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第二章 近づく距離と彼女の秘密
4-2 蝶と可愛い後輩
しおりを挟む「──じゃあ、俺は道具と肥料と腐葉土を取ってくるから。二人は、この辺りの草むしりをして待っていてくれ」
汰一の指示に、未亜はジャージの袖に隠れた手を上げ「らじゃー」と答える。
汰一はそのまま花壇を離れ、未亜はしゃがんで草むしりを始めるので……
蝶梨も、少し離れたところで雑草を抜き始めた。
無言で草を抜いていく未亜を、蝶梨は横目でちらりと盗み見る。
慣れているのか、根っこからズルリと、手際良く引き抜いている。
その、華麗とも言える手捌きを見ても……
蝶梨の胸は、ときめかなかった。
……やっぱり、私がときめいているのは、特定の動作そのものじゃなくて……
……"刈磨くんだから"、なんだ。
そのことをあらためて自覚し、密かに顔を赤らめていると、
「彩岐先輩って、刈磨先輩と付き合ってるんですか?」
突然、ストレートすぎる質問が未亜から飛んでくる。
蝶梨は「えっ?!」と素っ頓狂な声を上げるが……すぐにクールな表情を繕って、
「……付き合ってないよ」
淡々とした声で、そう返した。
しかし未亜は、ジトッと目を細め、
「……ほんとにぃ?」
「本当に」
「じゃあ、なんで最近よく一緒にいるんですか?」
「それは……」
私の『ときめきの理由』を探すため……とは、言えるはずもなく。
「……お花のお世話について、教えてもらっているから」
と、平静を装いながら答える。
未亜は、ジロジロと蝶梨の顔を見つめて、
「…………ふーん」
納得したのかしていないのか、再び視線を手元に戻した。
そして、雑草をぎゅっと握り、
「……もし、刈磨先輩をからかっているなら、早めにやめてもらっていいですか? あの人、真性のボッチ気質だから、彩岐先輩みたいな美人に近寄られたら速攻で落ちると思うので」
ズルッ! と、長く伸びた根ごと引き抜くと、
「彩岐先輩なら……あんな陰キャを落とさなくても、引く手数多でしょ? その気がないなら、可哀想な勘違いをさせる前に刈磨先輩から離れてください」
そう、棘のある口調で言った。
わかりやすく突き付けられた敵意に、蝶梨は……暫し混乱する。
私が、刈磨くんを、からかっている?
彼女の目には、そう見えているのだろうか?
つまり、私が刈磨くんを本気で好きになるはずはないと……その気がある素振りを見せ、からかうために近付いていると、そう思われているのだ。
……随分、性格の悪い人間だと思われているんだな。
無理もない。普段の私はお世辞にも愛想が良いとは言えないし、冷たい雰囲気を醸し出していることは自覚している。人によっては高慢そうに見えるだろう。
しかし、ここまで明らかな敵意を向けて、刈磨くんから私を遠ざけようとしているってことは……
やっぱり、彼女は…………
「…………裏坂さんは、刈磨くんのことが好きなの?」
以前から気になっていた疑問を、蝶梨は思い切って聞いてみた。
すると……
未亜は、真っ直ぐに蝶梨を見つめ返し、
「えぇ、好きです。……って言ったら、どうします?」
と。
真剣な表情で、聞き返した。
その視線に射抜かれ、蝶梨は何も言えなくなる。
もし彼女が、刈磨くんを好きだと言ったら……
私は……私は…………
「………………」
二人の間に流れる沈黙。
どうしよう、何か言わなくては……と、蝶梨が言葉を探していると、
「──お待たせ。草むしりは一旦切り上げて、鉢植えの手入れに移ろう」
後ろから、汰一の声がした。
必要な準備を終えたようで、荷車を押しながら戻って来ていた。
未亜は「はぁーい」と答え立ち上がると、ジャージの袖を払って、汰一の方へ駆け寄って行く。
その後ろ姿を見つめ……もやもやとした気持ちを抱えたまま、蝶梨も立ち上がった。
* * * *
プランターには、色鮮やかな花がいくつも咲いていた。
黄色やオレンジ色に輝くマリーゴールド。
ピンク色が愛らしい日々草。
どちらも汰一が植え、育ててきた花だ。
まずは枯れてきた花を除去しようと、三人はそれぞれ鋏を持ち、剪定作業に取り掛かる。
汰一と未亜は慣れた手つきで、蝶梨は二人のやり方を見ながら、慎重に鋏を入れた。
「そうそう。上手いよ、彩岐」
隣にしゃがむ汰一に褒められ、蝶梨は嬉しくなる。
それと同時に……
優しく、且つ素早く花に鋏を入れる汰一の手捌きに、身体が熱くなるのを感じる。
左手を頬に添えられ、右手で持った鋏で、首をひと思いに切られる……
嗚呼、こんな殺され方もいいかも。
私もお花になって、刈磨くんに剪定されたい…………
……などと、無意識に荒い呼吸を繰り返していると。
それに気付いた汰一が、そっと顔を寄せて、
「……彩岐。今日は裏坂がいるから……『ハァハァ』はちょっと我慢な」
そう、囁くので……
蝶梨は口をぎゅっと閉じ、顔を真っ赤にする。
私、いつの間にか『ハァハァ』してた……?
