氷の蝶は死神の花の夢をみる

河津田 眞紀

文字の大きさ
上 下
40 / 76
第二章 近づく距離と彼女の秘密

4-4 蝶と可愛い後輩

しおりを挟む


 二人が花壇に戻ると、未亜がムスッとした顔をして待っていた。

 汰一は「待たせたな」と声をかけ、ビニール袋から取り出したトングで蛞蝓をつまみ上げる。
 撃退セットの中には塩水入りの霧吹きなどが入っていたが、前にヒマワリの摘心をした時と同じように、汰一は殺さずに校舎裏へ逃すことを選んだようだ。


 蛞蝓をつまんで校舎裏へと向かう汰一の背中を見つめながら……
 蝶梨は、隣に立つ未亜に声をかける。


「……裏坂さん。さっきの質問の答えなんだけど……」


 ごくっ。
 と、一度喉を鳴らしてから、


「裏坂さんが、刈磨くんのことを好きって言ったら…………私、ちょっと困るかも」


 そう、落ち着いた声で告げる。
 驚いたように目を見開く未亜を、蝶梨は真っ直ぐに見つめて、


「……刈磨くんと一緒にいるのは、からかっているからじゃない。……側にいたいからだよ」


 今言える精一杯の本心を、彼女にぶつけた。

 その凛とした表情に、未亜は……
 一瞬、怯んだような顔をしてから、「ふん」と鼻を鳴らして、


「そうですか。じゃあ、彩岐先輩にあげますよ。刈磨先輩のこと」


 と、きっぱり言い返した。
 言葉の意味がわからず蝶梨が「え?」と聞き返すと、未亜は面倒くさそうに顔を背けながら、


「彩岐先輩、やっぱり刈磨先輩のこと気になってるんじゃないですか。だったらいいです。未亜は身を引きます」
「身を引く、って……」
「言葉通りの意味ですよ。ぶっちゃけ未亜、全然本気じゃなかったし。陰キャっぽいし簡単に落とせるかなーって思ってただけだし。それに……」


 ぎゅうっ……と。
 未亜はジャージの袖を握りしめて、


「…………こんな可愛い人に、勝てるわけない。負け戦なんて……したくないし」
「……え?」
「……その三つ編み、可愛すぎてズルイって言ったんですよ。あーあ、未亜も髪伸ばそうかなぁ」
「えっ?!」
「と言うことで、未亜は帰ります。お疲れさまでした」


 そう言うと、未亜はぺこっと頭を下げ、中庭からスタスタと去って行った。


「あ、ちょっと……」


 引き止めようと声をかけるも、聞く耳持たず。
 未亜はあっという間に、姿を消した。


 驚きすぎて、まともな返答ができなかった。
 まさか『可愛い』って言われるなんて……


 唐突すぎる展開に、蝶梨が呆然と立ち尽くしていると、


「あれ? 裏坂、帰ったのか?」


 後ろから、トングを持った汰一が歩いて来た。
 蛞蝓を無事逃し終え、戻って来たようだ。
 蝶梨が「うん」と返すと、汰一は首を傾げて、


「部活はないって言っていたが……やっぱ忙しかったのかな。悪いことしたな」


 と、先ほどまで繰り広げられていた会話の内容も知らずに、呑気なことを言う。
 そして、未亜が残していった園芸鋏を拾いながら、


「……彩岐。さっきの話だけど……」


 と、改まった様子で切り出すので、蝶梨は小首を傾げ続きを聞く。


「可愛いのもクールなのも、『どっちも好きだ』って言ったやつ。いちおう、語弊がないように言わせてもらうと……」


 んんっ。と咳払いをし、汰一は少し緊張した表情で蝶梨に向き合う。
 そして、


「俺は……『好きになった人がタイプ』なんだ。好きな人が見せる顔なら、全部良いと思ってしまう。クールな顔も、可愛い顔も……それがその人の持つ一面なら、全て好きになる。節操なくいろんなタイプの女子が好き、という意味では決してないからな」


 ……と、照れ臭そうに言った。
 それから、気まずそうに苦笑いをして、


「……ごめん。どうでもいいよな、こんな話。ただ、彩岐にだけは勘違いしてほしくなくて……」


 そう言って、頬を掻く。
 蝶梨は、切なさに胸が締め付けられ……言葉を詰まらせる。



 好きな人が見せる顔なら、全て好きになる、か……
 そんな風に思ってもらえるなんて、刈磨くんの恋人になる人は、幸せだろうな。

 それが私だったなら、なんて願望を抱きたくなるけど……
 さすがの刈磨くんも、殺されることを想像して興奮する変態女の顔までは、愛せないだろう。

 だから、言えない。
 私の『ときめきの理由』も、刈磨くんを想うこの気持ちも……
 嫌われるのが怖くて、言えない。
 言えないまま、ただ側にいようとしている。


 私は…………なんてズルイ女なのだろう。



「……彩岐?」


 俯いたその顔を、汰一は心配そうに覗き込む。
 蝶梨は、ふるふると首を振り微笑むと、


「……ううん。刈磨くんの気持ち、聞けてよかったよ。……ありがとう」


 三つ編みに結った髪を揺らし、穏やかな声で答えた。
 
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

俺たちの共同学園生活

雪風 セツナ
青春
初めて執筆した作品ですので至らない点が多々あると思いますがよろしくお願いします。 2XXX年、日本では婚姻率の低下による出生率の低下が問題視されていた。そこで政府は、大人による婚姻をしなくなっていく風潮から若者の意識を改革しようとした。そこて、日本本島から離れたところに東京都所有の人工島を作り上げ高校生たちに対して特別な制度を用いた高校生活をおくらせることにした。 しかしその高校は一般的な高校のルールに当てはまることなく数々の難題を生徒たちに仕向けてくる。時には友人と協力し、時には敵対して競い合う。 そんな高校に入学することにした新庄 蒼雪。 蒼雪、相棒・友人は待ち受ける多くの試験を乗り越え、無事に学園生活を送ることができるのか!?

俯く俺たちに告ぐ

青春
【第13回ドリーム小説大賞優秀賞受賞しました。有難う御座います!】 仕事に悩む翔には、唯一頼りにしている八代先輩がいた。 ある朝聞いたのは八代先輩の訃報。しかし、葬式の帰り、自分の部屋には八代先輩(幽霊)が! 幽霊になっても頼もしい先輩とともに、仕事を次々に突っ走り前を向くまでの青春社会人ストーリー。

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

GIVEN〜与えられた者〜

菅田刈乃
青春
囲碁棋士になった女の子が『どこでもドア』を作るまでの話。

切り札の男

古野ジョン
青春
野球への未練から、毎日のようにバッティングセンターに通う高校一年生の久保雄大。 ある日、野球部のマネージャーだという滝川まなに野球部に入るよう頼まれる。 理由を聞くと、「三年の兄をプロ野球選手にするため、少しでも大会で勝ち上がりたい」のだという。 そんな簡単にプロ野球に入れるわけがない。そう思った久保は、つい彼女と口論してしまう。 その結果、「兄の球を打ってみろ」とけしかけられてしまった。 彼はその挑発に乗ってしまうが…… 小説家になろう・カクヨム・ハーメルンにも掲載しています。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ヤマネ姫の幸福論

ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。 一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。 彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。 しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。 主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます! どうぞ、よろしくお願いいたします!

キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。

たかなしポン太
青春
   僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。  助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。  でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。 「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」 「ちょっと、確認しなくていいですから!」 「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」 「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」    天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。  異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー! ※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。 ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

処理中です...