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23 デートのお誘い

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 午後十時五十分。


「……なんで、いつもそうなんですか?」

 私は、抗議の声を上げた。
 相手はもちろん、いつものように横に座り、たばこをふかす、クロさんである。

 簡潔に言ってしまえば……今日も、キスの寸止めみたいなことをされたのだ。

「なぁに。してほしいの?」

 にやり。
 と、もうすっかり見慣れた笑みを浮かべ、彼は言う。
 それに、私は慌てて目を逸らす。

「ま、まさか。そんなワケないですけど……どうせしないくせに、なんでいつもこんなことするのかなぁって」
「……わかってないなぁ」

 彼は短くなったたばこを灰皿に押し付けながら、煙混じりのため息を吐く。

「エサを簡単にもらえた犬と、おあずけを食らって、芸までして、やーっとエサをもらえた犬。どっちが飼い主に従順になると思う?」
「私は犬でもなければエサも欲しがってもいません。芸もしません!」

 なんなの、この人!
 いくらなんでも例えがひどすぎる!

 ……いや、待てよ。
 それって、逆に言えば……
 諦めなければ、いつかはエサがもらえるってこと……?

 ……って、違う違う!
 そんなことを考えているようじゃ、彼の思うツボじゃない!

「……と、言うより」

 頭を振る私に、彼は妖しげな微笑みを浮かべ、

「寸止めされた時の君の顔……たまんないんだよね。期待を裏切られたような、切なそうなあの顔がさ」
「なっ……!」
「まぁ、僕も鬼じゃない」

 そして……
 ぐっと、吐息を感じるくらいの距離で、私の瞳を覗き込み、


「上手におねだりできたら……してあげないこともないけど」


 ……最上級の、ドS発言をしてくる。


 嗚呼、そうなのだ。
 この人、たぶんもう、全部知っているのだ。
 私が彼にハマりかけていることも……どうやったら自分に夢中になるのかも。

 だからこそ、

「おっと、もうこんな時間か。じゃあねレンちゃん、また明日」

 このもやもやを残したまま、いつものように去って行く。
 はぁ……今日もまた、弄ばれた。


 ……と、ため息をつきかけた、その時。

「あ、そうだ。忘れてた」

 帰ると決めたらもう絶対に振り返らない彼が、今日は珍しく振り返り、

「君、明日休み取れる?」
「え? えっと……ヴァネッサさんにお願いすれば、大丈夫だと思いますけど」
「よかった。じゃあ、明日の午後三時に、広場の噴水前に集合ね。遅れちゃだめだよ」

 そう言って、王子様オーラ全開の微笑を浮かべ、

「じゃあね。明日、ちゃんと来るんだよ~」

 彼は、今度こそ振り返らずに、去って行った。

「…………え?」

 それって、もしかしなくても…………



 *  * * *



「──デートぉ? ったく、素姓も知れないヤツと店以外で会って大丈夫なのかよ? ……今さら止めねぇけど。しょうがねーなぁ。これで明日の昼までに好きな服買ってきな。お母さんからの小遣いだ」

 そう言いながら、ローザさんがくれたお小遣いで買った、白のワンピースを着て。


「……ちょっと早く来すぎちゃったかな」

 次の日。
 待ち合わせ場所である広場の噴水前に、私は立っていた。
 腕時計の針は、約束の時間の三十分前を指している。

「クロさんって、人には遅れるな~とか言っておきながら、平気で遅刻しそうだなぁ……」

 じゃあ、なんでこんな早く待ち合わせ場所に着いているのかって?
 ……緊張しているからに決まっている。

 何せ、人生初のデートなのだ。
 昨日の晩、ローザさんにデートの極意を再三教えてもらったのだが……緊張のあまり、ほとんど頭に入らなかった。

 あぁ、どうしよう。
 こんな昼間にクロさんと会うのは初めてだ。
 一体、どんな顔して会えばいいのだろう?