もしかして、いつも無意識の内にそうなっているのかな……
そう考えるとますます恥ずかしくなり、少し俯いて、
「ご、ごめんなさい……」
と、消え入りそうな声で返した。
その様子を、少し離れたところで見ていた未亜が、
「なにコソコソ話しているんですか?」
すかさず声をかける。
『ハァハァ』していただなんて、知られるわけにはいかない。どうやって誤魔化そうかと、蝶梨は内心慌てるが……
その隣で、汰一が落ち着いた声で、
「いや、他の美化委員もちゃんと働いてくれればいいのにな、って話していたんだよ。生徒会の権限で何とかしてもらえないか、って」
さらっと、そう返した。
冷静な汰一の横顔を、蝶梨は驚いたように見つめる。
こういう咄嗟の状況において、汰一は冷静に機転を利かせることが多かった。
見た目の平静を装うばかりの自分と違って、刈磨くんは頭の回転が速いし、いつも落ち着いているなぁ……
……などと密かに惚れ直していると、未亜がジロリとした眼差しを向けて、
「……ほんとですか? 何か隠していません?」
「本当だよ。その点、裏坂は真面目に委員会の仕事を全うして偉いなぁと、そう思っていたんだ」
その言葉に、未亜は得意げに鼻を鳴らす。
「当然です。未亜、やると決めたことはキチッとやらなきゃ気が済まないタイプなので」
「さすが裏坂。部活もあるのに、いつも悪いな。今日もこの後部活に行くのか?」
「いえ、もう期末試験前なので、ちょうど今日からテスト休みです」
「げ、もうそんな時期か。いい加減授業に追いつかなきゃヤバい……裏坂は勉強大丈夫なのか?」
「先輩と一緒にしないでください。未亜、こう見えても成績は良いんですから」
「おぉ。やっぱり裏坂って優等生なんだな、意外と」
「ちょっと。『意外』ってどういうイミですか?」
「自分で『こう見えて』って言ったんだろうが」
汰一のツッコミに、未亜はむっと唇を尖らせる。
「ふんっ。どーせ未亜は、幼稚でバカっぽくて可愛いだけが取り柄の妹キャラですよ」
「誰もそこまでは言っていない」
「あーあ。未亜も彩岐先輩みたいな大人の女になりたいなぁ」
「彩岐を引き合いに出すな」
「だって、先輩も未亜みたいなちんちくりんより、彩岐先輩みたいなクール女子が好きなんでしょ?」
「へ?」
「この際だからはっきりさせましょう。先輩は、可愛い妹キャラと、クールなお姉さんキャラ、どっちが好きなんですか?」
突然二択問題を突きつけられ、汰一は固まる。
その横で……蝶梨も、思わず息を止める。
可愛い子と、クールな子。
刈磨くんは……どっちがタイプなんだろう?
これで「可愛い子」と答えられたら、私にはなす術がない。
逆に「クールな子」と言われても、本当の私はクールとは程遠い性格だし……
ああもう、裏坂さんってばなんてことを聞くのだろう。
答えを知りたいけど……聞くのが、怖い。
ドクドクという鼓動の音が、耳に煩く響く。
張り詰めた緊張感の中、蝶梨も未亜も息を呑み、汰一を見つめる。
そして……
汰一は、暫し考え込むように黙ってから……
「…………どっちも好きだな」
……そう、答えるので。
未亜だけでなく蝶梨も、思わず「え?!」と声を上げた。
それって、つまり……
いろんなタイプの女の子が好きってこと……?
と、蝶梨が内心ショックを受けていると、
「…………あ」
ふと。
汰一がその視線を、未亜の手元に向けた。
つられるように、蝶梨もそちらを見る。
すると、そこには……
雑草の上をうねうねと這う、一匹の蛞蝓がいた。
未亜も気付いたのか、同じように見つめる。
そして、その身体がぷるぷる震え始めたかと思うと……
「……ぎぃやぁぁあああああああああ!!」
中庭中に響き渡るような叫び声を上げた。
あまりの絶叫に、蝶梨は心臓が止まりそうなほどに驚く。
が、汰一はすぐに未亜の方へ駆け寄り、
「裏坂、落ち着け。今どかしてやるから……」
そう宥めようとするが……
未亜は目をうるうると潤ませながら、ガバッ! と汰一に抱き付き、
「むりぃいいナメクジむりぃいっ! ぬるぬるキモイっ!! せんぱい早くやっつけて!!」
身体をぎゅうぎゅう押し付けながら、泣きじゃくる。
蝶梨が呆気に取られていると、汰一は両手を上げたまま未亜を宥め始める。
「落ち着けって。大丈夫だ、噛み付いたりしない」
「噛み付かなくても存在がキモイっ! 陰湿なカンジがむりっ! 足がないのにウネウネ歩けるのがむりぃいいっ!!」
「わかったよ、今なんとかするから、とにかく離し……」
「彩岐せんぱいっ! 物置から撃退セット持って来て!! 早く!!」
と、何故か蝶梨に指示する未亜。
その気迫に圧倒され、蝶梨は……
「……わかった」
すぐに立ち上がり、駆け出した。
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