顔に、汰一は心を奪われる。
 しかし自分自身もまた、童心に帰ったように夢中で笑っていることに気が付き……
 こそばゆいような、温かいような気持ちが、胸の中にじわりと込み上げた。




 * * * *




「──ふぅっ、楽しかったぁ!」


 階段の踊り場にあるベンチに座り、蝶梨が満足げに言う。
 その手には、今しがた自販機で購入したスポーツ飲料が握られている。
 一通り遊び終え、少し座って休憩することにしたのだ。

 汰一もその隣に座り、買ったばかりの炭酸飲料をプシュッと開ける。


「楽しめたようで良かったよ。にしても、さすが彩岐だな。どれも初めてのゲームなのに、すぐにコツを掴んでた」


 と、彼はゲームに打ち込む蝶梨の姿を思い出す。

 勘の良さと、ゲームの特性をすぐに把握する理解力。そこに高い集中力が合わさって、初めてとは思えないパフォーマンスを発揮していた。
 最初にやったシューティングゲームでは真剣さが空回りした場面もあったが、彼女は何をやっても人並み以上にこなせる能力を持っている。

 隠しきれないスター性とカリスマ性。
 これが、神の加護を受けた『神さまのたまご』の力なのか……

 そう考えそうになるが、汰一はすぐに脳内で否定する。
 何故なら、汰一の目に映る蝶梨は、真面目で素直な努力家だったから。
 神々の贔屓ひいきが多少あるにせよ、彼女の力のほとんどは彼女自身の努力により得たものなのだろうと、汰一は思う。


 一人納得する汰一に、しかし蝶梨は首を横に振る。


「ううん。刈磨くんがやっているのを見て真似しただけだよ。どのゲームもすごく上手だからびっくりしちゃった。すごいね」


 思いがけず賞賛され、汰一はパタパタと手を振る。


「いやいや。俺はただ経験値があるだけで、別に上手くはないんだよ」
「経験値? 普段からよくゲームセンターに通っているの?」
「中学時代に少しな。高校に入ってからは全然」
「そうなんだ。ゲーム好きなお友だちがいたとか?」
「いや、いつも一人で行ってた」


 そう答える汰一に、蝶梨が「え……?」と聞き返す。
 その瞳が、訳を知りたがっているように真っ直ぐ自分を貫くので……
 汰一は「あー」と天を仰ぎ、当たり障りない程度に事情を話すことにする。


「中学一年までは剣道部に所属していたんだけど、いろいろあって二年で退部してさ。そっから暇な時間が増えたから、近所のゲーセンに通うようになったんだ」


 当時のことを思い出しながら、汰一は苦笑する。


「ほら、俺って昔から不運体質だったから。『一緒にいると良くないことが起きる』って、同級生から気味悪がられていたんだ。だから、おのずと一人でも遊べるゲーセンに足が向いたというか……まぁ、そんな感じだ」


 言いながら、結局暗い話になってしまったことを後悔する。
 すぐに謝って話を変えようと再び口を開くが……それよりも早く、


「じゃあ……幼稚園時代からの腐れ縁だって言っていた平野くんは、本当に良い友だちなんだね」


 と……
 蝶梨が、一切曇りのない声で、そう言った。

 その言葉に、汰一は思わず面食らう。
 それは……紛れもない事実だったから。

 いつもなら「アイツなんて」と否定するところだが、蝶梨の前では照れ隠しも通用しないような気がして、汰一は素直に肯定する。


「……あぁ、そうだな。アイツは昔から、怖がるどころか俺と一緒に不運な目に遭うことを楽しんでいた。俺が距離を取ろうとしても、『汰一といると退屈しないから』って離れてくれなかった。ほんと、変なヤツだよ」


 ……そう。
 いつも飄々として、掴みどころがなくて、自分のことはあまり語らない。
 そんなんだから、普段は嫌味を言い合ってしまうが……
 俺の不運を楽しんでいるようで、本当は誰よりも気にかけてくれてくれている。
 忠克は、そういう存在だ。


「アイツがいなかったら、俺は……とっくに潰れていたかもな」


 独り言のように発したその言葉に、蝶梨は「そっか」と、微笑みながら返した。


「……悪い、なんかしんみりしちゃったな。何にせよ、アイツのおかげでゲーセンに来ることができたんだ。せっかくだから、下のクレーンゲームも見てみないか?」


 気分を切り替えるようにスッと立ち上がる汰一。
 蝶梨は嬉しそうに顔を輝かせて、「うん」と頷いた。
 
 
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