 ……ていうか。
 大前提として、これってデートだよね?
 まさか……また揶揄われている?
 どうしよう。こんなにオシャレをしてきたけど、彼にそのつもりがなかったら……

「……ただの、恥晒し……!!」

 やばい。今からでもラフな格好に着替えに戻ろうか……?!

 ……などと、一人混乱していると、


「あらら、。もう来ちゃっていたか」


 そんな、聞き慣れた声がして。
 顔を上げると、そこには……

「く、クロさん……っ」

 いつもとは少し違う、柄物のスーツに身を包んだ彼がいた。
 想定よりずっと早い登場に、心臓が跳ね上がる。

 彼は、相変わらず可愛らしい顔でにっこり笑うと、

「ふふ、偉いじゃん。僕より先に来るなんて」

 そう言いながら……私の頭を、ぽんと撫でた。
 それだけで、鼓動がさらに加速する。

 もう……なんなの? その余裕。
 可愛らしいチェック柄のジャケット、似合いすぎ。
 革靴も、ピカピカの新品だ。
 もしかして、今日のためにオシャレしてきてくれたの……?

 ……ズルい。
 そんなの、嬉しくなっちゃうじゃない。
 この"頭ぽんぽん"に、犬みたいに心の尻尾を振ってしまいそうな自分が悔しい。

 ……と、そこで。
 私の脳裏に、一つの疑問がぎる。
 
「……クロさん」
「ん~?」
「今、『作戦失敗』って言いました? 一体、なんのことです?」

 未だ私の頭をぽんぽんしている彼に、疑いの眼差しを向ける。
 すると彼は、「あぁ」と言って、

「僕を待たせた分数だけ言うこと聞いてもらおうと思ってたんだよ。五分待たせたら五個、十分待たせたら十個、っていう感じにね。でも、君が先に来ていたから失敗しちゃった。あーあ、命令したいことを三十個も考えてきたのになぁ。残念」

 と、悪びれる様子もなく言ってのけるので……
 私のドキドキは、すんと鳴りを潜めた。
 この人は、隙あらば私をいじめようとして……早く来ておいて本当によかった。

「ふぅ……それじゃあ、しょうがない」

 クロさんは、撫でていた私の頭をぽんっと叩き、

「僕の方が待たせちゃったみたいだからね。今日は一個だけ、君の言うことをなんでも聞いてあげるよ」

 なんて、天使のような笑顔で言うもんだから……

 く、クロさんが……私の言うことを、何でも聞いてくれる……?!

 と、一瞬だけ、つい喜んでしまう。
 しかし、すぐにハッとなり、

「な……なんで私は一個だけなんですか!? もう五分くらい待っていたんですけど!」

 さらりと流された不公平を、声を荒らげ指摘した。
 それに、クロさんはにまにまと口の端を吊り上げる。

「あ、バレちゃった?」
「バレますよ! その条件なら、私から五つ命令をしていいことになりますよね?!」
「まぁそうだけど……君、そんなに僕に命令したいことがあるの?」

 ……そう問われ。
 私は……また、彼の罠にハマったことを悟る。

 が、時すでに遅し。
 クロさんは、固まる私の瞳をぐいっと覗き込み、


「そっか……レンちゃんも、僕に命令したいことがあるんだ」
「ち、違っ……」
「いいよ。こんな機会、もうないかもしれないし」
「…………っ」
「ほら、遠慮せずに言ってごらん? 今なら、君の言うコト……なんでも聞いてあげる」


 妖艶な笑みを浮かべ、囁く。

 その視線とセリフに、私は……
 もう、全身の血液が沸騰してしまいそうで……

「あ……う……」

 やばい、立ちくらみが……
 どうしよう……何か、何か言わなきゃ……!

 ぐるぐる回る思考の中、私がなんとかお願いごとを絞り出そうとした……その時。


「……はい、ざんねーん、時間切れ。こんなところで立ち話していないで、さっさと行くよ」


 ぱっ、と私から離れ。
 クロさんは、スタスタと歩き始めてしまった。

 その後ろ姿を、呆然と見つめ、

「……………」

 私の前途多難な初デートの幕が、開けたのであった……


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