35 / 76
第二章 近づく距離と彼女の秘密
3-2 彩岐蝶梨の独白
しおりを挟む刈磨くんの存在を知ってから、私は度々彼の様子を覗き見するようになった。
放課後、彼は毎日のように花壇の手入れをしに中庭へやって来る。
美化委員は他にもいるはずだが、彼以外の生徒が訪れることはなかった。
きっと他の生徒がサボっている分も、彼が代わりにやっているのだろう。
頼まれたら断れない上、周囲に頼るのが苦手な性格なのかもしれない。
だとしたら……私とちょっと似てるかも。
などと、勝手に親近感を抱きながら……
私は、彼の"手捌き"を、食い入るように見つめた。
ある時は、雑草をむしり。
ある時は、生えてきた花の芽を間引き。
またある時は、伸びた苗を支柱に括り付ける。
そんな、ごく普通の手入れ作業のはずなのだが……
その一つ一つの動作がとても優しくて、思いやりに満ちていて。
見つめていると、何故だか鼓動が高鳴って……身体の奥が熱くなった。
理由はわからない。
この感情が、何なのかもわからない。
けど……彼の手捌きから、目が離せない。
その頃から、ドラマや映画を観ている時におかしなタイミングで胸がキュンとするようになった。
それは、所謂恋愛的なシーンとは程遠い、むしろ残酷と呼べるような場面ばかりで……
もしかすると私は、自分を偽り続けたせいで、心の"ときめきセンサー"がおかしくなってしまったのかもしれない、と。
自身の変化に戸惑いつつも……刈磨くんを一方的に見つめるストーカーのような行為を、やめることかできなかった。
そうして、刈磨くんとは何の接点も持てないまま一年生が終わり……
迎えた、新学年。
私は、彼と同じクラスになった。
こういう面において、私は昔から運がよかった。
謎の"ときめき"を齎らす彼と同じクラスになれたことは幸運だ。
彼と直接接することができれば、自分が何にときめいているのかがわかるかもしれない。
……が。
同じクラスになっても、刈磨くんとの接点は、相変わらず皆無のままだった。
何故なら彼は……他人との交流を、極端に避けているから。
多くの生徒が、新しいクラスメイトと仲良くなるためにおしゃべりをしたり、一緒にお弁当を食べたりする中……
刈磨くんは独りでいるか、以前からの知り合いらしい平野くんとだけ過ごしていた。
他のクラスメイトに話しかけられても一言二言返事をするだけで、そこから会話を続けようとはしないのだ。
……どうしよう。
めちゃくちゃ声かけ辛い。
折を見て話しかけてみようとするが、冷たくあしらわれるかもと考えると、なかなか勇気が出なかった。
花の世話をしている時はとても優しい雰囲気なのに、教室で見る彼はまるで別人のよう。
極度の人見知りなのか、独りでいるのが好きなのか……
あまりに人を寄せ付けないので、所謂『人間嫌い』なのでは、とも考えた。
しかし……
二年生になって、数週間後。
美化委員に入ってきた一年生の女の子に、あれこれ花の手入れを教えているのを目撃し、いよいよ彼のことがわからなくなった。
……なんだ。可愛い女の子とは普通に喋るんだ。
と、二人が肩を並べて作業しているのを見ると、胸のあたりがもやもやした。
そんな原因不明の感情を抱えたまま、二年生も二ヶ月が過ぎ……
その時は、唐突に訪れた。
刈磨くんが、交通事故で入院したのだ。
とても心配したが、二週間後に無事登校してきた。
ちょうど担任の先生にプリントを渡すよう頼まれ、私はようやく彼に話しかけるチャンスを得た。
「……刈磨くん」
初めて、彼の名を呼ぶ。
声が震えないよう、平静を保つのに必死だった。
私の呼びかけに、彼は驚いたようにこちらを見上げる。
「……これ、休んでた間の各教科のプリント。渡しておいてって、担任の先生に頼まれた」
そう言って、私はプリントの束を渡す。
彼は顔を少し強張らせ、「あ……ありがとう」と言った。
うわぁ、明らかに動揺している。
やっぱり他人から話しかけられたくないのかな……それとも、私の言い方が無愛想すぎた?
彼の反応に、様々な不安が頭の中をぐるぐる巡る。
だけど……これだけは、きちんと伝えなければ。
「……怪我、治るまでは無理しないで」
そう。これが今、一番伝えたいこと。
担任から刈磨くんが事故に遭ったと聞かされた時、全身から血の気が引いた。
だから……こうして登校できるようになってよかったと、心の底から思う。
三角巾に覆われた痛々しい左腕を見つめ、まっすぐに伝えると、刈磨くんは小さく笑みを浮かべた。
「うん……あ、球技大会のこともありがとうな。俺の代わりにいろいろやってくれたって聞いたよ」
彼からの、思いがけない感謝の言葉。
私は嬉しくなって、口元が緩みそうになるのを堪えながら、
「……気にしないで。私はやるべきことをやっただけだから。それじゃあ」
と、短く答え、その場を去った。
やった。彼と話せた。
普通に会話してくれた。
このまま少しずつ話す機会を増やしていければ……彼にもっと近付けるかもしれない。
私は舞い上がってしまい、午後の授業の間もずっとそわそわしていた。
今度、思い切って花壇で話しかけてみようかな?
そしたら、彼の手捌きをもっと近くで見られるし……この『ときめきの理由』も、わかるかもしれない。
でも、刈磨くん骨折しているし、しばらくは花の手入れもできないよね?
むしろ治るまでの間、代わりに花の世話をすることを申し出ようか……
いや、そんなことを言ったら、今までこっそり覗き見していたことがバレてしまう。
どうしよう……
何とかして、彼に近付きたい。
放課後。役員会議のために生徒会室へ入ってからも、私は彼のことばかり考えていた。
とりあえず冷たいものでも飲んで落ち着こうと、窓際にある冷蔵庫から飲み物を取ろうとして……
ふと、窓の外に目を向けた時。
校舎と校庭の間にある通路を、刈磨くんが駆けて行くのが見えた。
……もしかして、中庭に向かっている?
骨折しているのに……独りで花の手入れをするつもりでいるのだろうか。
私は、居ても立ってもいられなくなり、
「…………すみません。体調が優れないので、今日は帰らせていただきます」
咄嗟に嘘をついて、生徒会室を後にした。
三階から階段を駆け下り、昇降口で靴を履き替え、中庭へと向かう。
すると、ちょうど中庭の方から誰かが来たので、慌てて物陰に隠れた。
足早に駆けて来たその人物は……
あの、美化委員会の一年生の、女の子だった。
……中庭の方から来たということは、刈磨くんに会って来たのだろうか?
部活前にわざわざ立ち寄るなんて……彼のことを、すごく慕っているんだろうなぁ。
と、何故かもやもやする気持ちを振り払うように、軽く首を振って。
私は、中庭の花壇へと向かった。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~
八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」
ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。
蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。
これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。
一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
鷹鷲高校執事科
三石成
青春
経済社会が崩壊した後に、貴族制度が生まれた近未来。
東京都内に広大な敷地を持つ全寮制の鷹鷲高校には、貴族の子息が所属する帝王科と、そんな貴族に仕える、優秀な執事を育成するための執事科が設立されている。
物語の中心となるのは、鷹鷲高校男子部の三年生。
各々に悩みや望みを抱えた彼らは、高校三年生という貴重な一年間で、学校の行事や事件を通して、生涯の主人と執事を見つけていく。
表紙イラスト:燈実 黙(@off_the_lamp)
「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~
kitamitio
青春
合格するはずのなかった札幌の超難関高に入学してしまった野球少年の野田賢治は、野球部員たちの執拗な勧誘を逃れ陸上部に入部する。北海道の海沿いの田舎町で育った彼は仲間たちの優秀さに引け目を感じる生活を送っていたが、長年続けて来た野球との違いに戸惑いながらも陸上競技にのめりこんでいく。「自主自律」を校訓とする私服の学校に敢えて詰襟の学生服を着ていくことで自分自身の存在を主張しようとしていた野田賢治。それでも新しい仲間が広がっていく中で少しずつ変わっていくものがあった。そして、隠していた野田賢治自身の過去について少しずつ知らされていく……。
四条雪乃は結ばれたい。〜深窓令嬢な学園で一番の美少女生徒会長様は、不良な彼に恋してる。〜
八木崎(やぎさき)
青春
「どうしようもないくらいに、私は貴方に惹かれているんですよ?」
「こんなにも私は貴方の事を愛しているのですから。貴方もきっと、私の事を愛してくれるのでしょう?」
「だからこそ、私は貴方と結ばれるべきなんです」
「貴方にとっても、そして私にとっても、お互いが傍にいてこそ、意味のある人生になりますもの」
「……なら、私がこうして行動するのは、当然の事なんですよね」
「だって、貴方を愛しているのですから」
四条雪乃は大企業のご令嬢であり、学園の生徒会長を務める才色兼備の美少女である。
華麗なる美貌と、卓越した才能を持ち、学園中の生徒達から尊敬され、また憧れの人物でもある。
一方、彼女と同じクラスの山田次郎は、彼女とは正反対の存在であり、不良生徒として周囲から浮いた存在である。
彼は学園の象徴とも言える四条雪乃の事を苦手としており、自分が不良だという自己認識と彼女の高嶺の花な存在感によって、彼女とは距離を置くようにしていた。
しかし、ある事件を切っ掛けに彼と彼女は関わりを深める様になっていく。
だが、彼女が見せる積極性、価値観の違いに次郎は呆れ、困り、怒り、そして苦悩する事になる。
「ねぇ、次郎さん。私は貴方の事、大好きですわ」
「そうか。四条、俺はお前の事が嫌いだよ」
一方的な感情を向けてくる雪乃に対して、次郎は拒絶をしたくても彼女は絶対に諦め様とはしない。
彼女の深過ぎる愛情に困惑しながら、彼は今日も身の振り方に苦悩するのであった。
イケメン御曹司とは席替えで隣になっても、これ以上何も起こらないはずだった。
たかなしポン太
青春
【第7回カクヨムコンテスト中間選考通過作品】
本編完結しました!
「どうして連絡をよこさなかった?」
「……いろいろあったのよ」
「いろいろ?」
「そう。いろいろ……」
「……そうか」
◆◆◆
俺様でイメケンボッチの社長御曹司、宝生秀一。
家が貧しいけれど頭脳明晰で心優しいヒロイン、月島華恋。
同じ高校のクラスメートであるにもかかわらず、話したことすらなかった二人。
ところが……図書館での偶然の出会いから、二人の運命の歯車が回り始める。
ボッチだった秀一は華恋と時間を過ごしながら、少しずつ自分の世界が広がっていく。
そして華恋も秀一の意外な一面に心を許しながら、少しずつ彼に惹かれていった。
しかし……二人の先には、思いがけない大きな障壁が待ち受けていた。
キャラメルから始まる、素直になれない二人の身分差ラブコメディーです!
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる