上 下
24 / 37

24 甘すぎる攻撃

しおりを挟む

 そんな波乱だらけの幕開けから、僅か十五分後。


「………………」


 私は、目の前の光景に、絶句していた。


「どうしたの? 好きなのから食べていいんだよ?」

 そう言って、テーブルの向かいに座るクロさんは、可愛らしく小首を傾げた。


 私たちは、街で唯一残っているケーキ屋さんに来ていた。
 以前ローザさんがケーキを買って来てくれた、あのお店だ。
 持ち帰りだけでなく、店内のカフェスペースで食べることもできるらしい。

 まずはおやつを食べようと、クロさんはこの可愛らしいお店に私を案内した。
 不安しかない始まりだったが、こうして二人でカフェに来るなんて……デートっぽくて、逆に緊張する。

 そんなことを考えながら、しばらくケーキのショーケースを眺めていると、

「どれにするか決められないなら、全部頼んじゃいなよ。買ってあげるから」

 なんて、ドSの国の王子様とは思えないような寛大なお言葉を賜わり、私は耳を疑った。
 また私を貶めるための作戦なんじゃないか? と少し疑ったのだが……

 今、目の前のテーブルには、色とりどりのケーキがところ狭しと置かれていた。
 本当に全部、ショーケースの端から端まで、クロさんが買ってくれたのだ。

 目の前でキラキラと輝く、おいしそうなケーキ。
 本当なら今すぐにでも食べたいところだが……どうにも裏がありそうで怖くて、手をつけられずに絶句している、というわけだった。

「しょうがないなぁ。それじゃあ……」

 なかなか食べようとしない私を見かね、クロさんはいちごの乗ったケーキをフォークで掬うと、


「はい、あーん」


 それを、私の前に差し出し……そう言った。

 …………え??

「あーん」って、もしかして、あれ?
 恋人にものを食べさせてあげるという、あの伝説の行為……??
 それを今、クロさんが……私にしてくれているっていうの……??!!


「ほら……早くお口、あけてごらん?」


 お く ち 。

 やめて……そんな可愛い顔で、そんな言い方しないで……頭おかしくなる……!!

 これは、絶対に何か裏がある。
 この人が、無条件のデレを連発するわけがないのだから。

 ……そう、思っているのに。


「はい。あと五秒でこのケーキは僕が食べちゃいまーす。五、四、三……」
「わぁああっ! あ、あーんっ! あーんっ!!」

 カウントが始まり、私は咄嗟に口を開けてしまう。

 くぅっ……こんなの、絶対に罠に決まってるのに……っ!

 弄ばれるのを覚悟し、私はぎゅっと瞼を閉じる。
 そして、クロさんの言葉を待つ………………が。


「──んむっ?!」


 目を瞑る私の口に広がる、甘い味。
 思わず目を開けると……クロさんが手を伸ばし、ちゃんと私に食べさせてくれていた。

 いちごの甘ずっぱい香りが、ほっぺたをきゅんとさせる。
 呆然としながら咀嚼すると、彼は小首を傾げ、

「どう? おいしい?」

 まるで、お伽話の王子様のような笑顔で聞いてくる。
 その微笑みに、口の中の甘さも相まって、私の胸がきゅっと高鳴る。

「とっても……おいしい、です」
「ほんと? よかった。じゃあ、次はこっち。はい、あーん」
「あーん……」
「おいしい?」
「ん……おいしいです」

 なにこれ……なにこれナニコレ?!
 やばい、呼吸が……ドキドキしすぎて、酸素が上手く取り込めない……っ!!

 極上に甘いケーキと、特上に甘い微笑みを交互に食らい、私は爆発しそうになる。

 なんなの……? いつもならこの辺りで冷たく突き放されるはずなのに……
 ただひたすらに優しく、「あーん」され続けているなんて。

 むり……
 こんな優しくて甘いの、耐性がなさすぎて、逆にむり……っ!!


 ……と、私がぐるぐる目を回していると、クロさんがくすりと笑って、


「──好き?」


 そう、尋ねてくる。

 その問いに、私の心臓が、一瞬止まる。


 そんな……「好き?」、だなんて……
 そんなの、今聞くのは反則だ。

 だって私、クロさんに「あーん」されて、こんなにドキドキして……
 今すぐにでも、降伏宣言してしまいそうなのに……っ!


 ケーキを飲み込むことすら忘れ、クロさんの視線に硬直していると……
 彼は、にこっと目を細め、


「──ケーキ。そんなに好きなの?」


 ……そう、続けた。

 それを聞いた私は……私は…………


 あ……あぁ、ケーキ! ケーキね!!
 そうだよね! うんうん、知ってた!!


 ……と、勘違いしていた恥ずかしさに、脳内で大いにのたうち回った。
 そのことを悟られぬよう、私は平坦な口調でクロさんにこう返す。

「……はい。好きです、ケーキ」
「よかった。まだまだあるから、たくさん食べてね」
「あの……」
「ん? なにか他に頼む?」
「いえ、そうじゃなくて……クロさんも食べてください。私ばっかり食べて、なんだか悪いです」

 我ながら、棒読みになってしまった。
 しかし、彼に食べてほしいのは事実だった。なんだかもう胸がいっぱいで、上手く飲み込めない。なんなら、味もちょっとわからなくなってきた。そうでなくたって、こんなたくさんのケーキ、一人では食べ切れないのだから。

 私の言葉に、クロさんは素直に頷くと、

「うん。それじゃあ……」

 何故か、私の方に手を伸ばし……
 私の唇を、親指で、つぅっとなぞった。

 突然のことに、私が目を見開くと、


「……お言葉に甘えて」


 彼は、指に付いたクリームを──私の唇から拭い取ったそれを、見せつけるようにして。


 ──ぺろっ。


 ……と。
 躊躇いもなく、舐めてみせた。


「うん、おいしい……甘くって、僕好みの味だ」


 なんて、低い声で、囁くように言う。
 刹那……私の身体が、震え出す。


 クロさんが、私の唇に付いたクリームを取って、舐めた。
 それって……つまり……つまり…………

 かっ……間接、ディープキ…………


 ──そこで。


「…………あ」


 クロさんが、声を上げた。
 見れば、彼は驚いたように私の顔を見つめている。

 今度は何を言われるのかと、もはや恐ろしくなりながら待っていると……

 ──すっ、と。

 彼は、私に紙ナプキンを差し出し、


「レンちゃん…………鼻血、出てるよ?」


 ……と。
 優しく、心配そうな声音で、言った。



 それまでのドキドキと、初デートにあるまじき醜態を晒したことに…………

 私の心臓は、いよいよ停止した。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!

雨宮羽那
恋愛
 いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。 ◇◇◇◇  私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。  元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!  気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?  元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!  だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。 ◇◇◇◇ ※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。 ※アルファポリス先行公開。 ※表紙はAIにより作成したものです。

行き遅れにされた女騎士団長はやんごとなきお方に愛される

めもぐあい
恋愛
「ババアは、早く辞めたらいいのにな。辞めれる要素がないから無理か? ギャハハ」  ーーおーい。しっかり本人に聞こえてますからねー。今度の遠征の時、覚えてろよ!!  テレーズ・リヴィエ、31歳。騎士団の第4師団長で、テイム担当の魔物の騎士。 『テレーズを陰日向になって守る会』なる組織を、他の師団長達が作っていたらしく、お陰で恋愛経験0。  新人訓練に潜入していた、王弟のマクシムに外堀を埋められ、いつの間にか女性騎士団の団長に祭り上げられ、マクシムとは公認の仲に。  アラサー女騎士が、いつの間にかやんごとなきお方に愛されている話。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。

扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋 伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。 それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。 途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。 その真意が、テレジアにはわからなくて……。 *hotランキング 最高68位ありがとうございます♡ ▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス

処理中です...