27 / 76
第二章 近づく距離と彼女の秘密
2-1 蝶とホラー映画
しおりを挟む──はぁはぁ、と。
蝶梨の口から、荒い息が漏れるのを……
汰一は半眼で見つめ、困ったようにため息をついた。
放課後。
いつものように蝶梨と二人で花壇に来ているわけだが……
今日も今日とて、彼女は汰一の動作にあの"妙な反応"を見せていた。
ちなみに今日の作業は、春に咲き終え枯れてしまった花の処理。
スコップで根っこごと掘り起こした瞬間に、例の発作が始まったのだ。
頬を染め、悩ましげに吐息を漏らす蝶梨を見つめ……汰一は考える。
今回も、掘り返された花の方に感情移入しているのだろうか?
ならばやはり、被虐的な方面の嗜好を持っているはずなのだが……
ファミレスでドSなキャラクターが登場する漫画を読んだ時には、「思っていたのと違う」と言っていた。
あの時は、彼女は所謂Mではないのだろうと思った。
だが……
もしかしてあの漫画のS具合が、彼女にとって温かっただけなのではないか?
と、今は思い始めている。
もっとこう、エッジの利いたSを求めている可能性はないだろうか?
……いや、『エッジの利いたS』というのがどんなものなのかは知らないが。
などと自問し。
汰一は苗を掘り返すのをやめ、一度咳払いをすると、
「……なぁ、彩岐。『ときめき』を探すのに、ホラー映画とかは試したことあるか?」
彼女を見つめ、そう尋ねた。
それに蝶梨は、舌ったらずな声で「ほらーえいが……?」とぼんやり聞き返すので、汰一は理性を総動員させて答える。
「そう。それもお化け系じゃなくて、スプラッターとかサイコホラーって言われているやつ」
「……例えば?」
「チェーンソー持った殺人鬼に狙われたり、監禁されてデスゲームに強制参加させられたり……そういう狂気的な恐怖を描いた映画のことだよ」
「ゾンビ映画なら観たことあるけど……そういうのはあまり観たことはないかも」
「なら、今度試してみたらどうだ? 『ときめきの理由』に近付くヒントが見つかるかもしれない」
「なんで?」
間髪入れずにそう聞き返され、汰一は面食らう。
しかし、蝶梨は続けて、
「なんで、そう思うの?」
と、熱から冷めたような、いつものクールな無表情で問うので……
汰一は、思わず口を噤む。
もし彼女が本当に被虐的欲求を抱えているのなら、いっそ過激なシーンの多い映画に触れてみるのはどうだろうかと、汰一は考えたわけだが……
しかし、彼女自身にその自覚がないため、それをそのまま伝えるのは憚られた。
なので、
「前にファミレスで聞いた『ときめいたシーン』の例から考えても、結構スリリングなシチュエーションが多そうだったからさ。そういうのをテーマにしている映画なんかいいんじゃないかと思ったんだ」
と、精一杯オブラートに包んだ提案の仕方をしてみる。
が、蝶梨は、
「そうかな……私はあまりそうは思わないけど」
と、やはり無表情のまま淡々と返した。
その声に少しの違和感を覚え、汰一は……
正面から、真っ直ぐに彼女を見つめ返す。
そして、一見無表情に見えるその顔をじっと見つめ……
唇と瞳が、微かに震えていることに気が付く。
……まさか。
「…………苦手なのか? ホラー映画」
半信半疑のまま尋ねた瞬間、びくぅっ! と露骨に反応する蝶梨。
そして、慌てて口を開き、
「べ、別に苦手ってわけじゃ……子どもじゃあるまいし」
「彩岐。今は素顔を出す"練習"の時間だぞ? 本当は?」
「…………」
「…………」
「………………こわぃ」
ぽつりと、観念したように呟き、
「……苦手なの。お化け系だけじゃなくて、テレビでよくやってる衝撃映像とか、ああいうびっくりさせられる系のやつも怖くて……あまり観ないようにしてる」
肩を縮こませながら、怯えるような表情で答えた。
言わせておいて何だが、まさか本当に苦手だったとは……と、汰一は驚く。
いつも冷静で、滅多なことでは動じない性格だと思っていたが、それも彼女の努力によって作られた虚構だったらしい。
汰一は、おどおどしている彼女をじっと見つめ、
「ふーん……怖いんだ」
「……うん」
「心霊とか、ドッキリ系とか、苦手なんだ」
「だから、そう言ってるじゃない」
「なるほど。"素"の彩岐って……結構、ビビりなんだな」
あえて平坦な声で言ってやると、彼女はぴくりと肩を震わせて、
「そ、そうなんだけど……そう言われると、なんか悔しい……っ」
眉間に皺を寄せ、汰一を睨み付けた。
その表情に、彼は……
嗚呼、これこれ。
と、胸の内で悶絶する。
普段はクールで無表情な彼女の、この悔しそうな顔……
眉の間に寄った皺も、尖らせた唇も、上目遣いで睨むジトッとした目も、可愛くて堪らない。
これが見たくて、つい揶揄うようなことを言ってしまうんだよな……
……って、好きな子を怒らせたいとか、小学生か俺は。
などと、幼稚な自分に呆れながら。
いまだ自分を睨み付けている蝶梨に、ふっと笑って、
「ごめんごめん。"素"の彩岐が可愛くて、つい意地悪を言いたくなるんだよ」
そう、正直に言う。
先日の三つ編み姿を見た時から、汰一は極力本音で彼女を褒めると決めていた。
口説こうとしているわけではない。"素"の自分を曝け出すことへの抵抗をなくしてもらうためである。
それに……
「可愛い」なんて言葉、彼女はもう耳にタコができる程言われてきたはずだ。
今さら自分の言葉一つで心が動くわけがないと確信しているからこそ、汰一は素直に「可愛い」と伝えることができていた。
しかし……
言われた瞬間、蝶梨はボッと顔を赤らめ……さらに汰一を睨み付ける。
「……刈磨くんて、誰に対してもそんな感じなの?」
「『そんな感じ』って?」
「…………なんでもない」
ふいっ、と目を逸らし、今日も三つ編みに結った髪の先をきゅっと握る蝶梨。
その反応を、汰一が不思議そうに見つめていると……蝶梨は、横目でチラリと彼を見て、
「……刈磨くんが勧めるなら……観てみようかな、怖い映画」
と、窺うように言う。
汰一は頷いて、彼女の勇気を後押しする。
