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31 光を喰らう闇

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 その囁きの直後。

 私の身体から放たれていた『光』が、みるみる内に収縮し始めた。
 代わりに、重ねられたその手から生み出された『闇』が、生き物のようにうねりながら『光』を喰らっていく。

 それはまるで、羊を喰らう狼のようだった。
 闇色をした、ケモノ。

 その内の、一際大きな闇の獣がジェイドたちに襲いかかり、目や鼻や口から煙のように体内に入り込むのが見える。

 すると……


「あ……ああぁ……ぁあぁぁ……!」


 突如、ジェイドともう一人の術師が、白目を向いて痙攣した。
 よだれと鼻水と涙を撒き散らし、ガクガクと震え……

 そのまま倒れ、動かなくなった。


 ほぼ同時に、私の身体も、がくんと力を失う。

 そうして、死を振りまく『光』は……完全に、消えた。





「…………」


 脱力した私の身体を、誰かが抱き留めた。
 そして、


「ふぅ。危なかったー」


 と、その誰かは、まったく緊張感のない声と共に、息を吐く。
 そんな、聞き覚えのありまくる声を聞き、私は……


「…………なん、で……」


 なんとか、声を振り絞る。
 そして、私を抱きかかえる人の名を、困惑たっぷりに叫んだ。

「く……クロ、さん……?!」
「やぁ、さっきぶり」

 なんて、やはり呑気に答える彼。
 私はわなわなと震えながら、彼を見つめ返す。

「な……なんで、クロさんがここに……?! ていうか、今の……私……隊長は……あれ?!」

 すっかり混乱してしまい、なにがなんだかわからない。
 あまりにも色々なことが起こりすぎて、まったく理解が追いつかなかった。

 けど、とりあえず今、確認すべきは……

「隊長やみんなは……無事なんですか……?」

 辺りを見回すと、みんなはまだ意識を失い倒れている。
 が、身体の傷は……見た限りだと、癒えているようだった。

 クロさんも周囲を眺めながら、一つ頷く。

「ルイスもみんなも生きているよ。身体の再生機能を急速に活性化させたせいで、ちょっと疲れて寝てるだけ。いやーほんと、間に合ってよかったぁ」

 と、なんでもないことのように、あっさりと言ってのけるので……
 私は、やはり理解ができず、

「ど……どういうこと、ですか……?」

 掠れた声で尋ねると……
 クロさんは、私の目を真っ直ぐに見つめ、こう答えた。


「──つまり、今のが、君の魔法の本来の能力。感じたでしょ? 再生を繰り返しすぎた細胞が、限界に達して崩壊していくのを」
「あ……」


 そう言われ、あの不思議な感覚の正体が何だったのか、はっきりとわかった。
 要するに、私の本当の能力は……


「細胞の再生を強制的に促し……人を、死に至らしめる魔法……?」
「そう。普段は本来の力の半分も発揮していないから、治癒するに留まっていたけど……感情が高ぶって、君を護る精霊の力が暴走したみたいだね」
「そんな……みんな、本当に無事なんですか?!」
「大丈夫。僕の魔法が君の魔法を食べて中和したから、いい具合に傷が癒えているよ。心配なら見て来てごらん?」

 私はクロさんから離れ、ルイス隊長の元へと駆け寄る。
 仰向けに倒れ、意識を失っているが……確かに、刺された胸の傷は塞がっていた。

 他のみんなも、意識はないものの、呼吸は穏やかだった。身体中にあった傷も、すっかり癒えているようだ。

 私はほっと安堵してから、クロさんの方を振り返る。

「敵は……ジェイドたちは?」
「死んではいない。けど、君の魔法を中和するのと同時に、僕の魔法で精神を喰ったから、目を覚ましたところでもう襲ってはこないよ」
「精神を、喰う……?」
「うーん。正確には、視覚を奪って幻覚を見せた、っていうのかな。気が狂うようなキッツイ幻覚を叩き込んだんだぁ。だって……」

 ふわっ……と。
 クロさんは両手で、私の頬を包み込み、


「僕のレンに、ひどいことしたんだもん。僕ですらまだ触れていない首筋に傷をつけて、突き飛ばして、僕のために着てきたワンピースを台無しにして……あは。腹わた煮えくり返っちゃったよ。殺してもよかったんだけど、死ぬより辛い目に遭ってもらおうと思ってさ。だから……精神を壊して、廃人にしちゃった」


 そう言って、笑う。
 黒い瞳を細め、無邪気に笑う。

 その微笑は、やはり天使のように愛らしいのに……
 瞳に宿る暗闇は、悪魔そのもので……


 …………って、え?

