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26 さよならの前に

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 ──そして、その日の最後に。


「わぁ……」

 クロさんは私を、街はずれにある小高い丘の上まで連れて来てくれた。
 ベラムーンの街が一望できる、眺めの良い場所だ。

 もうすっかり日が沈んでしまったので、家々から灯りが漏れて見える。
 それが暗闇の中でキラキラと輝き、一面がまるで宝石のようだった。

「綺麗……」
「いいところでしょ。たまに来るんだよ、一人で」

 この街に来て三ヶ月近く経つが、こんな場所があるなんて知らなかった。
 クロさん、おぼっちゃまのはずなのに、こんな場所を知っているなんて……そんなに頻繁に家を抜け出しているのだろうか?


「あ……お城が見える」

 ふと、私は顔を上げ……
 ちょうど正面の、遠くの方。光に照らされた、見たこともないくらいに綺麗で立派なお城に目を向けた。
 私が指差した先を見ると、クロさんは「あぁ」と言って、答える。

「あれは、ロガンス城だよ」
「え……」

 ロガンス……
 久しぶりに聞くその名に、思わず鼓動が揺れる。

 あれが……あそこが、ロガンスという国。
 そうか。ここは本当に、ロガンス帝国に近い場所なんだ。

 ルイス隊長や、あの隊のみんなが生まれ育った国。
 本当は、私も行きたかった国……
 今頃、みんなどうしているかな?
 無事に、国へ帰れたのかな?



「──どうしたの?」

 クロさんの声に、はっとなる。
 しまった。つい、思い出してしまっていた。

「いえ、なんでもないです。私もあんなお城に住めたらいいなぁ、なんて……お伽話みたいなことを考えていました」

 咄嗟に笑顔で返しながら、少しの罪悪感に襲われる。
 嘘をついてしまったこと。それから……
 クロさんといるのに、他の人のことを考えてしまったことに対する、意味のない罪悪感だ。

 そんな気持ちを振り払うため、私はクロさんの方を向き、

「……今日は本当にありがとうございました。いろんなところに連れて行ってもらって」

 そう、あらためてお礼を述べた。
 クロさんは静かに首を振り、微笑み返す。

「どういたしまして。楽しかった?」
「はい、とっても!」
「そ。それはよかった」

 その返答の、なんと穏やかなことか。
 うーん、結局今日はずうっと優しかったなぁ……本当に何かを企んでいるわけではなかったようだ。

 ……そして。
 私は、この後のことを考える。

 もう日も暮れたし、街の中も歩き尽くした。
 さすがに、ここでお別れだよね?

 いや、それとも……
 もう少し一緒に過ごそう、なんてことになったり…………

「…………」

 私は、ローザさんに教わったデートの作法を思い出す。
 たくさん遊んで、楽しく食事して、互いにムードが盛り上がったら……
 デートの最後には、もあり得る、らしい。

 ……これって、結構いい雰囲気、だよね?
 もしかしたら……もしかしたりする?
 どうしよう……私、今日どんなパンツ履いてきたっけ……?!

 なんて、脳内で慌てふためいていると、

「レン」
「は、はいっ」
「もう時間も遅いし、そろそろ……」

 と、まさにクロさんが、この後のことを口にしようとする。

 わ、うわわわわ……!
 い、いいのかな? 付き合ってもいないのに、そんなこと……
 でも……私は……私は……っ!

「あの、私……」
「うん、わかっているよ」
「え……?」

 私の言葉を遮ると、彼はにこっと笑い……
 そっと、私の肩に手をかけ……こう言った。


「もう帰った方がいいでしょ? ヴァネッサが心配するといけないしね」


 ……その、真面目な提案に。
 私は…………一瞬、固まってから、

「…………あ、はい」

 カチカチの笑顔で、そう答えた。
 うぅ……私ってば、また恥ずかしいことを考えてた……

「じゃあ、もう行こう。店まで送るよ。あ、その前にケーキ屋さんに戻らなきゃね」
「いえ、大丈夫ですよ一人で! 今日はいろいろお世話になりっぱなしでしたから!」

 ていうか、恥ずかしすぎて合わせる顔がないんです……どうかこのまま、一人で頭を冷やさせてください……!

 と、必死で断る私を、彼は心配そうに見つめ、

「そう? 遠慮しなくていいんだよ?」
「本当に、本当に大丈夫です! 今日はありがとうございました!」

 さすがに二回断ったからか、クロさんは諦めたように「そう」と頷き、

「こちらこそ、今日は来てくれてありがとう。嬉しかったよ」

 と、やはり優しい声音で言って。

「……それじゃあね」

 最後に、いつもの愛らしい笑顔を浮かべ、片手を上げた。
 その表情に、胸の高鳴りを隠せないまま、

「はい。それじゃあ、また……お店で」

 私はぺこっとお辞儀をし、ケーキ屋さんの方へと丘を下った。

 ……なんだったんだろう、今日のクロさんは。
 もう、お陰ですっかりメロメロだ。
 やっぱり、送ってもらえばよかったかな……

 なんて、さっそく後悔に浸っている──と。



「レン」



 ふと、クロさんに呼び止められた。
 振り向くと、彼がこちらに駆けて来ていて……

「ど……どうしたんですか?」
「……忘れてた」

 忘れてた?
 どこかに忘れ物でもしてしまったのだろうか?

「忘れ物ですか? なら、今すぐ探しに……」

 行きましょう。
 そう言おうとしたのを、彼は遮って。


 ──ぐいっ。


 いきなり腕を引かれ、反射的に目を瞑る。
 そして、次に開いた時には……


 目の前に、夜空のような色の瞳があった。


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