「あぁ、ぜひ観てみるといい。きっと何か収穫があるはずだ。観終わったら感想を教えてくれ」
「……え? 一緒に観てくれないの?」
きょとん。という顔で。
蝶梨は、汰一を見上げて、
「そんなの、私一人で観られるわけないじゃない。どんな映画があるのか全然知らないし……刈磨くん、付き合ってよ」
……と。
縋るような、泣きそうな目で、そんなことを言うものだから。
……嗚呼、本当に、独り占めしたくなる可愛さだな。
と、胸の内で呟いて。
「……わかった。言い出しっぺだしな、付き合うよ」
そう、微笑みながら頷いた。
──映画館で上映中の作品を調べたものの、今の時期はそういうジャンルの映画をやっていないようだった。
ならば、過去の有名な作品をディスク媒体やネット配信で観るしかないのだが、それはそれで『何処でどうやって観るのか』という問題が浮上する。
スマホなら気軽に観られるが、いかんせん画面が小さい。『ときめき』について検証するなら、より臨場感が持てるよう、テレビかPCくらいの大きさで観たい。
しかし、互いの家に上がるのは当然なしだ。
同性の友だちならまだしも、家族の目がある中で異性のクラスメイトを招き入れるのは……さすがにハードルが高すぎる。
なら、どうしようかと考えた時、蝶梨がこう提案した。
「お休みの日に、生徒会室のパソコンを使って観るのはどうかな?」
生徒会室には、ノートパソコンが何台か置いてあるらしい。
平日は生徒会で使用するため難しいが、先生に事前に言っておけば休みの日でも使わせてもらえるのだそうだ。
部活動の練習があるため土日でも学校は開いているが、生徒会室なら一般の生徒はまず立ち入らない。誰にも邪魔されず、集中して映画を観ることができる絶好の場所だった。
「よし。じゃあ配信されている中から良さそうな作品を選んでおくから、生徒会室のパソコンで観よう。今度の土曜日、学校に集合な」
「ありがとう。私、そういう動画配信サイトとかに疎くて……本当に助かるよ」
「気にするな。むしろ彩岐は、今から心の準備しておいた方がいいぞ? すっげー怖いヤツ選んでいくから」
にやりと笑って汰一が脅すと……蝶梨は露骨に顔を強張らせて、
「…………刈磨くんて、やっぱり意地悪だね」
と、恨めしそうに呟いた。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説

俺たちの共同学園生活
雪風 セツナ
青春
初めて執筆した作品ですので至らない点が多々あると思いますがよろしくお願いします。
2XXX年、日本では婚姻率の低下による出生率の低下が問題視されていた。そこで政府は、大人による婚姻をしなくなっていく風潮から若者の意識を改革しようとした。そこて、日本本島から離れたところに東京都所有の人工島を作り上げ高校生たちに対して特別な制度を用いた高校生活をおくらせることにした。
しかしその高校は一般的な高校のルールに当てはまることなく数々の難題を生徒たちに仕向けてくる。時には友人と協力し、時には敵対して競い合う。
そんな高校に入学することにした新庄 蒼雪。
蒼雪、相棒・友人は待ち受ける多くの試験を乗り越え、無事に学園生活を送ることができるのか!?
俯く俺たちに告ぐ
凜
青春
【第13回ドリーム小説大賞優秀賞受賞しました。有難う御座います!】
仕事に悩む翔には、唯一頼りにしている八代先輩がいた。
ある朝聞いたのは八代先輩の訃報。しかし、葬式の帰り、自分の部屋には八代先輩(幽霊)が!
幽霊になっても頼もしい先輩とともに、仕事を次々に突っ走り前を向くまでの青春社会人ストーリー。
百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話
釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。
文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。
そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。
工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。
むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

切り札の男
古野ジョン
青春
野球への未練から、毎日のようにバッティングセンターに通う高校一年生の久保雄大。
ある日、野球部のマネージャーだという滝川まなに野球部に入るよう頼まれる。
理由を聞くと、「三年の兄をプロ野球選手にするため、少しでも大会で勝ち上がりたい」のだという。
そんな簡単にプロ野球に入れるわけがない。そう思った久保は、つい彼女と口論してしまう。
その結果、「兄の球を打ってみろ」とけしかけられてしまった。
彼はその挑発に乗ってしまうが……
小説家になろう・カクヨム・ハーメルンにも掲載しています。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ヤマネ姫の幸福論
ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。
一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。
彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。
しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。
主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます!
どうぞ、よろしくお願いいたします!
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる