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第二章 近づく距離と彼女の秘密
5-2 蝶とゲームセンター
しおりを挟む二人が待ち合わせしたのは、神代町から電車で三十分ほどの距離にあるターミナル駅だ。
巨大な駅ビルの周りに商業施設がいくつも立ち並ぶような、所謂都会。
汰一も蝶梨も、普段自発的にこういう場所へ足を運ぶタイプではない。
あまりの人の多さに圧倒され、二人はどちらかともなく身を寄せ合うように距離を縮めた。
肩と肩が触れてしまいそうになり、蝶梨は鼓動を速めながら、先ほどの汰一の言葉を思い出す。
この服は、着る機会も勇気もないまま、買ったきりずっとクローゼットにしまい込んでいたものだった。
それを今日、思い切って着てみた。
他でもない、汰一に少しでも「可愛い」と思われたかったからである。
まさか、あんなに褒めてもらえるなんて……勇気を出して、本当によかった。
……と、ショーウィンドウに映るワンピース姿の自分を横目で見る。
そのすぐ隣には、私服姿の汰一が、寄り添うように歩いていた。
自分の置かれている現状を窓越しに眺め、蝶梨は密かに頬を染める。
こんな街中を二人で歩くなんて……まるでデートみたい。
……ううん。刈磨くんは、私の『ときめきの理由』探しに付き合ってくれているだけ。それ以上でも、それ以下でもない。
えぇと。今日は『シューティングゲーム』をやる予定なんだよね。
銃を構えて、標的を次々に撃ち殺していく刈磨くん……
……はぁ。想像しただけで、殺されたくなってきちゃう…………
……などと、妄想に耽っていると、
「ここだ。けっこうデカイ店だな」
そう言って、汰一が足を止めるので。
蝶梨もハッとなり、つられるように視線を上げた。
* * * *
忠克にもらった無料券が使える店は、四階建ての大きなゲームセンターだった。
眩しい電球に彩られた派手な外観。店内の賑やかな電子音が自動ドアから漏れている。
それを見上げ、ふと汰一が尋ねる。
「こう聞くと失礼かもしれないが……彩岐って、ゲーセンに入ったことあるのか?」
見た目で判断しているわけではないが、これまで彼女の口からゲームに纏わる言葉を聞いたことがなかった。
もしかすると不慣れな場所に連れて来てしまったのではないかと、汰一は今更ながらに心配になる。
その質問に、蝶梨は記憶を辿るように視線を泳がせ、
「友だちと一緒に、地元のお店へ何回か行ったことあるよ。プリクラを撮ったり、クレーンゲームでぬいぐるみを獲ったりした」
「こういううるさい場所、苦手だったりしないか?」
「全然大丈夫。シューティングゲームってやったことがないから、むしろ楽しみ」
「ならよかった。それじゃあ、入ろうか」
汰一は蝶梨が頷き返すのを確認してから、店の自動ドアを潜った。
店内に入ってすぐの一階には、大小様々な景品を扱うクレーンゲームが置かれていた。
が、汰一たちがお目当てとするゲームはなさそうだ。
案内図を見ると、二階がアーケードゲームコーナー、三階がコインゲームコーナー、四階がプリクラコーナー、といった形にフロア分けされているようだった。
二人は階段を上り、二階へと向かう。
休日ということもあり、店内はなかなかの人で賑わっていた。友だち連れやカップルが、所狭しと並べられたゲーム機で思い思いに遊んでいる。
地元からは離れているし、流石に知り合いに会うことはないよな……
と、汰一は念のため周囲を警戒する。
学校一の美少女である蝶梨と二人でいるところを知人に見られでもしたら、どんな噂が立つかわかったものではない。自分はさておき、彼女に迷惑をかけることになってしまうだろう。
店内を慎重に進みながら、汰一はシューティングゲームを探す。
と、二階の奥の方にそれらしきゲーム機があるのを見つけ、
「……お。アレなんかよさそうだな」
蝶梨の方を振り返りながら、指をさした。
大きなモニターの前に、銃の形をしたコントローラーが二つ。
ゾンビを撃ちながらステージを進んで行く、スタンダードなシューティングゲームだ。
モニターに映るゾンビの映像が想像以上にリアルで、蝶梨は小さく「おぉ……」と声を漏らす。
「二人で協力プレイができるから、一緒にやってみよう」