 待って。
 この人、さっき私を振りましたよね?
 ん? なんで、ここにいんの??

 ていうか、なんで私以上に私の魔法のことに詳しいの?
 隊長やみんなとは、知り合いなの?
 え?? え???


 安心した途端に、いろんな疑問がいっぺんに頭に浮かぶ。
 そんな私をよそに、彼は少し頬を膨らませ、

「もう。だから言ったでしょ? もっと警戒心を持て、って。何されるかわかんないんだから、僕以外の男に簡単について行っちゃダメ」
「いや……一番わからないのは、クロさんですよ……あなたは、一体……?」

 と、今の気持ちを素直に口にすると……
 クロさんは、困ったように頭を掻いて。

「あはは、それもそうか。うーん……何から話せばいいのかな。とりあえず……」

 彼は何かを見つけたように、私の背後に視線を向ける。
 つられて、そちらを振り向くと、

「……ルイスたちを、ここから運び出そう」

 ロガンス帝国の紋章を付けた別の兵たちが、こちらに向かって来ていた。



 * * * *



 それは、クロさんが呼んだロガンスの援軍だった。

 彼らは、倒れた隊長たちを運び出し、気を失ったままの敵二人を拘束。
 さらには、燃えてしまった森の一角の消火活動を速やかに始め……

 そうして、私は隊長たち共々、安全なキャンプ地へ保護された。

 クロさんは「大丈夫だ」と言ったけれど、隊長やみんなのことがどうしても心配で……
 自分のせいで命を危険に晒してしまった隊長たちに、申し訳が立たなくて。

 私は邪魔にならないよう、援軍の医療担当者に一人ひとりの状態を聞いて回った。
 そして、全員命に別状はないことを聞かされ、ようやく胸を撫で下ろした。

 ……と、いうところで。

「はいはい。君も治療治療~」

 クロさんに手を引かれ、私はテントの一つに連れ込まれたのだった。




「──これでよし、っと」

 ナイフで傷付けられた私の首筋に、クロさんがガーゼを当て、包帯を丁寧に巻く。
 幸い傷は浅く、出血もすぐにおさまった。

 ベッドに座る私の横に、クロさんも椅子を持って来て座り……
 そして、ポケットからたばこを取り出し、口に咥え、いつものようにライターで火を点けた。

 それから、味わうようにゆっくりと吸い込み……

「はぁ……やっと落ち着いたぁ」

 ため息混じりに、煙を吐き出した。
 その見慣れ過ぎた仕草を、私は半眼で見つめる。


 ──クローディア・クローネル。

 ヴァネッサさんの知り合いで、何故かお金をたくさん持っていて。
 いつも決まった時間に来て、決まった時間に帰って行く。
 若いのに徴兵されておらず、なのに魔法を自在に使いこなし……
 そして、私を散々弄んだ挙句、つい先ほど、振ったはずの人。

 ……この人が何者なのか。
 私は、ようやく理解した。


「……クロさん。あなた──ロガンスの軍人だったんですね」


 ……そう。
 このキャンプ地に来るまでに、彼はロガンスの援軍を鮮やかに指揮していた。
 隊員たちも、当たり前のようにそれに従っていた。
 明らかに、軍に所属する人間……それも、兵士を指揮する立場にある人だ。

 私の言葉に、クロさんは静かに煙を吐いてから……
 ニヤリと笑い、頷く。


「そ。僕は、ロガンス帝国軍・ラザフォード第二部隊所属の、魔法戦略指揮官だ」
「ラザフォード第二部隊……って!?」


 私がお世話になっていた、ルイス隊長の、あの部隊……?!

 でも、あの隊に同行していた時、クロさんの姿は一度も見たことがなかった。
 一体、どういうことなのだろう……?

 問い質すように見つめる私に、彼は、

「あーあ。これで全部、ネタばらししないといけなくなったね」

 困ったように、笑う。
 そして、テントの天井を見上げてから、

「……さて、何から話そうか」

 私の知らない物語を、ゆっくりと語り始めた。


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