氷の蝶は死神の花の夢をみる

河津田 眞紀

文字の大きさ
上 下
29 / 76
第二章 近づく距離と彼女の秘密

2-3 蝶とホラー映画

しおりを挟む


 ──その、数分前。



「わたし、取って来まーす!」


 そんな元気な声と共に、一人の女子生徒が野球ボールを追いかける。

 小柄な身体に、垂れ目がちな瞳。
 肩で切りそろえた栗色の髪にキャップ帽を被り、ぶかぶかのスタジャンを身に纏っている。

 裏坂うらさか未亜みあ

 汰一と同じ美化委員会の一年生にして、野球部の新人マネージャーだ。


 彼女は、野球部のノック練習で転がったボールを追って、校舎裏へと駆けて行く。
 そうして、部員たちの姿が見えなくなった途端、


「ちっ……一体どこまで転がるんだか」


 そう、めんどくさそうに悪態をついた。

 普段は愛想良く振る舞っているが、その実、彼女はなかなかの腹黒だった。
 本当は休みの日まで部活なんてしたくないし、そもそも野球に興味がない。
 しかし、高校に入って最初にできた友だちに「一緒にマネージャーやろう」と誘われてしまったため、仕方なく始めたのだった。


 入学早々ぼっちになんてなりたくなかったし、お願いされると断れない性格なのだ。
 だから、誰もやりたがらなかった美化委員会も成り行きでやることになってしまった。
 高校では、こんな『流されやすい自分』を変えたいと、そう思っていたはずなのに……


「……なんで、こんなことになってんだろ」


 と、校舎裏を小走りしながら、ため息をつく。
 そして、ようやく転がるのを止めたボールに追い付き、手を伸ばして拾った。
 やれやれ、ともう一度嘆息をして、再び校庭に戻ろうと顔を上げた……その時。


「……ん? あれは……」


 少し離れた昇降口に、一人の男子生徒が入って行くのが見え、未亜はじっと目を凝らす。


 さらりとした黒髪。
 そこそこな身長。
 猫背気味な背中。
 左腕に巻いた包帯。

 ……間違いない。美化委員会の、刈磨先輩だ。


「……こんな休みの日に、何しに来たんだろ?」


 未亜は周囲に誰もいないことを確認すると……
 ちょっとだけ、と自分に言い聞かせて、汰一の後を追った。


 足音を立てないようこっそりついて行くと、どうやら汰一は三階へ向かっているようだった。
 階段を上り切ったことを確認し、未亜は壁の陰から顔を覗かせ、廊下を歩く彼の背中を目で追う。

 汰一の足は、生徒会室の前で止まった。
 そして、二回ノックをしてからドアを開け……
 そのまま、部屋の中へと消えて行った。


 まさか……

 と、嫌な予感がぎり、未亜は忍者のようにそろそろと廊下を進む。
 汰一が消えた生徒会室の前まで辿り着くと、息を凝らし……中の様子に、耳をそばだててみた。
 すると。

 案の定、女子生徒と思しき声が聞こえてきた。


 ……きっと、彩岐蝶梨先輩だろう。
 なんか喋り方の雰囲気が違うような気もするけど……生徒会役員だし、最近二人で花壇の手入れしているのを何度か見かけているから、間違いない。

 こんな休みの日に、わざわざ生徒会室で待ち合わせるなんて……
 やっぱり二人は、付き合っているのだろうか?


「…………」


 未亜は立ち尽くし、下唇を噛み締める。

 入学して、もうすぐ三ヶ月。
 美化委員として花壇に行くのは週に一回、自分が当番の日だけだけど……
 汰一と共に過ごすその時間は、未亜にとって"我儘な本性"を曝け出せるかけがえのないひと時になっていた。


 だけど。
 そう思っていたのは……どうやら自分だけだったようだ。


 楽しげな話し声が聞こえる生徒会室。
 そのドアを、未亜はそっと撫でる。


 先輩が休んでいる間、花壇のお手入れ頑張ったのに。
 その分のご褒美が欲しいって、お願いしたのに。


「……もう、忘れちゃったのかな?」



 胸の奥に込み上げた感情が、指先から流れ……

 触れたドアに、どろりと染み込んでいく──





 ──その時。
 バットがボールを打つ「カキンッ」という音が聞こえ、未亜はハッとなる。


「……いけない、戻らなきゃ」


 未亜は、後ろ髪を引かれる思いを断ち切って。
 階段を降り、部活動へと戻って行った。





 * * * *





 一方、生徒会室の中では──



「……それじゃあ、再生するぞ?」


 生徒会の備品であるノートパソコンから動画配信サイトにログインし、汰一が確認するように言った。
 隣に座る蝶梨は、緊張の面持ちで「うん」と頷く。

 いちおうパソコンの両脇に、お互いが買ってきたポップコーンの袋とコーラのボトルを置いたが……


(……手を付ける余裕は、ないかもな)


 と、ガチガチに強張こわばった彼女の顔を見て、汰一は苦笑する。
 あまりに無理そうならすぐに止めようと決めて、マウスを操作し、映画を再生した。



 汰一が選んだその映画は、シリーズ化もされている有名なサイコホラー作品だった。


 物語は、主人公の青年が目覚めるシーンから始まる。
 そこは見覚えのない密室で、彼の他に彼の恋人と、数組のカップルが同じように気絶から目覚めたところだった。
 困惑する一同。すると、密室の壁にかけられたモニターが点き、能面をつけた奇妙な人物が映し出される。
 その面の人物こそ、主人公たちを密室に閉じ込めた犯人なわけだが……

 犯人は、機械で変えた声で「ゲームを始めよう」と言う。
 それは、生き残りを賭けたデスゲームを指していた。

 主人公たちの心臓には爆弾が埋め込まれており、二十四時間後に爆発する。
 犯人の要求に従わない場合も即座に起爆する。
 最後に生き残った一名のみを解放し、爆弾を解除する。
 つまり、自由になりたければ自分以外を殺すしかない。
 密室に閉じ込められたカップルたちは緊張と恐怖と中、次第に疑心暗鬼になり、犯人の要求に翻弄されていく……


 ……という、よくあるデスゲームものなわけだが。
 この犯人の要求がなかなかに狂気じみており、過激なシーンも多いので、蝶梨の"ヘキ"を見出すヒントが見つかるかもしれないと考えたのだ。

 ちなみに、汰一は忠克ただかつと一緒にこのシリーズの第二作と第三作を映画館で観たことがあった。
 忠克がこういう過激な映画を好むため、よく付き合わされるのだ。
 しかし、一作目だけは観たことがなかったので、今回はそれを借りてきた次第である。

『密室でのデスゲーム』という基本設定は、第二作や第三作と同じだが……


(……思ったよりも、気まずいシーンが多いな)


 ……と。
 パソコン画面の中で熱烈な口付けを交わす主人公とヒロインを眺め、目を細める。

 他のシリーズと異なり、デスゲームに参加しているのがカップルであるため、恋愛的な描写が想像以上に多かった。
 知らなかったとはいえ、恋人でもない男女が二人きりで観るのはなかなかに酷である。


 ……彩岐は、どんな顔をして観ているだろうか?
 前に恋愛漫画を読んだ時も涼しい顔をしていたし、こういうのには耐性があるのかもしれないが……


 そんなことを考えながら、ちら……っと、横目で蝶梨の様子を盗み見ると。



「………………っ」



 彼女は、顔を真っ赤にして。
 唇をぎゅっと閉ざし、ぷるぷる震えていた。


 ……あ、やっぱり恥ずかしいんだ。


 と、その初心うぶな反応に汰一の中のナニカがうずうずと疼くが……
 その感情とまともに向き合えば間違いを犯してしまうような気がして。

 気まずさごと飲み込むように、ごそっと掴んだポップコーンを口の中へと放り込んだ。
 
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

俺たちの共同学園生活

雪風 セツナ
青春
初めて執筆した作品ですので至らない点が多々あると思いますがよろしくお願いします。 2XXX年、日本では婚姻率の低下による出生率の低下が問題視されていた。そこで政府は、大人による婚姻をしなくなっていく風潮から若者の意識を改革しようとした。そこて、日本本島から離れたところに東京都所有の人工島を作り上げ高校生たちに対して特別な制度を用いた高校生活をおくらせることにした。 しかしその高校は一般的な高校のルールに当てはまることなく数々の難題を生徒たちに仕向けてくる。時には友人と協力し、時には敵対して競い合う。 そんな高校に入学することにした新庄 蒼雪。 蒼雪、相棒・友人は待ち受ける多くの試験を乗り越え、無事に学園生活を送ることができるのか!?

俯く俺たちに告ぐ

青春
【第13回ドリーム小説大賞優秀賞受賞しました。有難う御座います!】 仕事に悩む翔には、唯一頼りにしている八代先輩がいた。 ある朝聞いたのは八代先輩の訃報。しかし、葬式の帰り、自分の部屋には八代先輩(幽霊)が! 幽霊になっても頼もしい先輩とともに、仕事を次々に突っ走り前を向くまでの青春社会人ストーリー。

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

GIVEN〜与えられた者〜

菅田刈乃
青春
囲碁棋士になった女の子が『どこでもドア』を作るまでの話。

切り札の男

古野ジョン
青春
野球への未練から、毎日のようにバッティングセンターに通う高校一年生の久保雄大。 ある日、野球部のマネージャーだという滝川まなに野球部に入るよう頼まれる。 理由を聞くと、「三年の兄をプロ野球選手にするため、少しでも大会で勝ち上がりたい」のだという。 そんな簡単にプロ野球に入れるわけがない。そう思った久保は、つい彼女と口論してしまう。 その結果、「兄の球を打ってみろ」とけしかけられてしまった。 彼はその挑発に乗ってしまうが…… 小説家になろう・カクヨム・ハーメルンにも掲載しています。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ヤマネ姫の幸福論

ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。 一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。 彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。 しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。 主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます! どうぞ、よろしくお願いいたします!

キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。

たかなしポン太
青春
   僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。  助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。  でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。 「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」 「ちょっと、確認しなくていいですから!」 「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」 「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」    天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。  異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー! ※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。 ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

処理中です...