上 下
19 / 37

19 深夜の遭遇

しおりを挟む

 ──その後。

 私たちは明け方まで語りつくし、結局ローザさんが帰ったのは、朝日が昇る頃だった。
 また夜から仕事があるというのに、タフな人だとつくづく思う。

 当然、私が眠れたのも朝方で……
 気付けばそのまま、夕方近くまで眠っていた。


「うぅ……」

 気怠い身体を起こし、瞬きをする。
 寝過ぎた。けど、今日は初めての休日。いくら寝坊してもお店に迷惑をかける心配はない。
 だからこそ気が抜けたのだろうか、なんだか久しぶりにぐっすり眠れた気がした。

 ……そういえば。
 この部屋を借りるようになってから、あの夢を見ていない。

 誰かに全身をくすぐられて、耳元で囁かれる、あの妙な夢……
 あれは一体、何だったのだろう?
 襲撃を受けて死にかけたショックや、軍隊と行動を共にする緊張感によるストレスが原因だった、とか……?
 
 何にせよ、ここに来てからあの夢を見ていないということは、私の気持ちもだいぶ落ち着いている証拠だろう。
 それもこれも、ヴァネッサさんやローザさん、お店のみなさんや優しいお客さんたちのおかげだ。

 ……若干一名、ぜんっぜん優しくないお客様もいるけど。

「……って、ダメダメ」

 脳裏に浮かぶあの意地悪な笑みを振り払うように、私は首を振る。
 休みの日まであの人に思考を支配されたくない。ただでさえローザさんに「マゾ」だ何だと言われ、変に意識してしまいそうなのだから。

 気持ちを切り替え、私はベッドから降りる。
 起きるのがすっかり遅くなってしまったが、せっかくの休日だ。
 気分転換も兼ねて、必要なものの買い出しに行こう。

「……よし」

 私は、一つ頷くと……
 パジャマを脱ぎ、着替えを始めた。





 ──そして。

「…………あ」

 私がそのことに気がついたのは、その日の夜。二十三時を過ぎた頃だった。
 晩ご飯とお風呂を済ませ、新しく買った雑貨や服を整理していた時のこと。

 昨日、クロさんが言った言葉を……思い出したのだ。

『じゃあね、レンちゃん。また明日~』

 ……しまった。
 今日、私が休みだってこと、彼に伝えていない。
 当然、彼は私の出勤日がいつかなんて知らないだろう。

 ……どうしよう。
 今日、知らずにお店へ来ちゃった、よね……?

「…………」

 彼は、昨日も一昨日も二十二時に来て、きっかり一時間後に帰って行った。
 彼が本当に高貴な身分なら、お忍びで来ているのかもしれない。
 だから、二十三時を過ぎたこの時間じゃ、もう帰っているに決まっているけど……

 でも……もし、まだいたら?

「…………っ」

 居ても立っても居られず、私は部屋を飛び出し、螺旋階段を駆け下りた。

 そうして、一階のお店の横に降り立つ。
 窓から明かりが漏れている。楽しそうな談笑の声も。

 もしかしたら、まだ店内に彼がいるかもしれない。
 そう思って、お店の入口に近づくと………


 ──ふわっ。


 白いものが、視界をかすめた。
 煙だ。それが手招きするようにたなびいて……
 覚えのある匂いで、私をいざなう。

 すると──


「──やぁ」


 ……そこに。
 店の前にある石造りの段差に、腰掛けて。


「く……クロ、さん……」


 彼は、いた。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

日常的に罠にかかるうさぎが、とうとう逃げられない罠に絡め取られるお話

下菊みこと
恋愛
ヤンデレっていうほど病んでないけど、機を見て主人公を捕獲する彼。 そんな彼に見事に捕まる主人公。 そんなお話です。 ムーンライトノベルズ様でも投稿しています。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

異世界召喚されたけどヤバい国だったので逃げ出したら、イケメン騎士様に溺愛されました

平山和人
恋愛
平凡なOLの清水恭子は異世界に集団召喚されたが、見るからに怪しい匂いがプンプンしていた。 騎士団長のカイトの出引きで国を脱出することになったが、追っ手に追われる逃亡生活が始まった。 そうした生活を続けていくうちに二人は相思相愛の関係となり、やがて結婚を誓い合うのであった。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。

扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋 伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。 それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。 途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。 その真意が、テレジアにはわからなくて……。 *hotランキング 最高68位ありがとうございます♡ ▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス

泡風呂を楽しんでいただけなのに、空中から落ちてきた異世界騎士が「離れられないし目も瞑りたくない」とガン見してきた時の私の対応。

待鳥園子
恋愛
半年に一度仕事を頑張ったご褒美に一人で高級ラグジョアリーホテルの泡風呂を楽しんでたら、いきなり異世界騎士が落ちてきてあれこれ言い訳しつつ泡に隠れた体をジロジロ見てくる話。

黒の神官と夜のお世話役

苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました

軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら

夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。  それは極度の面食いということ。  そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。 「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ! だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」  朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい? 「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」  あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?  それをわたしにつける??  じょ、冗談ですよね──!?!?

処理中です...