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20 恥ずかしい勘違い

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「──こんばんは。お店の外で会うのは初めてだね」


 そう言って立ち上がるクロさんの笑顔に、なぜか少し、ドキッとする。
 まるで月夜の晩に、美しい黒猫に出会ってしまったかのような胸の高鳴り。

 急に襲った得体の知れない感覚に戸惑いながらも、私は声を絞り出す。

「あ……えと……」
「ひどいじゃないか。僕、『また明日』って言ったのに。休みだなんてさぁ」
「ご、ごめんなさい……その……」
「はぁ。別にいいけどー」

 と、彼は子供のように口を尖らせる。

 あの……これってやっぱり、あれかな。
 私のこと……待っていたんだよね?
 こんな時間だもん、いつもなら帰って当然なのに。

 ずぅっとここで、座って待っていたの?
 来るかもわからない、私のことを……

「……あ、あのっ」
「ん?」
「ええと、その……」


 ──この時の私は、本当に焦っていたんだと思う。
 指名をしてくれたお客さんを落胆させてしまったことに対する、「なんとかしなきゃ」という『焦り』。
 ……いや、『意地』と言ってもいいかもしれない。

 とにかく、待たせてしまった罪滅ぼしをしなくてはと焦った私は……
 ごくっ、と喉を鳴らすと、


「……寒い中、待たせてしまってごめんなさい。お詫びと言ってはあれですが、その……」


 拳を握り、意を決して……
 バッと顔を上げ、言う。


「よ、よかったら、私の部屋で温まりませんか? お酒はないけど、コーヒーくらいなら出せるので」
「……えぇ?」


 驚いたように笑いながら、彼が聞き返す。
 言ってから、私も自分の言葉に驚く。

 こんな、逢って間もないよくわからない人を部屋に招こうとしてるだなんて……どうかしている。
 でも、咄嗟に思いついたお詫びの仕方が、これしかなかったのだ。

「…………ふふ」

 言葉に詰まっていると、クロさんは不敵な笑みを浮かべ……
 ゆっくりと、私に近付いて来る。


「じゃあ、お言葉に甘えて……君の部屋にお邪魔しちゃおうかな。僕も男だし、君みたいな可愛いコと二人きりになったら………何するかわかんないけど」
「───ッ!?」


 今、私のこと……『可愛い』って……?!

 …………じゃなくて!!
 それって、つまり……つまり……!?


「いや、その! 決してそういう意味でお誘いしたわけでは……!!」
「あぁ、もしかして、こんな見た目の僕になら手を出される心配もないって思った? 心外だなぁ。知ってるでしょ? 僕は歴とした大人の男だ。それも……夜な夜な色酒場に通うような、悪い大人」


 ニヤリ、と妖艶な笑みを浮かべるクロさん。

 ど、どうしよう……
 ……「やっぱり今のなし」!!
 とか、無理だよね……?

 と、私が完全にパニックに陥っていると、

「……ていうか」

 彼はたばこの煙をふぅ、と吐き……
 悪魔のように意地悪な目をして、こう言った。


「待たせてしまって、って言うけど……、なんで君がそこまでしてくれるわけ?」
「…………へ?」


 彼の表情と、意味不明な言葉の内容に……
 ……なんとなく、嫌な予感。

「それとも単純に、ヴァネッサを口実に僕を部屋に誘いたいだけなの? なかなか大胆なんだね、レンちゃんは」
「…………はい?」

 だから、なんでここにヴァネッサさんの名前が出てくるの……?
 …………まさか。

「あのー……クロさんがここにいた理由って……」

 私の嫌な予感は……

 ──くすっ。

 という、彼の悪戯な笑みと共に、確信へ変わる。


「僕は、ヴァネッサに用があってここで待っているんだよ。それなのに、君が急に僕を部屋に入れてくれるって言うから……大胆なお誘いだなぁって思ったの」
「…………」


 これは……完全にやってしまった。


「……え? それとも、まさか」


 ぷぷっ……と。
 彼は、吹き出すのを堪えるように口元を押さえ、


「僕が、君のことを待っていたんだと勘違いしたの? あははっ、ないない。君が今日休みなのにはちょっと腹が立ったけど、だからってこんな夜中までわざわざ君を待ったりしないよ」


 や……
 やっぱりぃぃいい!!

 まただ……また彼にハメられ……!
 ……いや、違う。今回は……
 完全に、私の自爆だ。

 あぁもう、私ったら、勢い余ってなんてことを言ってしまったんだろう。

「ぅ……うぁぁぁああっ!!」

 猛烈な恥ずかしさに襲われ、私はクロさんに背を向け、頭を抱えた。
 最悪……自意識過剰すぎ。穴があったら入りたい……っ。

 しかし、彼はさらに追い打ちをかけるかのように、私のすぐ横で笑い、

「あれあれー? ひょっとして図星だった?」
「いやぁぁああっ! やめてぇぇぇ!!」

 死ぬ! 恥ずかし過ぎて死ぬぅっ!!
 にやにやしながら発せられるクロさんの声に耳を塞ぎ、頭を振る。
 しかしそれでも、彼の笑い声は聞こえてくる。

「はー、おかしい。君って本当に面白いよ。真面目で責任感が強くて、負けず嫌いだからこそ、からかい甲斐があるんだよねぇ」
「う……うるさーいっ!!」
「怒らないでよ、褒めてるんだから。でも……一つだけ、褒められないところがある」

 ……そんな風に言われ。
 背を向けてしゃがんでいた私は、ちらりと彼の方を見る。
 と……


「…………君、ちょっと警戒心なさすぎ」


 彼は、私のすぐ隣にしゃがみ込み……
 低い声音で、言い聞かせるように、言う。

「君、僕以外の男にあんなこと絶対に言っちゃだめだよ? 深く考えないで言っているんだろうけど」
「え……」
「軽々しく男を部屋に誘うなってこと。君はもっと男に警戒心を持つべきだ。純粋なのと馬鹿なのは違うんだからね」
「…………」

 言っていることはもっともだが……
 この近すぎる距離感がなんだか恥ずかしくて、私は黙り込んでしまう。
 すると、彼がむっと口を尖らせる。

「ねぇ、返事は?」
「…………」
「……そう。わからないなら──」
「…………あっ」

 直後、いきなり肩をドンっと押され……
 私は、彼がさっきまで座っていた石段に、倒された。

 背中に、ひんやりとした石の感触。
 そして……

 たばこをぽいっと放り投げ、クロさんが、私の上に跨る。
 そのまま、眼鏡越しの漆黒の瞳に、顔を覗き込まれた。


 な…………
 なに、この急展開!!

 私、人生で初めて……
 男の人に、押し倒されてる!?


 ど……どうなっちゃうの……?!


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