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第二章 近づく距離と彼女の秘密
4-4 蝶と可愛い後輩
しおりを挟む二人が花壇に戻ると、未亜がムスッとした顔をして待っていた。
汰一は「待たせたな」と声をかけ、ビニール袋から取り出したトングで蛞蝓を摘み上げる。
撃退セットの中には塩水入りの霧吹きなどが入っていたが、前にヒマワリの摘心をした時と同じように、汰一は殺さずに校舎裏へ逃すことを選んだようだ。
蛞蝓を摘んで校舎裏へと向かう汰一の背中を見つめながら……
蝶梨は、隣に立つ未亜に声をかける。
「……裏坂さん。さっきの質問の答えなんだけど……」
ごくっ。
と、一度喉を鳴らしてから、
「裏坂さんが、刈磨くんのことを好きって言ったら…………私、ちょっと困るかも」
そう、落ち着いた声で告げる。
驚いたように目を見開く未亜を、蝶梨は真っ直ぐに見つめて、
「……刈磨くんと一緒にいるのは、からかっているからじゃない。……側にいたいからだよ」
今言える精一杯の本心を、彼女にぶつけた。
その凛とした表情に、未亜は……
一瞬、怯んだような顔をしてから、「ふん」と鼻を鳴らして、
「そうですか。じゃあ、彩岐先輩にあげますよ。刈磨先輩のこと」
と、きっぱり言い返した。
言葉の意味がわからず蝶梨が「え?」と聞き返すと、未亜は面倒くさそうに顔を背けながら、
「彩岐先輩、やっぱり刈磨先輩のこと気になってるんじゃないですか。だったらいいです。未亜は身を引きます」
「身を引く、って……」
「言葉通りの意味ですよ。ぶっちゃけ未亜、全然本気じゃなかったし。陰キャっぽいし簡単に落とせるかなーって思ってただけだし。それに……」
ぎゅうっ……と。
未亜はジャージの袖を握りしめて、
「…………こんな可愛い人に、勝てるわけない。負け戦なんて……したくないし」
「……え?」
「……その三つ編み、可愛すぎてズルイって言ったんですよ。あーあ、未亜も髪伸ばそうかなぁ」
「えっ?!」
「と言うことで、未亜は帰ります。お疲れさまでした」
そう言うと、未亜はぺこっと頭を下げ、中庭からスタスタと去って行った。
「あ、ちょっと……」
引き止めようと声をかけるも、聞く耳持たず。
未亜はあっという間に、姿を消した。
驚きすぎて、まともな返答ができなかった。
まさか『可愛い』って言われるなんて……
唐突すぎる展開に、蝶梨が呆然と立ち尽くしていると、
「あれ? 裏坂、帰ったのか?」
後ろから、トングを持った汰一が歩いて来た。
蛞蝓を無事逃し終え、戻って来たようだ。
蝶梨が「うん」と返すと、汰一は首を傾げて、
「部活はないって言っていたが……やっぱ忙しかったのかな。悪いことしたな」
と、先ほどまで繰り広げられていた会話の内容も知らずに、呑気なことを言う。
そして、未亜が残していった園芸鋏を拾いながら、
「……彩岐。さっきの話だけど……」
と、改まった様子で切り出すので、蝶梨は小首を傾げ続きを聞く。
「可愛いのもクールなのも、『どっちも好きだ』って言ったやつ。いちおう、語弊がないように言わせてもらうと……」
んんっ。と咳払いをし、汰一は少し緊張した表情で蝶梨に向き合う。
そして、
「俺は……『好きになった人がタイプ』なんだ。好きな人が見せる顔なら、全部良いと思ってしまう。クールな顔も、可愛い顔も……それがその人の持つ一面なら、全て好きになる。節操なくいろんなタイプの女子が好き、という意味では決してないからな」
……と、照れ臭そうに言った。
それから、気まずそうに苦笑いをして、
「……ごめん。どうでもいいよな、こんな話。ただ、彩岐にだけは勘違いしてほしくなくて……」
そう言って、頬を掻く。
蝶梨は、切なさに胸が締め付けられ……言葉を詰まらせる。
好きな人が見せる顔なら、全て好きになる、か……
そんな風に思ってもらえるなんて、刈磨くんの恋人になる人は、幸せだろうな。
それが私だったなら、なんて願望を抱きたくなるけど……
さすがの刈磨くんも、殺されることを想像して興奮する変態女の顔までは、愛せないだろう。
だから、言えない。
私の『ときめきの理由』も、刈磨くんを想うこの気持ちも……
嫌われるのが怖くて、言えない。
言えないまま、ただ側にいようとしている。
私は…………なんてズルイ女なのだろう。
「……彩岐?」
俯いたその顔を、汰一は心配そうに覗き込む。
蝶梨は、ふるふると首を振り微笑むと、
「……ううん。刈磨くんの気持ち、聞けてよかったよ。……ありがとう」
三つ編みに結った髪を揺らし、穏やかな声で答えた。
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