忠克にもらった無料券をポケットから取り出しながら、汰一が言う。
しかし蝶梨は、リュックの持ち手をぎゅっと握って、
「わ、私、こういうの本当にやったことないから、刈磨くんの足を引っ張っちゃうかも……」
「そんなこと気にしなくていいよ。俺が楽しむためじゃなくて、彩岐がヒントを掴むためにやりに来たんだから。とりあえずやってみようぜ?」
「でも、コレ……どうやって持てばいいのか……」
と、銃の形をしたコントローラーを不安げに見つめる。
こういうゲームの経験がない蝶梨は、コントローラーの持ち方すらわからないようだった。
汰一は彼女に近付くと、実際の箇所を指さしながら、
「基本はこのトリガーを右手で握れば良いけど、左手を銃身の下に添えるとさらに安定する」
「こ、こう?」
蝶梨はぎこちない動作で、汰一に言われた通りに銃を持ってみる。
が……全身に力が入り過ぎ、腕も脚もピンと緊張した不恰好なポーズになってしまった。
汰一は思わず笑いながら、
「もっと力を抜いていいよ。右の肘はこんなに上げなくて大丈夫。左手は、この辺りを持つといい」
と……
蝶梨の背後から腕を伸ばし、彼女の手に自分の手を添えて、持ち方を正した。
その近さと、後ろから抱きしめられているような体勢に、蝶梨が顔を赤らめると……
汰一も、ふわりと香る彼女の匂いに近付き過ぎたことを自覚し、慌てて離れた。
「も、持ち方はそんな感じだ。あとは、向かってくる敵に照準を合わせて撃ちまくればいい」
「わ、わかった。ありがとう」
お互い目を泳がせながら言い合うと、汰一はあらためて無料券を取り出し、店員を呼ぶ。
券を渡すと、店員はゲーム機の本体を操作し、一プレイを無料にしてくれた。
店員に礼を言うと、汰一は慣れた手つきで操作を始める。
まずはゲームの難易度選択から。難しさは三段階から選べるが、今回は蝶梨が初心者のため、一番易しい『イージーモード』を選んだ。
数秒の待機時間の後、モニターの映像が切り替わる。
冒険家の男女二人組が、西部劇に出てきそうな村をバギーで通過するところからストーリーが始まる。
埃を巻き上げ、タイヤの跡を残しながら赤い砂地を進むバギー。
あまりに人気のないその村の雰囲気に不自然さを感じた二人が、銃を用意した……その時!
酒場のような建物から、数十体のゾンビが飛び出して来た!!
「ぴっ……!」
小鳥のような悲鳴を上げ、身体を強張らせる蝶梨。
そういえば、こういう『びっくりする系』も苦手だったなと、汰一は申し訳なく思いながら、
「大丈夫。こうして一体ずつ頭を狙えば、一発で倒せる」
と、不気味な動きでバギーを追いかけてくるゾンビの大群を、素早く正確に倒していく。
その落ち着いた横顔と、ゾンビを次々に撃ち殺す華麗なテクニックに、蝶梨はぽーっと見惚れ……
早くも、ハァハァと荒い息をし始めた。
その気配を感じ取った汰一は、ゲーム画面から目を離せないまま、
「もしかして彩岐、早速ときめいているのか?!」
ゾンビを狙撃しつつ、声だけで尋ねる。
蝶梨は、汰一の銃捌きをうっとりと眺めながら頷いて、
「うん……想像以上にしゅごくて、ドキドキが止まらない……」
「すごいって何が?!」
「こんな的確にヘッドショットするなんて……あぁ、脳みそ出ちゃうぅっ……苦しまずに死なせてくれるなんて、やっぱり刈磨くんて優しい……」
「ごめん、何言ってるか全然聞こえない!!」
ゲーム機から発せられるけたたましい銃声のせいで、蝶梨の"癖"全開な呟きは汰一の耳に届かなかった。
そのまま蝶梨が戦力になることはなく、汰一が一人でファーストステージをクリアした。
画面が切り替わり、蝶梨はハッと我に返る。
「ご、ごめんなさい。つい、見ることに夢中になっちゃって……」
「いや、『ときめき』が見つけられたならよかったよ。いちおうまだステージは続くから、次は彩岐もやってみたらどうだ? 自分でやることで、また新たな発見があるかもしれない」
と、蝶梨の『ときめきの理由』を真剣に探そうとしている汰一は提案する。
彼の優しさに罪悪感を抱きつつ、蝶梨は「うん」と答え、銃を構えた。
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