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22 待ちぼうけの真相
しおりを挟む「──あんた……それって……」
次の日の夜。
【禁断の果実】カウンター席にて。
「……恋、してんじゃん」
「ぇ……ぇぇええええええ?!」
ローザさんの確信的な物言いに。
私は、絶叫した。
ローザさんを指名していたお客さんが帰ったのを見計らって、彼女に昨夜のクロさんとの出来事を報告したのだが……
一部始終を話し終え、言われた第一声が、これである。
「私が……あの人に、恋? いや、それはない。絶対にない」
「ないわけないでしょ。あんた何回ときめいてんだよ。押し倒されたら抵抗しろよ」
「そ、それは……ああいう時、どうしたらいいのかわからなくて……」
ごにょごにょと言葉を濁す私を見て、ローザさんはため息と共にこめかみを押さえる。
「まさか、こんなに早く心配していた事態が起こるとはね……」
「……え?」
「忠告したばっかだろ? あんたの方があいつに溺れないよう気をつけろって。それを、この娘は……」
「お、溺れてなんかいないし!」
「どの口が言ってんだ。そもそも、オフの日までヤツを気にして会いに行ってる時点で、あんたの方が夢中になってんじゃん」
「あう……」
呆れたように睨まれ、私は返す言葉もなく、小さく縮こまる。
そんな私の背筋を伸ばすように、ローザさんは私の首根っこをひょいっと持ち上げて、
「しっかりしろ! あたしらはホステスで、向こうは客! この関係をくれぐれも忘れんじゃねぇぞ! わかったか!!」
「わかりました、わかりました! だから、その……声を抑えてください。お客さん、みんなびっくりしてます」
「…………」
ローザさんは、ぽかんとしているお客さんたちを見回し、気まずそうに口を噤むと……
私を離し、どかっと席に座った。
そして、こほん、と一つ咳払いをし、
「……まぁ、好きになっちゃったものは仕方ない。こういうのは、理屈でどうこうなるモンじゃないんだ」
「いや、だから好きだなんて一言も……」
「……レン。あんた、今までちゃんとした恋愛したことないだろ」
ぎくぅっ。
「ま……まさか。私だって、恋愛の一つや二つ……」
「図星か」
「…………」
「図星だな」
「…………ふぇーん! だって、だってぇ!!」
薄っぺらい虚勢をまんまと見抜かれ、私は泣く。
ローザさんの言う通り、私はまともな恋愛をしたことがない。
というか、人を恋愛的な意味で好きになるという感覚が、よくわからないのだ。
だから男だらけのあの隊でも、変に意識することなく過ごせたんだけど……
はぁ……と、ローザさんはまたため息をつき、
「今は自覚がなくても、その内わかるだろ。それが、人を好きになるって感覚だって」
「そ、そうなの?」
「そうなの。とにかく……」
お気に入りのお酒が入ったグラスを傾けると、彼女は少し神妙な顔になって、
「こっからが肝心だ。昨日のその話について、あんたに伝えなきゃいけないことがある」
「え?」
「……あたしが昨日、店にいたのは知っているだろ? 実はあのがきんちょが来た時、あたし、対応したんだよ。いつものようにレンを指名してきたから、今日は休みだって伝えたら、今度はオーナーはいないかって聞いてきた。ここまでは、あんたの話と一致してるな?」
「う、うん」
「で、ここからなんだけど……オーナーは経営してる別の店舗に行ってるから、今日はこっちに帰ってこないぞって、あたしは確かに伝えたんだよ。つまりあいつは、オーナーを待ってても意味がないことを知っていたはずなんだ」
え……?
じゃあ、彼はなんで昨日、あそこに……
「……もしかするとさ」
ローザさんは、意味ありげに苦笑いすると、
「あいつ本当は、レンのことを待っていたんじゃないか? ひょっとしたら会えるかも、って。オーナーを口実にしていたのは、あいつの方かもしれないぞ?」
「な……なんで、そんなこと……」
「はぁ。まだわかんないの?」
首を傾げる私の目を、彼女は真っ直ぐに見据えて、
「あいつの方が、レンに本気で惚れてるかも、ってことだよ」
え…………
ええぇぇぇぇええええっ?!
思わず、私はガタッと立ち上がる。
顔が赤くなっているのが、自分でもわかる。
「うそ……ありえない。だって、あんなに意地悪してくるのに……!」
「案外、それも愛情表現だったりしてな。サドなりの」
「でも……まだ逢って三日よ?! なんで、そんな……」
「一目惚れなんじゃない? レンのこと、相当気に入っているみたいだし」
そ、そんな………
クロさんが、私を……?
……いやぁ、ないない。
「──それか」
にやっ。
と、ローザさんは人の悪い笑みを浮かべて、
「Sには自分好みのMっ娘を嗅ぎ分ける能力があるのかもな。良かったじゃん、お眼鏡に適って」
「わ、私、エムなんかじゃない!」
「馬鹿、声がでかいよ」
……と。
──カランコロン。
時刻は、午後十時。
店に響く、来客を知らせるベルの音。
………もう、顔を見なくてもわかっている。
「おっ、噂をすればなんとやら、だな。いらっしゃい」
ローザさんがカウンター席から体を傾けてそう言うと、
「──こんばんは。今日はレンちゃん、いる?」
そのお客さんは、天使のように無邪気な笑顔で、そう言った。
* * * *
──そうして、私の日常は目まぐるしく過ぎていった。
幸いなことに、このベラムーンの街は戦火を免れていたが……
イストラーダ王国の戦況はますます悪化しているとの噂を、これまでにも増して耳にするようになった。
早く終わればいいのに、こんな戦争。
そう思う度に、私はルイス隊長とあの隊のみんなの顔を思い浮かべていた。
みんな、元気に過ごしているだろうか?
クロさんはと言えば、毎日ではないものの、二、三日に一回のペースで店を訪れた。
必ず午後十時に現れ、たった一時間で帰って行き、いつしかそれが当たり前になっていた。
そして、いつもいつもいつも、あの調子で私を振り回し、からかい、辱めてはその反応を楽しんで……
天使みたいに可愛い顔で、笑っていた。
私は、そんな彼のいじわるに、危うさに、笑顔に……
……どんどん、ハマっていった。
これを恋と呼ぶのであれば、もう否定ができないところまできている。
その自覚はあった。
そうなっては駄目だと、頭ではわかっているのに……
心が──胸の奥にある、目には見えない器官が、騒ぐのだ。
彼に会いたい。
彼の声が聞きたい。
彼に触れたい。
彼の……笑顔が見たい。
……あぁ、もう。
悔しいけど、認めざるを得ない。
この勝負、とっくの昔に……
私の、負けなんだ。
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